おまけ
経済担当者と防衛担当者の憂鬱
「ホワイト国から除外されると、結局どうなるの? 最近の隣国の声明が宣戦布告っぽいけど」
といわれたので、嫁さんに話した頭の体操のお話
これはフィクションです。
固有名詞などもでますがフィクションです。
伊藤は経産省の本庁からほど近い、内幸町の雑居ビルの二階にあるBAR R30にいる。いつもの氷結ビールを一杯飲み一息つくとマスターに声をかける。
「マスター。頭の体操したいので、紙と書くものかしてもらえます?」
「かしこまりました」
マスターはそういうと一回裏に入り、A4のクリップボードにコピー用紙らしきものが数枚挟まれたものとフリクションのボールペンを伊藤に渡す。
「ちまちま飲みたいから日本酒のおすすめを」
「日本酒は南部美人の特別純米のにごりが、シーズン最後ですのでよろしいかと」
「よろしく。あと、今日のカルパッチョは?」
「サーモンになります。南部美人に合わせるなら、すこし味を濃いめにしたほうがよろしいかと」
「じゃあ、それを多めで」
マスターが一回裏に入ると南部美人の瓶をもってくる。伊藤の前にはおしぼりと升を置き、小さなグラスを升に入れる。よく冷やされたであろう南部美人のにごりがグラスから溢れ、升の表面張力一杯まで注がれます。
伊藤は左手で升を、右手でグラスを持ちこぼさぬように最初の一口を楽しむ。さわやかな酸味が口に広がり、米の旨みとほのかな甘みが舌の上で踊る。そして一度喉を過ぎれば、上品で厚みのある香りが喉からかおる。
升から継ぎ足していると、よほどゆっくり楽しんでいたのかサーモンのカルパッチョがでてくる。塩胡椒にオリーブオイルの味がサーモンと混ざり合い、刺身として食べるのとは別の風味を楽しめる。なにより日本酒を飲んだあとに塩味のきいたサーモンはより味を引き締めるだけでなく、次に続く酒の旨みを引き出してくれる。
「夏はビールもいいけど、これもいいな」
伊藤はぽつりとつぶやくが、マスターは浅い礼でこたえると、なにか料理の準備を始める。
「さてはじめるか」
そういうと伊藤は紙の真ん中に隣国と書き〇で囲む。そこから何本か線を引き、様々な言葉を書く。たとえばGSOMIA。隣国の輸入規制。そのように、どんどんキーワードを書き連ねていく。
たとえば
隣国 ― GSOMIA ― 破棄 ― 北ミサイルの検知能力喪失 ― 北の侵攻や先制攻撃の検知不能
また別のラインでわ
隣国、米軍協力費の更新を5年から1年に変更要求 ― 米国 米軍要求額5倍を提示 ― 隣国の低減を要求 ― 米議会拒否 ― THAAD撤去 ― 在韓米軍撤退
さらに別のルートでは、国家財政破綻による三度目のIMF管理。そしてどのルートにおいても難民問題を併発している。気が付けば日本酒をあおりながらA4が埋まってしまうほど、のIFを書き連ねる。
「お? 面白い事してるな」
「藤堂さん。こっちにくるのはめずらしいですね」
「ああ、たまにはな」
背筋がピンと伸びスーツの上からもがっちりとした体躯がみてとれる角刈りの男、藤堂が伊藤に声をかけてきたのだった。どうやら、今先ほど入ってきたようでうっすらと汗を浮かべている。
「最近どうだ?」
「そいつのせいで、頭の体操ばかりだよ」
藤堂はそういうと、A4真ん中の隣国の部分をかるくトントンと叩く。
「そっちも?」
「むしろ、それ以外で忙しいのは、国交省と総務省の連中だけじゃないか?」
「いらっしゃいませ。なにになさいますか?」
「伊藤さんと同じのを。あと適当なあてを」
「かしこまりました」
藤堂は注文をすると、どかりと伊藤と一つ席をあげたカウンター席に座る。そしてマスターから酒が出されるので、軽く持ち上げ乾杯をすると半分ほどを一気に飲む。
「甘めだが、後味の良い」
「日本酒をビールみたいに飲むのは藤堂さんだけですよ」
「でだ。そっちの頭の体操はどうだ?」
伊藤は経済産業省の、かたや藤堂は防衛庁の人間だ。ちょうど先日、隣国がGSOMIAを破棄を宣言したことで、影響を大きく受けた部門の人間でもある。
簡単にまとめるなら経済産業省は、安全保障を理由に隣国をホワイト国解除し、新たな輸出管理枠に設定することで戦略物資の輸出厳格化を行った。隣国はこれを徴用工問題への経済制裁とし反発。その外交カードの一つとしてGSOMIA破棄に至った。
――GSOMIA
軍事情報包括保護協定。同様の協定が日米、米韓、日韓で結ばれている。これの意味するところは、対北、対中、対ロなどの情報共有を円滑に行うためのものであり、いわば米国を中心とする自由主義同盟における極東戦略の要であった。
国際社会にはサード・パーティ・ルールというものがあり、原則的に国家間で知りえた情報は、第三国に漏らしてはならないというものがある。言葉を飾らなければ、三国が同じ目的で行動するのに、それぞれ米を起点に伝言ゲームをしなければいけない。ものによっては開示すらできないというのは非効率この上ない状況に陥り戦略的行動さえできなくなってしまう。
故にこの軍事協定が結ばれたものだ。
もっとも、情報という意味で隣国の情報収集能力は低い。人的なものは別とすると、軍事偵察衛星を含む稼働衛星を一基も補修せず、地上における超長距離レーダー施設もなし。空中哨戒機もなし。ゆえに短距離ミサイルなどについては日米のレーダーや衛星情報に対し、制度を高めるるための現地情報という位置付けであった。
逆に脱北者情報については受け入れた隣国にしか入手できない情報である。拉致問題や北の政権情報などを知る手がかりといっても過言ではない。
「そっちはどこまで想定されてます?」
「軍事衝突」
伊藤の言葉に、藤堂は若干嫌そうな顔をしながらポツリと答える。
「そこまでですか?」
「在韓米軍撤退はすでにトランプ政権としては規定路線だ」
「そんな連絡きました?」
「先日の5倍の防衛予算請求。21日F15戦闘機を台湾に大量販売。横須賀に新空母。横田に前線司令部の移動準備に入った」
「厚揚げになります。しょうがと醤油でどうぞ」
藤堂は、あったかい厚揚げにしょうがを口にする。厚揚げ独特の香ばしさと、豆腐のうまみが口の中に広がる。
伊藤は藤堂の言葉を新たな紙に書き始める。
「セキュリティ・ダイアモンド構想において、台湾を太平洋の防衛拠点の一つと考えていると?」
「さしずめ台湾は沈まぬ空母という認識だろう」
たしかに台湾の位置で、F15戦闘機大量配備は、そのように捉えることができる。そして横田を前線司令部として、沖縄・台湾は理想的は配置であり十分に指揮可能な範囲であろう。なによりセキュリティ・ダイヤモンド構想は安部首相の外交安全保障に対する論文だ。原文には隣国は含まれていない。もちろんその構想への参加の呼びかけはされていた。アメリカからの呼びかけさえあったが、現在においても参加していないという事実が全てを物語っている。
「じゃあ武力衝突は北が米軍がいなくなった隣国に?」
「いや。隣国が日本にだ」
さすがの伊藤も言葉につまってしまう。
そんな伊藤を横目に、日本酒を飲み干した藤堂は、ジャックダニエルを注文する
「米軍も縮小を繰り返し、最終的に隣国の声明により撤退という演出をするだろう。特別な事情でも発生しないかぎり北もそれぐらい待つ。しかし隣国は違う。自尊心の塊であることは、いろいろ操作したそちらさんもわかってることだろ?」
「ああ」
「で、同盟という建前があるにもかかわらず、愛国心という皮をかぶった自尊心がレーダー照射をしたわけだ。なら、在韓米軍や国連軍という重しが軽くなれば?」
「なるほど」
「もちろんあちらさんの政府の総意ってわけじゃないだろう。だが現場の若い将校の暴走で、政府としても即開戦とはならない程度に抑え込まれる。しかし、よくあるシナリオにおもえてこないか?」
「それがあると?」
藤堂は一口飲めば、喉と腹に響く重厚なモルトの味を感じさせるロックを飲みつつ答える。
「ない理由がない」
伊藤は、その言葉から政府の意図を推し量る。
「憲法改正の切っ掛けを政府はねらっている?」
「それはわからんが、それを狙っている可能性もある。でもそれは
「実は半導体を含む強固な取引先となった台湾とのより強い結びつき。米国と中国の間に入って必要な利益の循環。できればイランの原油まで視野にいれないが、そこまではうまくいかないだろう」
経済産業省としては隣国をレッド陣営化ととらえ、新たに最前線となる日本の責務を盾にその背後である通商網の拡大でレッド陣営全体との緊張を和らげる。この辺は対露戦略に近い。最終目標はイランの原油取引再開を狙っているが、そこまでは米もうるしはしないだろう。
「あと、うちじゃないが」
伊藤は、さっきのA4のメモの中からある場所を〇でかこう
隣国 在日財産権の差し押さえ(撤収)- 在日帰国指示 - 外国人の生活保護の解除 - 年間2兆円以上
「そうなのか?」
「所詮概算だし、
「まあ、こっちのシナリオでも、同じルートで話がいきそうだな」
「とはいえ、前線としての防衛投資。安全確保へのコスト。発生するであろう難民問題」
「どれもこれも頭が痛い」
結局、日本の安全を守るための緩衝地域が飲み込まれた形なのだ。
「トリガーを引いたのは
「その方向性を採用したのは政府であり、さらにうまく活用したのが米国と北ということか」
「米国は日本という市場に防衛兵器という売り込みをさらに強めることができ、北は軍事的懸念を排除することができた……ね」
その言葉に二人はため息をつく。
「しかしな~」
「テロ支援国家認定は避けたいのが」
そもそも、今回の騒動の切っ掛けは、日本戦略物資の横流しの可能性という問題である。放置できる問題ではなかったし、放置すれば例えばイランや北で日本の戦略物資がみつかれば? ということである。
「まあ、GSOMIAについては、うちも表向き反対しなかったが、懸念はしてたんだ」
「懸念というと」
「日本のレーダー設備などの能力。衛星情報からつかんでいる情報。隣国が中国や北なんかに流していんないと言い切れるか?」
「ないな。って先日の日経の記事」
伊藤の質問に藤堂は答えずグラスを傾ける。
先日日経で「韓国の情報機関、国家情報院の幹部が定期的に北京を訪れ、日本や米国が提供した機密情報を中国に漏らしている」という趣旨の報道がされた。伊藤は藤堂の態度から、この情報は防衛庁内部からの戦略的リークと読んだ。もっとも、先の関連で産経に同じようにリークしたのも自分たちなので、双方それ以上何も言わず残った酒を飲み、あてに箸を伸ばすのだった。
「マスター。そのへんは?」
「そうですね。他国や政府の意見はわかりませんが、客観的にみれば……」
そういうと、紙のある場所をなぞる。
8月22日:隣国)隣国大統領 最側近の不正疑惑
8月28日:日本)隣国グループA(ホワイト国)から除外しグループBへ施行
8月29日:隣国最高裁)サムスン副会長らに有罪判決
9月 6日:隣国)日本製鉄に対する資産売却命令の猶予期限切れ
9月 1日:米)対中国 追加関税発動
11月18日:米)ファーウェイ禁輸措置の猶予期限切れ
「みれば?」
「隣国は国民の不満をそらすため、また財源として29日と6日を活用するでしょう。29日は内部崩壊。企業としてどう対処するか。米や第三国への本社移転、分社化などありえるかもしれなせん。加えて6日はもう顔色をうかがう必要はないため執行。日本企業の撤退促進シナリオだけでなく、本格的な対抗制裁となる。どちらにしろ隣国の経済的地位は相応に低くなるでしょう。長期的に、国体の維持ができるか……すくなくとも、日本はほどほどの貿易以上の相手をすることがなくなります。北が動くのが先か、隣国が暴発するのが先か・その近いかと」
「なるほど。ではあえて中国のイベントを?」
「対中・対ロは日米にとっても仮想敵として理想的であり、ビジネスの会話ができる貴重な相手。新たな冷戦構造によるビジネス構造の構築。それがトランプ大統領の狙いでしょう」
マスターは手をとめ軽く考えるしぐさをしてから答えをいいました。
「トランプ大統領が二選できるかにもよりますが、米としても中国を完全に衰退させたいわけではないでしょう。すくなくとも貿易上有利になるまでは継続するでしょうが、軍事的暴発をさせたいわけではない。よってガス抜きや緩衝材として、日本は当面動き利益を模索することになるのでしょうね」
伊藤と藤堂はマスターの言葉に納得するのだった。しかし裏を返せば、各国の隙間で道化となった隣国の存在に、なんともいえない感覚を持つこととなったのだった。なぜなら、マスターの語る日米の思惑による最終的な勢力バランス図に隣国の姿はなかったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます