朽ちる一億

エリー.ファー

朽ちる一億

 間もなく、異世界へ転生となる私は。

 前の世界に未練がない。

 なんていうことはまるでない。

 私は正直、前の世界。つまりは、この転生前に生きていた世界において結構満足していた。

 会社では、重要な位置にいたし、別にパワハラで訴えられたこともなければ、訴えたいと思うような人間に会った訳でもない。奇跡的なことかもしれないが、女性問題、そして職場内での恋愛関係のことに関して頭を悩ませることもなかった。会社が傾くかもしれない、というような危険な香りすら感じたこともない。

 私は。

 かなり恵まれていたが。

 異世界転生することになった。

 正直、異世界ではなく、元いた世界への転生でいい。

 望むことがない。

 すると、静かに誰かが舞い降りてくる。

 衣まとった女性だった。非常に美しく、瞳の奥には深海の魚たちが自由に動く様が見える。まるで、人ではなく、抽象的な概念の中に潜む命そのものであるように認識できる。

 私は息を飲んだ。

「貴方はこれから転生いたします。」

「私は別段、不満もありませんが。」

「そんなことはありません。貴方は異世界へ転生するべき人です。それだけ、今まで生きてきた世界で不幸な目に遭ってきたのです。その分、俺つえー系主人公としての人生を全うするべきとの判断を致しました。」

「あの、本当に大丈夫です。」

「いいえ、転生は決定いたしました。」

「誰のための転生なんでしょうか。」

「は。」

「誰の幸せのための転生ですか。」

「それはもちろん。」

「異世界が今、魔王か何かに支配されていて、誰かの転生が急務だから私が選ばれたという事ですか。」

「それも、あります。」

「私はトラックに轢かれてここに来ました。」

「その。」

「貴方は運命をつかさどる女神ですか。」

「えぇ。そうですが。」

「私がトラックにひかれたのは、貴方の個人的な都合で運命を捻じ曲げた、ということですか。」

「決して、そのような意味ではありません。世界を救うために、そして誰かがその勇者として存在し続けるための経緯です。結果ではなく、そこには結論もありません。今から導かれる物語の序章の部分のことでしょう。」

「私にとっては本編です。」

 転生。

 その言葉に希望を持っている人間も少なからずいることは分かっている。

 しかし、そうであったとしても、何か夢を見すぎなのである。

 私はただ、自分がこのまま生きていく未来を予想していて、今回はたまたまそうはならなかった。しかし、その背景まで知ってしまえば納得できるようなものではない。

「私は転生を拒否する。」

「では、このまま魂は何にもなれず潰えるということですが。」

「構わない。」

「何故、そのような判断をするのでしょうか。理解に苦しみます。それこそ、異世界への転生ではなく、死自体をなかったことにできないのか、と尋ねることもできたというのに。」

「あ。できるんですか。」

「いや、もう遅いんで無理です。」

「あ。なぁんだ。そういう感じですか。意地悪ですね。」

「そんな分かりきったこと今更、聞きますかね。」

「まぁ。はい。」

 おそらく、私は消滅、ということになるのだろう。

「先に女神として言っておきますけれど、あなたが現世で死んだのは、ただ運が悪かっただけです。特に何か手を加えたということではありません。」

「あ、そうですか。」

「いるでしょ、間が悪くて死ぬ人。そういう人は、こういう所に来ても間が悪くて何となく死にます。」

 なんとなく分かった気がした。

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