第25話  彼を救う者達

 ――タスクが町に向かってから数時間後。


 子供達と夕食を済ませたメリッサは、孤児院の内側の扉の近くで蝋燭を頼りに椅子に腰かけていた。


 蝋燭が消えたら部屋に戻ろうと何度も考えたが、消えては祈るように火を灯して、消えては灯してを繰り返しているせいで次の行動に移せていない。自分がこんな場所にずっと居れば勘の鋭い子は必ず気付くことも考えられるはずなのに、火を消してしまえば二度とタスクが帰って来ることのないような気がしていた。


 次の蝋燭の火が消えたら、今度こそ部屋に戻ろう。そう考えていると外から二度、遠慮がちに扉をノックする音にメリッサがいち早く反応して駆け足で解錠し扉を押し開いた。


 「おかえりなさい、タスクさ――」


 「――夜分遅くに、失礼します」


 外に居る人間が本当は誰なのかも確認せずに開けてしまったメリッサの前には、思いもよらぬ人物が神妙な面持ちで立っていた。


 「あ、貴方は……この間の……」


 「ええ、しがない泥棒でしたが今は善人を目指しているザックスと申します」


 痩せた顔に特徴的な細い目は、この間の泥棒だということはすぐに分かった。

 ザックスは孤児院の中に足を踏み込むこともなく、すまなさそうにに背中を丸めている。


 「はあ、ザックスさん……」


 想像もしてなかった来客にメリッサには普段の朗らかさはなく、むしろ表には出ていないものの心の奥底には彼女らしくない苛立ちも感じていた。


 「いきなり失礼しやした、あまりお時間は取らせませんのでよくお聞きくだせえ。タスクの旦那から言伝を頼まれています」


 「タスクさんから!?」


 「はい、帰りは遅くなるそうです。子供達を見つけるのに、少し手間が掛かっているようです」


 ザックスとタスクの関係性を考えることすら忘れ、メリッサは言伝とやらを頭の中で反芻していた。

 いくつかの良くない想像を浮かぶが、いずれもタスクが何らかの危険な状況に立たされているのは間違いない。


 「……タスクさんは、ご無事なのでしょうか」


 あくまで毅然とした態度でメリッサはザックスに聞いた。

 言葉に迷っていたザックスは言い難そうに答えた。


 「今のところは、ご無事です。ただ……言えることはそれだけです……では、またっ」


 頭をすぐに引っ込めると同時に扉を閉じたザックスは、制止するメリッサの声も聞こえないフリをして近くに止めていた馬車に乗り込むと馬を急がせた。


 声も姿もどんどん遠くなるが、最後の方のメリッサの声は涙声だった。

 恩を仇で返すような後味の悪い気持ちを抱きながら、暗くなった道を馬車で進む。

 急ぎの用事だからと知り合いに無理を言って借りた馬車は、あまり長時間借りていると何を言われるか分からない。それに、ようやく最近お天道様の下も胸を張って働ける仕事をするようになったザックスには、返却時間を延長してまで馬車を借りていられる程の信用はない。


 沈痛な面持ちのタスク、泣き顔のメリッサ、今か今かと馬車の帰還を待つ馬車の主と三人の顔がザックスの首を絞めるように頭の中を駆け巡るが、急ぐしかないと手綱を握る力を強めたその時だった。


 「――このまま行けば、タスク先生に会えるの?」


 「そうさ! タスクの旦那は、酒場で待っ――え?」


 恐る恐るザックスは馬車の荷台に目をやると小さな足音が聞こえたかと思えば、これまた見覚えのある魔族の少女が顔を出した。


 「ぎいいやあぁぁぁぁ――!!!」


 「私を見ておばけみたいな反応はやめてくれる? それと、ちゃんと前を見なさい」


 慌てて手綱を握り前方方向に意識を向け、驚きでひっくり返しそうだった馬車を安定させて改めて背後を見ると、そこには――リアヌが堂々とザックスの頭越しに景色を眺めていた。


 「お、お嬢ちゃん……何でこんなところに……」


 「孤児院にいたら……偶然、貴方達の話が聞こえたの。私もタスク先生を探していたから、ちょうど良かったわ」


 まさか、この少女はあの話を聞いて馬車に得体のしれない馬車に乗り込んだというのか、子供離れした行動力にザックスは一瞬言葉を失う。


 「心配は無用よ、私は役に立つわ。タスク先生の援護ぐらいならできるから、安心してちょうだい」


 腕を組んでさも当然のように指示するリアヌに、ザックスはまずどう帰そうかと考えていた。

 今から引き返していると馬車の主に激怒されることは間違いないし、引き返してメリッサに会ってしまえば覚悟が鈍ってしまいそうだ。


 口を閉ざしたままのザックスの魔力の流れから感情を察したのか、とても子供と思えないほど自信に満ち足りた声で断言する。


 「そういうヘタレな部分があるから、泥棒してもすぐ私達に捕まえるのよ。……今から帰すぐらいなら、このまま進みなさい。貴方だって、私の力の一端は察しているんでしょう。今は少しでも協力がほしいところじゃないかしら? 違う?」


 「し、しかし……タスクの旦那は……反対するような……気が……」


 上手な反論もできずに小さな背中をさらに小さくさせたザックスの右耳をリアヌは引っ張ると口を寄せて強く言った。


 「い、い、か、し、ら?」


 「うぅ! はいはい! 分かりました! 分かりましたよ! ですが、お嬢ちゃんの口からタスクの旦那に説明してくださいよ!?」


 「はいはい、分かったわ」


 内心でザックスは何度も何十回もタスクに謝罪の言葉を述べながら、元泥棒と魔族の少女は一人の青年を救う為に町までの道を戻っていくのだった。


           ※


 酒場でザックスが帰って来るのを待っていた俺は当然のように彼の後ろからやってきたリアヌを目にして悲鳴に似た声を発した。


 「――リアヌッ!?」


 どこの常連客だと言わんばかりに自然を通り越して昂然たる歩行で、目を丸くする俺の隣に座る。


 「飲み物をくださらないかしら?」


 小さな足を組みながら言うリアヌから目線を移して、ザックスを睨みつける。


 「ザックス! これはどういうことだ!」


 「ひい! ひいいぃぃぃ! 怒らないでくせえよ! この子が、どうしてもついて来るて聞かなくて……」


 「だからといって、危険な場所に子供を連れて来るつもりなのか!」


 「すいませんすいません! 謝ることしかできずにすいませーん!」


 感情を抑えきれずに胸倉を掴もうとする俺の眼前にリアヌの小さな手が視界を覆った。


 「――落ち着きなさい、タスク先生。無理やり乗り込んだのは、この私なのよ」


 「リアヌ……! 早く孤児院に帰るんだ!」


 「それは聞けない相談ね」


 「……なんでだ」


 梃子でも動きそうにない雰囲気のリアヌは、人差し指を立てると指先から魔法でも放つかのように力強く俺を指差した。


 「先生は私を足手まといにならない仲間だと言った。仲間は互いを信じて助け合うものだと、先生は行動で教えてくれたわ。……違う?」


 はっとする、まさか、ザックスを捕まえた時の話をリアヌは言っているのか。

 感情が流されそうになりながら首を横に振る。


 「言った。確かに言ったけど、今回は前回よりもずっと危険なんだ。……絶対に守り切れるか分からない」


 本音だった。ヒメカと戦った時は、周囲のことを気にせずに乱暴に力を放出しただけだった。近くにリアヌやザックスが居るなら、自分の力に巻き込むかもしれないし、敵に狙われては元も子もない。

 そこで初めてリアヌから、俺の手を握った。


 「先生はたくさん悩んで苦しんでいるのよね。なら、もう二度と苦しまないように私を守り切りなさい」


 「……どういうことだ」


 「言葉の通りよ。私を守り切ったなら、きっと先生は過去の苦しみから解放されるはず。……私を守り切った先で、先生は呪縛から解放されるのよ」


 全てを見透かしたようなリアヌの瞳に言葉を失う。


 「魔眼でも使って、俺の過去でも見たのか……」


 「いいえ、でも分かるわ。だって――」


 リアヌが珍しく子供らしく鼻を膨らませて自慢気に言った。


 「――相棒なんでしょ?」


 お茶目にウインクをするリアヌに、いよいよ俺はは反論することができなくなった。 

 訪れた沈黙は俺にとっての敗北のゴングとなった。

 はぁ、と深々と溜息を吐き、無意識に浮かせていた腰を下ろした。


 「……ザックスも震えてないで座れ」


 「は、はい!」


 恐縮して椅子に座るザックスの肩に手を置いた。

 人の事を何だと思っているのか、肩に手を置かれただけで短い悲鳴を漏らす。


 「ザックス、今ならまだ引き返せるぞ」


 ザックスに語り掛けると、照れたように頬を掻いた。


 「正直、悩んでいなかったといえば嘘になるでしょうが……。さっき聖母様の辛そうな顔を見た時に決めやした。――俺も協力させてくだせえ」


 「何度も聞くが、本当にいいのか? お前まで守り切れるか分からないんだぞ」


 「構いやしませんよ、拾った命みたいなもんです。この戦いで子供を助けることができたなら、俺だって新しい生き方てもんを見つけられるような気がするんですよ。こんな俺にも生き方の道標ぐらいは、見えてくるんじゃないでしょうか? だから、旦那は気にしないでくだせえ。俺は俺の為に、誰かを助けるだけでさぁ」


 頬を掻いて、少し言葉に詰まりながら吐き出した言葉に、ザックスの中に人としての強さを見ていた。

 こういう人間を知っている。自分の為だと言いながら、他者の為に命を懸けられる人間を。

 不思議と出てきた言葉は、


 「ありがとう、二人とも」


 感謝の言葉だった。

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