第五章 ザイアス宙域(2)ビュッフェを抜け出して
夕食会と称して、ゴールデン司令が特務機関シータ区画内の会議室でビュッフェを行ってくれた。
ゴールデン司令に聞いたところ、こういった会場の設営、ケータリングの手配などは慣れたものだということだった。研究所に勤めているとよくこういうことをするのだという。
そういえば、特務機関シータの前身はシータ研究所だったっけ。
会場には、ゴールデン司令やランナ博士といった、見慣れた人々の姿から、おそらく別部署の、知らない科学者らしき人々までが集まっていた。
なかでもひときわ目立っていたのは、学者然ともしていない、若者たちの姿だった。ぼくやスズランと同じくらいには若い感じがある。
若者たちのうちのひとりが、ぼくを見るや近づいてきて、声を掛けてきた。
「おう、ユウキ。やっぱりここにいたな」
カイだった。またもや、かつての世界の槐のことを思い出す。ぼくよりもお調子者で、ぼくよりも出世していた彼のことを。
「カイ! プルノス・アカデミーが攻撃を受けたとき、無事だったんだ。それに……、なんでこんなところに?」
「ああ。なんとかな。お前に天幻知覚レクトリヴの能力を見せられて、直接ギデスの攻撃に晒されたあの日、俺にもできるんじゃないかと思ってな。特務機関シータの門を叩いたんだ」
「まじ」
「マジだよ。それにさ、聞いて驚け。俺の他の連中は俺より先にレクトリヴ適合可能性ありといって選ばれてたのに、蓋を開けたら俺が一番能力強いの」
「レクトリヴ能力者になったのか!?」
「そうさ。俺はいまや、統合宇宙軍・特務機関シータの軍曹様だぜ。お前は?」
そう言って、カイはぼくに統合宇宙軍での階級をきく。ずいぶんと挑戦的な感じがする。こうして、またここでもカイと階級を競うなんて……。
「ぼく? ぼくは准尉だけど……」
「准士官様か! こりゃあ驚いた! お前すげえな!」
「そうかな」
「やっぱ敵わねーわ。そもそも特務機関シータで使ってるレクトリヴ能力の因子って全部お前由来のもんらしいし、誰もお前に足向けて寝れねえよ」
ここでのカイが素直にぼくのほうが階級が高いことを認め、称賛したのは意外だった。
以前なら、彼のほうがぼくよりも階級が高くて、ぼくは彼に嫉妬するばかりだったから。
そこへ、ゴールデン司令がやって来る。彼はみんなの上司らしく、人々の間を回って少しずつ会話しているようだ。
「ユウキ君、カイ君、食べておるかね?」
「あ、はい。司令」
ぼくは肯定した。現に、唐揚げやらカレーやらを頂いている。それはそうと、どこへ行っても見慣れた食べ物ばかりで助かっている。
「初任務は惑星ザイアス方面なんすね。大船に乗った気でいてくださいよ、司令。敵を壊滅させてやりますから」
カイは相変わらずのお調子者だ。ゴールデン司令はやや引き気味だ。
「そ、そうか。それは期待しているよ……」
……?
沈痛そうな面持ち。やはり、ゴールデン司令はこのところ、ときどき辛そうな表情をすることがある。
「司令、惑星ザイアスって……。一体、どういう場所なんですか?」
ぼくは思い切って、そう司令に質問してみた。だけど、司令が何かを答えるより前に、ぼくは誰かに手を捕まれた。
「ユウキ君、こんなところにいたのね」
「ランナさん」
ランナ博士はぼくの腕を強く引っ張る。彼女の細い腕から考えれば、結構な勢いだ。ただならぬものを感じる。
「ちょっと、お散歩行かない? ね、いいでしょ」
「あ、はい。じゃあ、司令、失礼します」
ぼくはランナ博士に引っ張られるままに、ビュッフェ会場の会議室をあとにしたのだった。
◇◇◇
ランナ博士はぼくを会議室の外の庭に連れ出した。あたりはもう暗い――というか、この暗さは、この政府機能ステーション・ビシュバリクで「屋外用に」作り出された仮想的な夜の暗さだ。
足下には芝生が生えており、どこか遠くの茂みからは虫の音が聞こえてくる。ここが宇宙だとは、簡単には思えない。
「ランナさん」
「きみたちの質問、結構危ないところだったわよ」
ランナ博士は大きい溜息をつく。彼女は今はさすがに作業着ではなく、普段着といって差し支えない大人しめのツーピースを着ている。
「危ないって?」
「ゴールデン司令、五年前までは、惑星ザイアスに住んでいたのよ」
「えっ」
「一家五人で居住されていたところ、ギデス大煌王国の侵略があってね。奥様もお子さん夫婦も亡くされて、お孫さんも行方不明に……」
「そんな。統合宇宙軍は、そんな侵略を受けてまで、今までなにもしてこなかったんですか?」
「その頃の惑星ザイアスは統合宇宙政体に属しない中立地帯だったからよ。司令はそのあと、ケルティアに脱出して研究所長になったのよ」
「そうだったんですか……」
知らなかった。ゴールデン司令がかつてギデス大煌王国のせいで一家離散の憂き目に遭っていたなんて。そして、それが起こった場所に、作戦遂行のために赴かなければならないなんて。
「教えていただけて、よかったです。不用意に深掘りするところでした」
「わかってくれたらそれでいいのよ」
ランナ博士はにっこりと微笑んだ。夜の闇の中でも、その柔らかい雰囲気は伝わってくる。
「あの、ところで、フラウロスの搭載のほうはどうですか? 規格が色々と違いそうな話をされていましたけど」
「フラウロスね。さすがにきょう終わらせるのはできなかったわ。でも、出撃までには必ず」
「おつかれさまです」
「ところで、ユウキ君、ニウス博士のことは知ってる? あのフラウロスの主な開発者のひとりなんだけど」
ニウス博士……。ぼくたちが商業ステーション・ドゥーン=ドゥでハイジャックしたギデス商業組合商船に乗っていた、狂気じみた科学者の名前だ。ヌイ中将とともに統合宇宙政体に拘束されたはずだ。
「たしか、ギデス帝国では最高研究主任という肩書きだそうですけど……」
「ニウス博士は本当は数学者なんだけど、わたしでも研究してるとときどきその名前に行き当たるわ。とにかく彼の研究業績は膨大なのよ」
「そんなにすごい人なんですか?」
「すごいなんてものじゃないわよ。間違いなく、今世紀最大の科学者だわ」
まさか、そんなレベルだったとは。言葉がまともに通じる相手には見えなかったから、まさに、人は見かけによらないものだ。
「統合宇宙政体のどの科学者よりもすごいんですか?」
「端的に言って、そうよ」
「それは、すごい……」
「彼が統合宇宙政体に亡命してくれれば……。特務機関シータに入所してくれれば、わたしたちの研究もかなり進歩すると思うんだけど」
「ランナさんにそこまで言わせるなんて」
「まあ……、そんなわけで、フラウロスの機構を読み解くのは、宇宙最高の天才の足跡を追うことと同じなのよ。リリウム・ツーへの搭載はもうちょっと待ってね」
もちろん、ぼくにはランナ博士が怠けているような印象は全くなかった。それでも、彼女は今回の仕事がどれほど高度なものか、ひと言言っておきたかったのだろう。
「はい。よろしくお願いします」
◇◇◇
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