第31話 甘すぎる僕のお姉ちゃんへの弟からのエール
「うわあああん~~! 助けてえええ!
部室内に、姉さんの絶叫が木霊する。
全体重を机に押し付けて必死に留まろうとする姉さんと、がっちりと背中からホールドしながらする
その激しい死闘は、かれこれ1分以上繰り広げられている。
「そうやって子供みたいにごねないの」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!」
いや、もはや子供のごねかたより酷い。
両者一歩も譲らない攻防に、観戦者である僕たちはただ呆然とその経過を見守っていた。
「
呆れたようにそう呟いた
「これも弟くんが原因なのよ」
いや、まぁ……そうだと思いますよ?
現在進行形で僕の名前を叫んでいるわけだし。
しかし、
「弟くん。あなたは、自分のお姉さんの変化に気づいていないの?」
「変化、ですか?」
「ええ、そう」
うわあああん! と、未だに駄々をこねる姉さんを引き剥がしながら、
「あなたのお姉さんは、未だかつてないほどの『弟ロス』を患っているのよ」
「おと……はい?」
何だ、その聞き慣れない生活習慣病みたいな病名は。
「『弟ロス』はね、弟に甘えてもらえないお姉ちゃんたちが患ってしまう恐ろしい病よ。普通は、もう少し早い段階で初期症状が出るんだけど……」
キョトンとする僕に、
「あなたたちの場合は、少し特別な関係だから、その分、この子の弟離れが遅くなっちゃったし、急な出来事に耐えられなかったのよ」
なるほど、わからん。
「そうだったのね……納得だわ」
あっ、
「つまり、
「あたしも?」
「なっ!? 今は
いや、自分で振ったんじゃないの?
『あれか……これも一種の愛情って訳だな』
「 」
しかし、僕以外は、この場にいる全員が姉さんの行動の真相にたどり着いたようだった。
なんで僕だけ仲間外れ?
「かくゆう私も、弟くんとの交流を楽しみにしていたのに、残念だったわ」
ふふっ、と僕を見ながら妖艶に微笑む
「……やっぱり、あの人も
「
ジトッとした目で、
「ふふっ、私はそういう顔した
「ひっ!」
「何なのよ、あの人は……ううっ……」
まるで、飼い猫が知らない人間の訪問を怯えているような感じだった。
ちょっとその様子が、普段とギャップがあって可愛らしいと思ってしまったのだが、口に出したら怒られそうなので黙っておくことにした。
僕だって、昨日のことからちゃんと学習する人間なのだ。
「
そんな
もう諦めたのか、
それでも、姉さんはまるでそれが家宝であるかのように、机をがっしりとホールドしていた。
「これは私じゃなんとかなりそうにないわね……」
ふむ、と相槌を打った
「でも、このままじゃあ本当に生徒会を辞めてまでここに残るとか言い出しそうなのよね……だから、ちょっとこっちに来てもらえる、弟くん」
そして、ゆっくりと手招きして、呼び寄せる。
僕は背中に隠れる
「弟くんにやってほしいことがあるんだけど……」
と、僕の耳元で波瑠さんはボソボソと呟く。
波瑠さんから漏れる吐息が、耳を刺激してくすぐったい。
「あのね……弟くんには……」
我慢できずに変な声が出てしまいそうになるが、ぐっとこらえて最後まで
「そ、それでいいんですか?」
「ええ、バッチリ」
う~ん、上手くいくのかな?
だが、
それに、ここまま駄々をこねた姉さんを部室に置いておくわけにもいかない。
これも姉さんの為だと思って、実行しよう。
「あの……姉さん」
「ううっ、
涙目になった姉さんが、上目遣いでこちらを見てくる。
その瞬間、僕の心臓がドクンっと跳ね上がる。
今まで気づかなかったけど、
「
もう一度、僕の名前を呼ぶ姉さん。
いやいや! 変に意識しちゃ駄目だ!
僕は出来るだけ姉さんから目線を外しながら、告げた。
「ね、姉さん! その…………」
ああ、段々と恥ずかしくなってきた。
だが、ここで止めるわけにはいかない。
すぅ~、と深呼吸を一つして姉さんに告げた。
「僕は、みんなの為に頑張ってる姉さんが……すき……だよ」
かああっ、と、自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
「……えっ?」
姉さんは、目を点にさせて、じっと見つめてくる。
それでも、ここまで言ったなら、最後まで徹底的にやってやるつもりだ。
「だから、姉さんは……」
「うわわああん!
「うぐっ!!」
しかし、僕の発言は強制的に中断された。
もうお分かりかと思うが、机に突っ伏していた姉さんが一転、超加速的動作で僕の身体に抱き着いてきたからだ。
「あ~~! もうっ!!
姉さんの身体が、僕の小さな身体を吸収するように抱きしめてくる。
こうなってしまっては、僕は指一本動かせない。
『こりゃまた、派手なもん見せつけやがるな、兄弟』
ブルースさんが、悟ったような声色でそう呟いた。
「ちょ、ちょっと! だからそういうのは、いくら姉弟だからって……!」
一方、僕たちの行動に異議申し立てをしたい
「ごめんね
何やら
姉さんは力いっぱい僕を抱きしめたかと思うと、バッと顔が見える距離まで引き離す。
綺麗に
そして、満面の笑みで僕に言った。
「分かった! お姉ちゃん、頑張る!」
その笑顔は、反則的なくらい、美しかった。
「よ~し、
「ええ、弟くんも応援してるし、そろそろ私たちも帰りましょうか」
「うん!」
波瑠さんがそう告げると、今まで駄々をこねていた姉さんが嘘のように、あっさりと立ち去ろうとした。
「じゃあね、
そう言って、姉さんはこの部室から姿を消した。
「ウチの者がお騒がせしました」
最後に、
取り残された僕たちは、まるで嵐が去ったかのようにポツンと佇んでいた。
『……さて、兄弟と嬢ちゃん。そろそろ劇の段取りの続きを話すか』
「意外と冷静なのね、あんた」
そう呟いたブルースさんと華恋に向かって、僕は「色々と、ごめんなさい……」と返事をしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます