第6話 はこのなか

 目を見張る。いまこいつはなんて言ったんだ? ミミック、俺が、モンスター、犯人。

「んなわけないだろうが! 救ってやった恩を忘れたのかお前は!」

「村長様、見ましたかこの焦り様を」

 そう言ってメイはその小柄な体をくるりと反転させて村長を見上げる。

「なるほど、ミミックも随分と頭が良くなったものですな。まさか冒険者に化けているとは。念の為、もう一人冒険者を要請して正解でしたな。感謝しますぞ、ドルミナンテ殿」

「またまた村長さんまで何を仰っているのやら、俺達が村を荒らすように見えますか?」

「見えんよ。しかし、ここには証人がおるのでな」

「証人? なら連れてきてくださいよ! その証人ってやつをね!」

 無罪であり冤罪なので胸を張って意見を投げる。証人などいるわけがないのだ。なぜならば俺達は村を荒らしていない。そもそもここを救いに来たのである。謂れのない非難を浴びる必要はない。

「ここに住んでいる村人全員が証人であり被害者なのでな。忘れたとは言わせんぞ。ミミック風情が盗賊のようなことをしおって」

 村長のその言葉の裏で、メイが誰にも見えないよう、しかしそれでいて俺だけに見えるようににやりと嫌な笑みを見せる。

 ――こいつ……っ!

 エリスの考えていたことは間違っていなかったのである。メイは、メイシール・ドルミナンテは、今俺達の目の前で笑っているこの少女は、ミミックだ。

 それならば昨晩、俺達の名前を絶対に忘れないと言っていたことにも説明がつく。こいつが、俺達の名を騙って住人を襲ったのである。あの魔力量の多いスライムも、ミミックがそれに化けた姿ならば説明がつく。

 つまり、あの夜襲われていたのは全て演技であり、俺達の素性を調べる為の工作だったのだ。

 ぎりりと歯を食いしばる。何か打開策はないかと探る。暗闇で一筋の光を探す。

「待ちなさいそこのお爺さん! なんで私達が犯人だと決めつけるわけ? そこの女の子が嘘をついてる可能性だってあるじゃない」

 エリスが口をはさむ。使えない人間だとばかり思っていたが、こいつもやるときはやるみたいだ。窮地に陥ったときのエリスは頼りがいがあるのかもしれない。

 ここぞとばかりに俺も冤罪を主張する。

「そうだ村長さん、いや、クソ爺! こうなったら体裁も何もあるか! 俺は言わせてもらうぜ! 俺達はミミックじゃない! 少し考えればわかるだろボケ老人が!」

「何を言っておるのやら。貴方方が昨晩スライムと楽し気に鬼遊びをしているのを見た者が何人もおります。初めは半信半疑でしたが今のでそれが確信に変わりましたよ」

「それについては何も言い返せないわね」

「言い返せよ!」

 頼りがいのかけらもなかった。

「モンスターと仲良くしているというだけでもこの世界では重罪ですぞ。万が一ミミックでないにしろ、貴方方を捕らえる理由としては十分」

「落ち着けよ爺さん! あんた、村が襲われ過ぎてどこかおかしくなってるぞ!」

「そうよ、私達は冒険者よ? なんならアイリスのギルドに確認してもらえれば……」

 そうだ、その手があった。

「今朝確認しましたよ。確認したところ、この男の籍はなかったのでな」

 お手上げである。

「フィン! あんたのせいで疑いが深まってるんですけどー! どうしてくれんのよ!」

「それについてはごめんとしか言いようがない!」

「ちょっと待ってお爺さん、いえ、お爺様? 私の籍は確認できましたよね? 私だけ見逃してもらえないかしら?」

「狡いぞ! てめえそういうところだけは頭が回りやがる! 村長さん! こいつも俺の仲間です! ひっとらえてください!」

「あんた! どっちの味方なのよ!」

「死なば諸共!」

「犠牲は少ないほうがいいって言ってたじゃない!」

 醜い罪の擦り付け合いを披露する。

「どうせ双方捕まえる。こちらとしても手荒な真似はできるだけしたくないのでな。大人しくしててくれんかの」

 静かに、しかしその声は太く、俺達の耳を弾丸のように撃ち抜く。

 しかし、これは俺達のミスでもなんでもなく、本当にただの冤罪である。みすみす捕まるわけにはいかない。

 俺は近くにあった剣を手繰り寄せる。誰のものか知らないが、少しだけ力を貸してもらう。使い方など微塵もわからないが、素手で戦うより数千倍はマシだ。

「申し訳ないな村長さん。俺はとても諦めの悪い男なんだよ」

「ふむ。それならば仕方がない。死んでも文句は言いなさんな」

 素手の村長と得物を手にした俺が対峙する。あたりは静まり返り、身体が研ぎ澄まされる。すうっと息を吸う音だけが室内に木霊する。

 剣を握る両手に力を入れる。冷や汗が全身を這って、自分が焦燥しているのがわかる。しかし既に後には引けない。

 剣先を目標に合わせて、互いを牽制し合う。誰がどう見ても俺が有利だ。この状況で負ける道理はない。

 少しだけ、空気が揺れた。

 大きく、体が揺れた。

 ばたん、と大きな音を立てて人が倒れる。

 地面がゆっくりと近づいてくる。いや、俺が地面に近づいている。あれ、なんだこれ、おかしくないか?

 数秒がコマ送りになったような錯覚の中、自分が手刀だけで気絶させられてしまった事を理解した。

 そのあとの事は、あまり覚えていない。

 薄れゆく意識の中、やっぱり二度寝は気持ちがいいな、と思った。


 ○


「なにぼーっとしてんのよ」

「長い現実逃避に勤しんでたんだよ」

 長い回想を終了させ、冒頭へと回帰する。

 気絶させられたせいで前後の記憶が曖昧になっていたのだが、覚醒しきった頭で記憶を一から積み上げることで全てを思い出す。

 つまり、俺達は今ミミックであるという意味の分からない冤罪を一身に纏い、牢獄へと案内されている。

 いや、回りくどい言い方で現実から逃げるのはお終いにしよう。

 ――俺達は今、犯罪者になっている。

「マジでどうすんだよこれ……」

 誰に向けるでもない独り言が空を舞い、そのまま槍となって自身に降り注ぐ。

 牢獄の床ってひんやりとしてて気持ちいいんだなと思いました。終。フィン先生の来世にご期待ください。

「どうするもなにも冤罪でしょう。このままやってもない罪を償うなんて嫌よ」

「当たり前だ。それは俺も同じだ。さて、どうやってここから逃げようか」

「あんたの悪知恵働かせて私を助けなさい」

「そうだな、エリスを囮にして脱走するってのはどうだ?」

「それで助かるのはフィンだけでしょうが」

「落ち着けよ。脱走した後に準備万端の状態で助けに来てやる。気が向いたらな」

「絶対一人だけ逃げる気じゃない!」

 いい案だと思ったのだが、エリスが不服そうなのでこの案はゴミ箱に捨てることにする。最後の最後、本当になす術がなくなったらゴミ箱から引っ張り出そう。

 どーんと何もない床に座り、冷たいそれをとんとんと人差し指で弾くように叩く。幼いころからの癖である。考え事をするときは、なぜかこれをしながらの方が良い案が閃くのだ。ミミック、冤罪、村長、モンスター、スライム、牢獄……と現状関係ありそうな単語をすらすらと脳裏に表示させる。

 間も無くして、一つの結論に辿り着いた。

「うん、無理だなこれ」

「考え事してたみたいだから黙っててあげたのに無理ってなによ! ねえー! もう一回ちゃんと考えてよー! 報酬の取り分を決めた時みたいな悪知恵使いなさいよー! やだー! やだー! 死にたくないー! 出してー! 私だけでもここから出してよー!」

 肩を掴まれがくんがくんと前後に揺らされる。これが先ほどまで気絶していた男への仕打ちだろうか。本当にこいつを囮にして俺だけ逃げてやろうかな。それなら色々な案が浮かぶ。

「落ち着けって。現状無理なだけだ。これから状況が変わる可能性もあるだろ。それまで耐えるんだよ。その前に息が絶えるかもだけどな。ハハハ」

「あんた、そんなつまらないギャグ言いたかっただけなら今ここで私が殺すわよ」

「ごめんなさい」

 殺されたくはないので素直に謝りました。

「もしかして、お兄さんたちも冤罪でここに?」

「ああ? なんだエリス。急に妹キャラに転向したのか? 悪いが俺は姉派なんだよ」

「何も言ってないわよ。気持ち悪い事言わないで」

「今発言したのはその銀髪美少女ではありませんよ」

 唐突に聞こえた声の主を探ろうと狭い牢獄を見渡す。

「とりあえずここから出してください。このままではまともに話すこともできませんので。お願いします」

 その懇願にも似た声音は、牢獄には似合わない宝箱から発されていた。小さな鍵穴からこちらを見ている瞳が見える。ガンガンと中からそれを叩く音が響いていた。

「おいエリス、お前金にがめつい奴だとは思ってたが、こんなに怪しい宝箱まで拾ってきてたのか。ただでさえ俺達は疑われてるんだぞ、こんな物騒なもんその窓から捨てとけ」

 人間が通り抜けるのは難しいが、しかしこの宝箱くらいであれば投げ捨てることができそうな小窓を指さし、エリスに告げる。

「流石の私でもあの状況で宝箱を持って帰るわけないでしょ。……まあでも怪しいのは確かね。あらぬ疑いをかけられる前に捨てておきましょう。あれ、思った以上に重いわね、フィン、右側持って」

 仕方なく俺は重い腰を持ち上げ、それの廃棄を手助けする。

「了解、せーので持ち上げるぞ。せーのっと……本当に重いな。中に何入ってんだ」

「ちょっと待ってください!? お兄さんたち、本当に捨てようとしてませんか!? 落ち着いて! 落ち着いて話を! 一言だけでもいいので猶予を! というか女の子に向かって重いとは何ですか重いとは!」

「いくぞエリス、投げるぞ」

「分かったわフィン。なんだか貴方の言うことに従ってるみたいで嫌だけど、私もこれには関わらないほうが良いと思うの」

「待って待って! 待ってくださいよ! 何をするつもりですか!? たすけてください! ちょっ! 左右に振って勢いつけないで! やだー! 怖い怖い怖い! こらー! 無視すんなー!」

 勢いをつけて、ちょうどそれがマックスになった点で手を放す。するすると宝箱は俺達の支配下から抜け出して、そのまま一直線に窓へと向かっていった。

 瞬間。

 ガツンという重たい音が牢獄を埋め尽くし、宝箱は外に出る事のないまま、壁を伝って垂直に落下する。

 その衝撃で鍵が開いたのか、宝箱の中から一人の少女が出現する。

「いたた……。まったく、なにするんですか。死んだらどうするんですか。牢獄には脱走防止用魔法壁という見えない強力な壁が張ってあるんですよ、窓から捨てられるわけないじゃないですか。……まあ結果的にこの忌々しい宝箱から解放されたので今回は許しますが」

 黒いマントを羽織った赤髪ショートの子供。

 記憶に新しい、俺はまだこいつの名前を鮮明に思い出すことができる。

「メイシール・ドルミナンテ……」

「なんです? メイの事を知っているのですか? メイも有名になったという事でしょうか、あっ、サイン必要ですか?」

 とぼけた顔をして嬉しそうにはにかむ少女が、目の前に立っていた。

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