021 - 030
021 「私ではない恐怖」
助けて。助けて。助けて。
怖い。怖い。怖い。
ここから逃げ出したいの。今すぐにここから逃げ出してしまいたいの。
それなのに逃げられないの。
嫌だ。助けて。
嫌だ。怖い。
そうやって私を無理やり押し上げる。そうやって無理やり私を作る。
そうやって私ではない私が正しいと言う。
嫌だ。助けて。
嫌だ。怖い。
止めて作らないで。私の事は私が決めるから、勝手に私を作らないで。
私を象る物は私自身なのだから、勝手に見ない振りをして別たないで。
嫌だ。止めて。
嫌だ。止めて。
全部嫌いになってしまう。
全部全部、嫌いになってしまうから。
お願いだから、私を殺してしまわないで。
022 「喉奥の言葉」
もう嫌だ、とその言葉が出なかった。
たった一言、秒数にして5秒未満の言葉が喉の奥にへばりついて出なかった。
もう無理だと分かっていた。
いくら己が思い込みが強い人間であろうと、己の身体に対する危機感は相応にある。
身体がどれほど擦り切れているのかは、多少の誤差こそあれ己が一番知っている。
だからこそ、もう無理だったのだ。
だからこそ、もう嫌だったのだ。
それでも言葉は、喉の奥にへばりついたままだった。
普段は冷静さの欠片も無い妄執ばかりの私が、最も目を反らしたい現実にだけ一歩引いた距離から自分を窺い知るのは何とも言えない気持ちになった。
もう、疲れてしまった。
023 「事切れていた」
息が苦しいと私はもがいた。
もがいて、もがいて、そうして呆気なく力尽きた。
私は既に事切れていたのだ。
息を取り込めない程に。もがく事しか出来ぬ程に。
日々の中で少しずつ擦り切れた私は、それを忘れていた。
小さな欠片を日常の至る所に落として踏みつぶしていた私は、それを忘れていた。
私は事切れていた。
もう随分と昔から、私は事切れていたのだ。
024 「彼女の選択」
其れは彼女の選択だった。
人々に踏み荒らされて、打ち捨てられた彼女の最期の選択だった。
とても強固で、けれどもか細い彼女の最期に上げた「声」だった。
揺るがないであろう彼女の答えに、私は何の言葉も発せずに見送る他なかった。
もしも私が、何かしらの言葉を発せていたのであれば彼女を引き留める事が出来たのだろうか、とふと考えて、直ぐに止めた。
きっと変わりはしない。
私の答えは彼女の中に入れないと気が付いてしまったから、つい咄嗟に口を噤んでしまって、軽い。
人々に踏み潰されて、随分と小さくなってしまった彼女がそれで良いと久方振りに笑った。
025 「夢を見る」
私は夢を見ていた。
私は深い深い安らぎの中にいた。
私は夢を見ていた。
薄く血潮の鼓動を描く瞼を閉じて。
私は夢を見ていた。
思考はとろとろと煮詰めたミルクのように朧気で。
私は夢を見ていた。
身体は空気を抜いてしまった風船にようにしんなりと地へと張り付いていた。
私は夢を見ていた。
ゆっくりとした鼓動が奥底で響くのを、何処かぼんやりと輪郭無く感じながら、私は安らぎの中にいた。
025 「君の指先を想う」
帰らぬ私に、君は笑ってくれるだろうか。
死に目にすら会わせない私に、君は笑ってくれるだろうか。
眩い世界が廻る。
回って、回って、そうして私はぐしゃりと潰れた。
君の為に死ぬ私を、どうか笑ってはくれないか。
君の為と偽る私を、どうか笑ってはくれないか。
ふと、君の指先を想う。
きっと君が触れた指先を、押し返すものは私にはもう無い。
026 「ただ共に過ぎたかった」
時間が過ぎる。
季節が過ぎる。
生が過ぎる。
それを見ていた。ただ見ていた。
病床に伏した身体で、ただそれを眺めていた。
時間が過ぎた。
季節が過ぎた。
生が過ぎた。
それが見えない。もう見えない。
病床に伏した身体は、もうそれが叶わない。
ただ共に在りたかった。ただ過ぎたかった。
027 「夢を繰り返す」
夢を見る事さえ叶わず、泡沫に帰す。
夢を追う事さえ許されず、追憶に帰す。
夢を叶える事など出来ず、水底へ沈む。
そうしてまた、夢を見る。夢を追う。夢を砕く。
そうしてまた、泡沫に帰す。追憶に帰す。水底へ沈む。
私は夢を繰り返す。
夢を描く事を、走る事を、置く事を。
私は繰り返す。
028 「小さく膨らむ」
無理だよ。弱々しい声。
無理だ。悲しい声。
無理。泣き出しそうな声。
否定を溢す毎に小さくなっていく身体に、私はそっと息を吹き込んだ。
無理だよ。
意外と無理ではないよ。
無理だ。
大丈夫、出来る事しか出来ないのだから。
無理。
怖い事なんか無いよ、一緒に在る。
小さな身体が少しだけ膨らんだ。
029 「見知らぬ蛇」
蛇が腹這いになっていた。
蛇が腹這いで這っていた。
蛇が腹這いで這って来た。
蛇が。
そうして、考える。
蛇には手は無かった。
蛇には足が無かった。
蛇には何も無かった。
蛇には。
それなら、これは。
蛇が。蛇には。そうして。それなら。
私の知らない蛇と、私の知っているの蛇。
ふと考える。これは、何。
030 「開いた膿」
反復を求められて私は笑った。
半数に求められて私は笑った。
受け取ってしまったのならば、返さなければならない。
多くに指差されたならば、向かなければならない。
私は求められた同一を返す。
私は求められた同一を向く。
同一である事を求められた私は笑って、笑って、笑って。
同一である事を求められた私は笑って、ぽんと、ぐしゃり。
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