第26話 移りゆく心 (1) ~夕貴~

前書き


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「セ、セイ?」


 何かがぶつかる音が聞こえたと思ったら静かになり、怖くなって布団の中で小さくセイを呼んだ。


「もう終わったわ、夕貴」


 彼女の声に励まされて恐る恐る布団から顔を覗かせると、目の前には全身黒づくめの人物が横たわっていた。


「だ、誰!?」


 眼を閉じたままぐったりと倒れこんだ人物は帽子とマスクで顔は分からなかったものの、その体格からどうやら若い男らしい。


「……セイ、まさか、殺したの?」


「ふふ」


 私の問いかけに小さく笑うセイは、普段通りの表情を浮かべている。


「そんな事しないわよ。

 ただ、気を失っているだけ」


「そ、そっか、ごめん……」


「別に謝る必要なんてないわ」


「ううん、私の為にしてくれているのに」


 自分の思慮のなさを申し訳なく思うと、気にするなというようにぽんぽんと頭を撫でられた。顔を上げると、セイが男を軽々と肩に担いでいる。


「この人と話をしてくるわね。麗が来たら、盗聴器とカメラを外してくれる予定だから、もう心配ないわ。

 夕貴はここにいるでしょう?」


「……セイの家にいて良い?」


 私の言葉を思いがけない事のように一瞬驚いたセイは、すぐに表情を戻した。


「私、しばらく帰って来れないけど」


「いい」


「……分かったわ。その代わり、麗に車で来る様に言っておくから必ず送ってもらいなさい」


「うん」


 布団を畳み、セイを見送ると部屋の隅に座った。一人きりが怖くて身体を抱き込むようにしていると、物音一つ立てずに玄関から神山さんが現れた。


「こんばんは、夕貴ちゃん」


「……こんばんは」


 にっこりと微笑む彼女の態度はこの間と何も変わらなくて、思わず身体が硬直する。


「今日はあなたをからかいに来た訳じゃないわよ」


 私の態度を見透かすように微笑むと、手に持ったバックから幾つもの工具を取り出す。部屋の片隅を工具片手にチェックすると、彼女の手にはいつの間にか小さな機械があった。


「これが隠されていたの。場所は確認してあるから、もう少し待っていてね」


 何ヵ所か同じようにして機械を取り出し、ビニール袋に詰めてバックに入れる。


「あの、神山さん……」


「何?」


「ありがとうございます」


「……ふふ、どういたしまして」


 お礼を伝えたのが意外だったのか、きょとんとした後でにこりと微笑まれた。こうして見ると、穏やかな雰囲気の人で、とても笑顔でピックを刺すような人物には見えない。


「あなたをセイのアパートまで送るように言われているのだけど、準備は良い?」


「は、はい」


「それなら、行きましょう」


 立ち上がろうとする私に手を差しのべてくれるのを丁寧に断り、必死に自分で歩き出す。アパートに鍵を掛け、車に乗り込むまでどちらも黙ったままだった。セイとなら気にならない沈黙も、彼女だと落ち着かず、そわそわする私を気にすることなく彼女は静かに車を発進させる。ずっと心に秘めていた事を伝えたくて、ハンドルを握る神山さんに声をかける。


「神山さん」


「何?」


「…………契約の話、本当なんですか?」


「ええ、勿論。あなたも確認したでしょう」


「セイ、本当に死ぬんですか?」


「そうよ。私がナイフで刺すから、失敗はないわね」


「ど、どうしてですか!?」


「どうしてって、それが契約だからよ。


 セイにはこの間、実行日は二ヶ月後って伝えたし」



「えっ…………?」


「あら、聞いてなかったかしら」



「聞いてない、です……」


「そう」


 大した事のないように話す神山さんが車を停める。いつの間にかセイのアパートの前に着いていた。


「そういえば、見届けの変更は連絡があったから、あなたはもう関係なかったわね」


「………」


「それじゃあね、夕貴ちゃん」


「ま、待ってください!!」


 ドアを指し示して、促す神山さんに向き合うと、彼女に掴み掛かった。


「お願いします!!セイの契約をキャンセルしてください!!

お願いします!!」


 服を掴んだ手をそっと振りほどくと、神山さんは微笑む。


「あなたはセイの死を望んでいたんじゃないの」


「そ、それは……!」


「別にどう心変わりしようと構わないけど、私はお金を受け取った以上、仕事を遂げる義務があるわ。それに……」


 私の頬に手を当てて、ゆっくり近づく神山さんがほんの数センチの距離で囁く。


「始めに言ったでしょう。キャンセルは出来ないって」


「で、でも!!セイが……」


「死ぬことは契約をしたセイ自身が望んだことでしょう。それとも、彼女がキャンセルしたいって言ったの?」


「…………」


 彼女の言葉に思わず黙りこむ。セイに一度訊ねたとき、彼女は『元々望んでいた』と言っていた。あの言葉がずっと本気だったことに愕然とする私から神山さんが手を離して、笑う。


「あの子も何も言わないところを見れば、あなたに随分甘いのね」


「…………」



「セイから離れなさい。夕貴ちゃん」


 どこか真剣味を帯びた穏やかな声で言われて顔を上げると、神山さんが煙草を咥えて火をつけていた。静かに息を吐くと、白い煙が車の外に靡いていく。


「これ以上近づけば、あなたもセイも苦しむ事になる。知らない方が幸せな場合なんて幾らでもあるでしょう」


「そ、そんな……」


「セイの思いやりをあなたへの好意と間違わないことね」



「!!」


 神山さんが煙草をふかしながら無言で車を降りるよう促す。のろのろと降りると、手を振って車を発進させた。遠ざかるテールライトを見ながら、彼女の言葉が警鐘の様に頭の中で何度も繰り返されていた。

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