第20話 甘すぎる僕のお姉ちゃんと生徒会


「あっ、おかえり波瑠はるちゃん~。って、ええええっ! りくくんだぁ~!」


 生徒会室の扉を開けた途端、女性の変な声が響き渡った。


 はい、もうお分かりかと思いますけど、一応説明しておきますね。


 僕の姉さん、天海あまみ紗愛さらさんです。


りくくううううんっ~~!」


 そんな姉さんは、定位置であろう窓がある一番奥の席(会議室とかだと、社長とかが座ってる場所)から、瞬時に立ち上がって全速力でこっちへやってきた。


 残念ながら、こうなった姉さんから逃れる術はない。


「ぎゅ~~~~~~~!!!!」


 思いっきり、僕を抱きしめる姉さん。


「ふあああっ~~、りくくん~~、嬉しいよお~~、りくく~~ん!!」


「ちょ、ちょっと姉さん!! うぶっ!!」


 はぁはぁと、息遣いが荒くなる姉さんの胸に押しつぶされるようになってしまう僕。


 その柔らかい感触に、僕の頭がのぼせそうになってしまう。


『な、なんだ! こいつぁ!?』


 僕の横にいたしおさん、もといブルースさんは初めて観る光景に、当たり前だがどう対処していいのか分かっていないようだった。


「ふふっ、この子たちの姉弟のスキンシップよ、気にしないで。しかし、他の子たちがいなくて助かったわ。だって、この光景はちょっと刺激が強すぎるもの」


 ただ一人、冷静に僕たちの様子を実況する波瑠はるさん。


 っていうか、声が弾んでいて少し楽しそうにしている気がする。


「まぁ、でも、このままじゃ話が進まないから。紗愛さら、それくらいで我慢よ」


 入学式のように、姉さんの腕を自分の腕に絡ませて、僕から姉さんを引き剥がす紗愛さらさん。


「ううっ~、りくくぅん~」


 姉さんは名残惜しそうに、僕から離されていく。


 ありがとう、波留はるさん。


 でも、出来ることなら、もう少し早く行動に移してほしかったです。


「……はぁ、はぁ。ご迷惑をおかけしました。波瑠はるさん」


「ふふっ、どういたしまして」


 助けてくれたのは事実なのでお礼はちゃんと言っておいた。


 すると、しっかりと姉さんをホールドしながら、波瑠はるさんは呟く。


りくくんは、もうちょっと紗愛さらの胸の中にいたかったかも知れないけどね」


「そ、そんなこと思ってませんよ!」


「ホント、ウブで可愛らしい反応ね」


 妖艶な笑みを浮かべる波瑠はるさん。やっぱり僕の反応を見て楽しむのが好きらしい。


 しかし、自分の仕事もちゃんと全うする彼女らしく、すぐに司会進行役を買って出た。


「さて、本来の話に戻るわよ。紗愛さら、いいわね」


 と、確認を取る波瑠はるさんに、姉さんは答える。


「うんっ! りくくんがやっと生徒会に入ってくれることを決めてくれたんだよねっ!」


「うっ……それは……」


 キラキラと、瞳を輝かせながらまた僕に近づいてきそうになる姉さん。


 たしかに、僕は姉さんから何度も生徒会に入るように誘われていたけれど、その返事をしに来たわけじゃない。


 すると、そんな興奮する姉さんを波瑠はるさんが食い止める。


「残念ながら、違うわよ。そうね、まずは席につきましょう。いいわね、人形演劇部の部長、虎音とらねしおさん」


「!?」


 まさか、急に自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのか、しおさんは見るからに焦った様子で、身体を揺さぶる。


 しかし、そんな様子を分かっているのかいないのか、今まで僕しか見ていなかった姉さんの視線がしおさんに向いた。


「人形演劇部……? あっ、そっか。あなたが虎音とらねさんなのね!」


 そう言うと、先ほどまでの態度から一変、お淑やかな様子で胸に手をあて、しおさんに向かって微笑みかける。


「はじめまして、私が生徒会長の天海あまみ紗愛さらです。今日は来ていただいてありがとうございます」


「         !」


 姉さんの笑みをみたしおさんは、すぐに、右手の人形、ブルースさんを自分の顔の前に持ってきた。


『おうおう! オレ様も来てやったぜ。こいつがモタモタしてるから遅れちまったがな』


「あら、可愛らしい犬さんですね? お友達ですか?」


『オレ様はブルースだ! こいつだけじゃ荷が重いだろうから、付いてきてやったんだよ!』


「そうですか、では、ブルースさんも今日はよろしくお願いしますね」


 ニコッ、と今度はブルースさんに微笑みかける姉さん。


 ちゃんと、しおさんが話しやすいように場を乱さないようにしている。


 僕と違って、すぐに順応しているのは流石だ。


 しおさんは、そんな姉さんのことを少し不思議そうに見ていたけれど、僕にもそうしたように綺麗にお辞儀をした。


「          」


 小さな声で、何かを言ったような気もするが、やっぱり僕には聞こえなかった。


 それは姉さんも一緒だったのだろう。彼女には優しく微笑むだけで、すぐに僕に向かって尋ねてきた。


「あれ? でも、どうしてりくくんも一緒なの?」


 姉さんの疑問は、至極、もっともなことだった。


 すみません、それは成り行き上で、波瑠はるさんに連れてこられただけです。


 完全にお邪魔虫なのは自分でも自覚しています。


虎音とらねさんを捜していたときに、弟くんも見つけたのよ。紗愛さらが喜ぶし付いてきてもらったの」


「あー、なるほど! ありがとう、波瑠はるちゃん! 最近、忙しくてりくくんと学校で会えてなかったんだ~! 助かるよ!」


 何が助かったんだろう? 僕には残念ながら理解できなかったけど、理解しなくていいことだと勝手に処理しておこう。


 だって、確かに学校では会ってないけど家ではずっと一緒だからね?


 姉さんの中で、場所が違うと何か変化するのだろうか?


 僕には一生分からない次元の話だ。


「だから、りくくんには悪いけど、もう少しだけ付き合ってくれるかしら?」


 まぁ、ノコノコと付いてきた僕も僕だし、同席くらいは最後までしよう。それに少し、汐さんのことも気になるし。



 ――多分、僕のただの勘違いかもしれないけど。



 ――しおさんが僕の制服の袖を握ったとき、何か、助けを求めていたような気がしたのだ。



「それじゃあ虎音とらねさん。早速だけど、あなたには残念なお知らせがあるわ。そのために、あなたを生徒会室に呼んだのは先生から聞いてるわよね?」


 僕の隣で、しおさんが俯く。


 前髪で隠れてしまった顔からは、陰鬱な雰囲気が漏れていた。


 しかし、しおさんが何も言葉を発しないと判断したのか、波瑠はるさんの言葉を継いで、姉さんが彼女に告げた。



虎音とらねしおさん。残念だけど、このままだと人形演劇部は廃部になってしまいます」



 僕が今まで聞いた中で、一番くらい、そう言った姉さんの声色は切なかった。


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