第26話:街へ行こうよぽんこつメイド
「うーむ」
珍しく勇者様が悩んでいる。
それまで幾度となく経験値稼ぎと魔王様に倒される日々を繰り返していた勇者様。今日も今日とて魔王様に打ち滅ぼされ、またレベル1になって蘇り、そんでもってまたまた虹色スライムをボコってレベル99になった。
最初の頃のように魔法への対策を怠ってはいないものの、魔王様を倒す突破口は見つかっていない。
過去には異様に
それでも諦めない勇者様はよい根性をしているというか、なんというか……。
でも、そろそろ諦めてくれないかな?
相変わらず魔王様はあたしの経験値稼ぎを許してくれないし、やることと言ったら食べて寝る以外は、ドラコちゃんとあやとりしたり、あとはお宝素材を磨き上げることぐらい。
いい加減待ちくたびれたよぅ。
「むぅ、またまたレベル99になってはみたものの、どうにも決定打に欠けるな」
決定打も何も、まだ有効打すら見つけてませんよ、勇者様?
「勇者さまぁ、もう諦めましょうよぅ。魔王様に勝てなくても充分に強いですって」
「アホか! 魔王に勝てずして何が勇者だ?」
「でも、英雄と呼ばれた人たちだって魔王様を倒せなかったんですよ?」
あたしは子供の頃に聞かされた英雄譚の勇者様たちの話をする。
「ふん、奴らは所詮ニセモノの勇者だったからだ。だが、俺様は違うぞ。俺様こそホンモノ! 俺様の辞書に敗北の二文字はない。何故なら勝つまで戦い続けるからな!」
ええええええええ、それって永遠ってことじゃん!
「もう。ちょっと、魔王様からも諦めが肝心だって言ってやってくださいよ」
我関せずといった素振りの魔王様にヘルプサイン発信!
「ふふっ、その諦めの悪さ、さすがは勇者。ならば意地をなんとしてでも押し通してみせるがよい」
だぁぁぁぁぁぁぁ、魔王様まで何言ってやがりますですか!?
このままじゃ、まだしばらくここにいなくちゃいけないよぅ。ヤダ、久しぶりにベッドで眠りたい。それに服や体だって結構臭いが……。
はふん、なんでこの男達はそういうことに鈍感なんだよーっ。
「ふん、その余裕、近いうちにぶち壊してやるからな。でも」
飽きもせずまた魔王様に喧嘩をふっかけるんだろうなと思っていたけど、意外にも勇者様はドラコちゃんがお昼寝してる大きなインセ樹の木陰に向かう。
そしてドラコちゃんの傍に腰掛けると
「今は寝る!」
大の字になって眠り始めた。
こっちも疲れてるんだよっと思ったけど、まぁあえてツッコミはしない。
それよりも勇者様が眠りに入ったのは思わぬチャンスだった。
というのも勇者病にかかった人は、一度就寝すると下手すれば一週間ぐらい眠り続けるからだ。
いつもは本拠地にしている街の、ギルドから提供された一軒家でお休みを取ることが多い。
その間にあたしは勇者様から換金を命じられた素材を捌いたり、冒険で消費した薬とかを補充したり、あとは酒場で他の冒険者の方と情報交換という名のおしゃべりをしている。
危険いっぱいの冒険の中で、唯一心休まるひとときだった。
よし、今のうちにちょっと家に戻って、服をクリーニングに出して、お風呂に入ってさっぱりしてしまおう。
それに例の素材の換金もあるし。
うへへ、勇者様が眠っている間に、あたしのへそくりが火を噴くぜ。
「ドラコちゃん、ドラコちゃん、ちょっと起きて」
あたしは勇者様を起こさないよう、静かにドラコちゃんの体を揺らす。
しばらくすると不機嫌そうな表情でドラコちゃんが上体を起こした。
「なんじゃ?」
「ちょっと街まで連れてって」
「むぅ、めんどい。また今度なのじゃ」
ぱたんとまた横になるドラコちゃん。
「うわん。連れてってー。ねぇ、連れてってよー」
小声で、でもドラコちゃんをゆらゆらと揺らしてあたしは抗議する。
お前は休日に家でゴロゴロしているお父さんにおねだりする子供かって魔王様が目で語っているけど構うもんか。このチャンスは逃したくない。
やがてさすがのドラコちゃんも寝るのを諦めたのか、「だっこ」と一言だけ呟く。
お任せ下さい。街へ連れてってくれるなら、だっこだろうと、おんぶだろうと何だってやります!
あたしはドラコちゃんをだっこして、眠っている勇者様から離れた。
「ったく、いったいなんでそんなに街なんかへ行きたがるのじゃ?」
「だってしばらくお風呂入ってないし、体が臭いんだもん」
「そんなの、そこの泉で水浴びすれば済むではないか」
「ヤダよ、あんなところで。丸見えじゃん!」
「露出狂なのじゃから別に構わんじゃろ?」
露出狂じゃないし! もう、お願いだから連れてってよぅ。
「そうだ! 街に行ったらドラコちゃんにもカワイイ服を買ってあげる」
「服? 服ならこれがあるから別にいらぬ」
ドラコちゃんが羽織っているもの、それは魔王様のマント。ドラコちゃんには大きいからマントというより頭からすっぽりと覆われたフードみたいになっているけれど、正直なところ、街中でこんな子供を見たらスラム街の子供と間違えられること請け合いだ。
せっかくカワイイんだから、カワイイ服を着たらいいのに。本人は全くの無関心だった。
「だ、だったら、えーと」
言葉を詰まらせる。
うん、ドラコちゃんの興味を惹きそうなのがこれといって思い浮かばない。いや、ひとつだけ考えられるものがあるんだけど、それは出来たら避け……。
「ドラコよ、街に行けばたらふく人間の作る料理を食べられるぞ」
なのに魔王様ったら、あっさり言ってしまわれた。
ああっ、もう! 魔王様もドラコちゃんの食べっぷりを見たでしょう? あんなに食べられたら、お宝で稼いだお金も一気に減っちゃうよぉ。
でも、一度口に出てしまったものは仕方ない。ここはせめてドラコちゃんが「人間の食べ物なんて口に合わないのじゃ」なんて反応を期待するしか……って、ああ、ドラコちゃんのお口から涎がたぷたぷと!
「人間の作った食べ物かぁ、確かにまだ食べたことがないのぉ。お腹も減ってきたことだし、よい機会なのじゃ」
すっかり乗り気のドラコちゃんは、がっかりするあたしに「降ろすのじゃ」と目で合図する。
その小さな足で大地に降り立ち、トテトテとあたしたちから離れて走り出したドラコちゃんは見る見る間に立派なドラゴンへと変身していった。
「どれ。余も人間の酒でも嗜んでみるか」
そのドラコちゃんの背にあたしよりも早く魔王様が登る。
「ええっ!? 魔王様まで行くんですかぁ?」
「うむ。余も人間の街は行ったことがないのでな。見学させてもらおう」
見学って、魔王様が人間の街にお忍びで出かけるってどうなの!?
なんだかとっても不安になってきた。
ドラコちゃんがどれだけ食べるか分からないうえに、魔王様の正体がもしバレることがあったら一体どうなってしまうのやら。
ああ、もうどうにでもなれ!
あたしはとりあえずインセ樹の実を背中にくくり、ソードフィッシュの角を片手にドラコちゃんの背中に登ろうとする。
「重そうだな、ひとつ持ってやろう」
不意に後ろから声をかけられて、ソードフィッシュの角を誰かが代わりに持ってくれた。
「あ、ありがとうござ……って、うええええ、ゆ、勇者様っ!?」
振り返ると、そこにはさっきまで爆睡していたはずの勇者様が不敵な微笑を浮かべて仁王立ち。
「みんなしてどこに行くつもりなんだ、キィ?」
「え? いや、ちょっと空の散歩をしたいかなぁ、なんて」
「おいおい、空の散歩に高額素材を持っていく必要なんてないよなぁ、キィ?」
「は? 一体ナンノコトデショウ?」
「三百万エーンのインセ樹に、一千万エーンのソードフィッシュ。ヘソクリにしては見逃せない額だぜ?」
「どうして知ってるし!?」
……終わった。
かくしてあたしのへそくり大金持ち計画は、この瞬間、音を立てて崩れ去ったのだった。
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