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041 「言えたならば、何かが変わるのか」
連れ去って下されば良いのに。
振り返り首を傾げるあなたに、私は曖昧に笑い返しました。
何でもありません、と嘯いて開きかけた口をそっと塞ぐと、あなたはそれ以上何もせずに目を伏せました。
何もいらないのです。本当は何もいらないのです。
綺麗な紅色の着物も、繊細な細工を施した簪も、あなたの口を彩る紅も。本当は何もいらないのです。
共に灯す熱ですら私はいらないのです。一時の熱は、失うと知っている熱は、縋れない熱は、私はいらないのです。
連れ去って下されば良いのに。
結局、私はあなたの目を見つめて、その言葉が言えないのです。
042 「心配の繭」
過剰な心配と言う名の暴力が少女を覆い、彼女は息をする事が出来なくなりました。
周囲を真綿で包まれた少女は、詰め込まれ過ぎて固くなった真綿の中で喘ぐように空気を求め、内壁を爪で引っ掻きます。
しかし、固くなった真綿は本の少しも変化せず、そうこうしている内に新たな柔らかくも暴力的な真綿が周囲に覆い重なり、遂には、少女は繭のごとき真綿の中で溶けていきました。
外側から中の様子を知る者は誰一人としていません。
043 「単なる青空の絵画」
想像と呼ぶには悪辣な空想を並べ立てるご婦人に、私は尋ねる。
何故そのような考えに至ったのかと尋ねる私に、ご婦人は何枚かの絵画を持ち出した。
指を指し、其々の因果関係をご婦人は語った。曰く、これらは死の象徴が描かれており、同時に周囲に何も生き物が居ない故に他者を排除するものであると。
作られた年代も作者もばらばらの、快晴の青空が描かれた絵画達に視線を落とすと、私はその全てを買い取った。
044 「つゆり」
露り。露り。露り。
朝露が落ちた。
露り。露り。露り。
夜露が落ちた。
露ぽたり。露ぽたり。露ぽたり。
濡れた葉と湿った土の匂いの中で、露光る蜘蛛の巣が美しい白い鉱石の様に浮かんでいた。
045 「黒い煙」
黒い煙がゆうらんゆらんと宙を泳いでいた。
ゆうらんゆらん。
黒い煙は気儘に右へ左へと揺らいでいる。
ゆうらんゆらん。
黒い煙は思う侭に形を変えて漂っている。
ゆうらんゆらん。
そうしてやがて、黒い煙は姿を消した。
046 「羽化」
羽化を見た。
羽は溶け、形を成してはおらず、それでも空へと伸ばされた、そんな羽化を見た。
歪で中身が剥き出しになった羽は、緩やかに、だが確実に色を変えながら、上へ上へと伸ばされた。
羽化を見た。
それは歪で醜くも、酷く美しい生の為の行為だった。
047 「無い未来」
未来を憂う事など、私には到底できません。
私には未来が無いのですから当然です。
憂う未来も無い私は、足元をじっと見詰めて日々を過ごすのです。
明日が来るかも分からぬのに、どうして動く事が出来ましょうか。
私は今日も変わらず、足元をじっと見つめるだけの木偶の坊のまま、日々を生きていました。
嗚呼でも、本当にそれでいいのでしょうか。
昨日も一昨日も、その前も。
嘗ての日々から考えれば、今日が未来であった筈なのに。
048 「共生ではない」
人間が私達を見ていた。
人間は私達を見上げる度に微笑み、そうして小さな部屋の中でちっぽけな私達と共生しているのだと喜んでいた。
人間は私達の事を見上げては笑っていた。それは私達が寝ている時も、狩りをしている時も、食事をしている時も、絶えず嬉しそうに笑っていた。
ある日、私達の一つが落ちた。何の事はない、事故による落下である。
同胞は暫くすれば床を這う者に狩られ、喰われるのを待つだけだった。私達が床を這う者を狩り、喰らうように、彼等もまた私達を喰らうのだ。
けれど、部屋へと帰って来た人間はそれを見て、すぐさま掬い上げ私達の元へと同胞を戻して寄越した。
満足げに笑い共生を謳う人間に、私達は様々な感情の中で震えた。
その日の夜、人間が寝静まっている間に私達はその小さな部屋を出た。落ちた同胞は、再び床へと落ちていった。
049 「流れる小舟」
川があった。小さな川だ。強い雨が降りだせば直ぐにでも溢れてしまうほどの小さな川が流れていた。
川上から川下へ、何時も小舟が流れていた。白い小舟は、赤い布に包まれた何かを乗せて、毎日毎日流れていた。
小舟が流れる度、私の心は掻き乱される。
流れているものは果たして何なのか。正体を知らぬ私は、今日も怯えて小舟を見送る。
050 「愛らしい彼」
嗚呼、愛おしい。
――を食み喉仏に歯を立てながら、彼の蠢く姿を見ていた。
引き摺り出した温かい――はゆっくりと脈打ち、私の手を這いずる。藍色と星屑の色をした――は、食むと温めた乳の味がした。
戯れるように喉仏に歯を立てる。
呼応するように、彼の口がぱかりと開いた。粘着質な音を上げながら開かれたそこから長い舌が這い出ると、戯れるように私の口を舐めた。
私が差し出された舌を口に含むと、彼は一度びくりと震えてから、そっと促すように私の上顎を撫でた。
ぷつり。
音を立てて彼の舌が切れる。甘い、苺と林檎の味が口の中へと広がり、私は笑んだ。
満足気に息を吐き、先の無くなった舌を自身の口内へと仕舞い込む愛らしいに、私はそっと口付けを落した。
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