第7話 その声を貴方に響かせて
翌日、朝食を済ませた俺とアメリア、マハガドさんは、目的地に向かった。
予定通りに進めば目的地には、陽が沈む前に到着する予定である。かといって、徒歩で移動する訳もなくマハガドさんの用意した馬車での移動だ。
馬車の中には、樽や木箱がいくつも積まれており、少なくとも野菜や果物を売りに行くようには見えない。何より、無機質な箱達が気持ちを不安にさせた。
道中、手綱を握るマハガドさんに何を運んでいるのかと聞いてみた。
「さあ、俺にも中身は分からないんだ」
「嘘ですよね?」
「ガハハハ! さすがに誤魔化されねえか。……なんせ、今俺がやっているのは仕事だ。いい加減なことはしたくねえから、運んでるブツの話なんてしねえぞ。いいか、いいこと教えてやる。世間話程度の感覚で、客の商品を他人に教えてやる商人は三流なんだよ。例え武器だろうが子供のオモチャだろうが婦人用の下着でもだ、俺からしてみれば全部等しく魂の入った商品なんだ。商人なりの誇りてやつさ。世の中には平等は無いが、商売には平等はある」
「最後の、誰の言葉ですか」
「俺の、言葉だ」
全体的にはやんわりとした口調ではあるものの、はっきりと目には見えない芯の通った発言だった。
馬車の荷台で聞き耳を立てていたであろうアメリアには申し訳ないが、素直に謝罪と礼だけを言う。
「下手なことを聞いてすいません、それと、勉強になりました」
気にすんな、ガハハハ! と既に耳に馴染んだ豪快な笑いでも鬱蒼とした森に入ろうとしていた俺達の不安を消し去ることはできなかった。
※
道中を妨害するかの如く左右から伸びる木の枝にぶつからないよう気を付けつつ、森の奥へ奥へと進んで行く。
陽の光が枝葉によって遮られるようになってくれば、一度馬車を止めたマハガドさんは方位磁石を地図の上に置いたかと思えば、何やら呪文を唱えだす。
聞き取れない程の小さな声で魔法の詠唱をマハガドさんが終えれば、地図の一点にテント虫程度の大きさの明かりが灯る。
「この地図に、あらかじめ作成者が”道通し”と呼ばれる魔法が施してある。一定の距離に近づいた時に、決められた呪文を詠唱することにより、目的地までの道のりを明確にし、本来は通れない道への鍵になるんだ」
「……結界だったり、特殊な障壁で他者の侵入を拒むような空間でも、その地図を使い条件を満たせば簡単に侵入できる。……それが道通しの地図ですね」
補足するようにアメリアが言う。
「さすが、お嬢ちゃんだな。何だか、俺達が共に行動することには運命めいたものを感じるねぇ」
おどけて言うマハガドさんとは反対に、アメリアには思い当たることがあったようで作り笑いをしてみせた。
正確な位置を探るのに、まだ時間がかかりそうなマハガドさんを横目に、アメリアにこっそりと話しかける。
「……アメリア、どうかしたのか?」
「これは、兄さんが得意にしていた魔法……。兄さんの道通しの魔法は、かなり強力なもので重要な任務でも役立っていたと聞きます」
「間違いなさそうなのか? 魔法て言っても、アメリアのお兄さん以外の人も使えるものなんだろ?」
「いいえ、これだけ精度が高く、地図から空間という概念すら消してしまいそうな程の隔絶した空間を作り出せるのは兄さんぐらいです。兄さんの魔法を見慣れた私でさえも、マハガドさんが魔法を詠唱するまでは気付きもしませんでした」
声は震えているものの、正解に近づいていく高揚感のせいか早口でアメリアが語る。
「アメリアでも分からなかったのか……」
「それだけ、兄さんが本気だということです。……人魚族に地図の人通しの魔法……タスク、私、確信しました。――マハガドさんの取引相手は、私の兄さんです」
断言するアメリア。
あまりにも揃い過ぎたヒントと解答に、少し悪寒すら覚えながらも、俺は深く頷いた。
「行こう、俺とアメリアの答えを探しに」
「はい、道は二つに一つ。……迷いはありますが、もう迷子になることはありません」
明確な意思を口にするアメリアに頼もしさを感じつつ、それ以上二人で喋ることはなくマハガドさんがゴールに辿り着くまでじっと過ごした。
※
目的地はさらに深い森の中、木々に日光を遮られているせいか今が昼なのかもう夜になろうとしているのかも分からない。
全員で馬車から降りて周囲を見回してみるが、全方向が木々に覆われているので、下手に歩けばあっという間に道に迷ってしまいそうだ。
「おーい! 依頼を受けたマハガドだ! 頼まれていたブツを持ってきたぞ!」
開けた空間が一種のホールのようにマハガドさんの声を吸い込んだ。
どこか遠くから取引相手が様子を窺っているのか、相変わらず静寂が周囲を支配している。
息を殺して事の成り行きを見守っていたが、五分経過しようが十分過ぎようが音沙汰の無い状況にマハガドさんは肺の中の空気を盛大に吐き出した。
「はあぁ~……。全く反応が無いてのも辛いところはあるぜ。こりゃ、長期戦になるかもしんねえな」
悪態をつきつつ、マハガドさんは懐から酒の入った銀の水筒を取り出すと口に付ければ座り込んでしまう。
糸がほつれるようにほころびだした空気の中で、アメリアは一歩前進すると手をメガホンの形にして声を上げた。
「――兄さん! アメリアです! 貴方を追ってここまで来ました! もしも兄さんなら、私の前に姿を見せてください!」
マハガドさんに負けないぐらい大きな声だったと思う。それでも、鬱蒼とした森は僅かに揺れるだけで人が居るとは思えない。
しかし、アメリアにはまるでそこに誰かが黙って聞いていることが分かっているかのようにさらに大声を発した。
「人魚族のみんなから追われているのも知っています! 分かっていて、兄さんを追いかけてここまで来たんです! みんなは、兄さんのことを裏切り者だと言っていましたが、何か理由があるのだと信じています! 兄さん、お願いですから、顔を見せてください! 私はアメリア! 兄さんを信じる一人の妹です!」
「お、おい、あまり刺激するのは……いや、すまん……好きにしてくれ」
涙声で訴えかけるアメリアを諫めようとしたマハガドさんだったが、彼女の表情を見て勘違いや感情の暴走で言っていないのだと気づき口を閉ざす。
商人の勘だろうか負け戦の気配を察知したらしいマハガドさんは、俺とアメリアを同じく見守る姿勢に徹するようだ。
「――本当に、アメリアなのか」
つい先程まで、そこに誰もいなかったはずなのに、はっきりと気配を感じた。透明だった存在が実体を生み出すように。
もぞもぞと木々の一部が動いたかと思えば、平面だったはずの空間が立体的になるように浮き上がり、出来損ないの幽霊のようだった声の主は色が付き輪郭を作り一人の人間、いや、人の姿になった人魚族の男性に姿を変える。
男はアメリアよりもずっと濃い青の髪色をしていた。アメリアが明るい青なら、男は底の見えない海面を連想させる濃い青の髪。深々とした青が白い肌と青の瞳によく合っていた。
涙声だったアメリアの口からは言葉にならない、小さな嗚咽のようなものが漏れたかと思えば、俺やマハガドさんが止める間もなく男の元へ駆け出していた。
「――兄さん! 兄さんっ!」
駆け寄るアメリアに酷い拒絶の言葉でも投げかけるのではないかと考えた俺だったが、
「アメリア、お前どうして……こんなところまで来たんだ……」
アメリアを迎え入れ、俺を待っていたのは――妹を心の底から心配する兄の姿だった。
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