11. 準備

 羽交い締めにして、遠藤の顔をこねくり回し、チップの位置を見極める。

 または、ヒナギの力で卒倒させ、遠藤の顔をこれでもかとこねくり回してチップをゲット。

 どちらの案も、サヤが即座に却下した。


「朝の路上で老人を襲ったら、間違いなく通報されるよ。遠藤も盗られたのに気づくって」

「じゃあ、どうすんだよ。“あら、素敵なお顔! ちょっと撫でさせて?”とか。げげーっ、俺のキャラじゃねえっ」

「それもいいけど、遠藤は男色かなあ」

「真面目に返すなよ。謝るから、男色戦法も却下してくれ」


 サヤが考えた方策は、詰まるところ、俺の能力に成否が懸かっていた。足止めはするものの、瞬時にチップを抜き取るのはアポート頼みだ。

 他人の顔に手を近寄せ、不審に思われないのは何秒くらいだろう。

 十秒、は長い。五秒はギリギリか。

 三秒以内、妥当なのはこのくらい。

 サヤの意見も同じく、トータル三秒の仕事を求めてきた。


「発動は一秒未満で、チップが見つからなかったら、場所を変えて再度発動。それくらいはしてほしい」

「もうちょっと発動スピードが要るなあ」

「練習すれば、発動時間の短縮はすぐ達成できる。発動回数は、伸ばすのに時間がかかるけど」


 サヤは棚まで行き、アルミの箱を開けて中を引っ掻き回す。

 半透明のプラケースを探し当てた彼女は、机の横に戻ってきてケースの中身を一つ、地図の上に置いた。

 錠剤よりも小さな黒いマイクロメモリ、これに近い物が、おそらく遠藤の歯に仕込まれているだろうとサヤは言う。


「このメモリで練習して」

「感覚を掴めってことか」


 試しにメモリの上に手をかざし、引き寄せようとした俺を、彼女はやり方が違うと正した。


「左手に握って、右手に移す。移動距離は短く、使う力は最小に」

「力をセーブしろってのか。難しいな」

「それを習得すれば、連続使用の回数も増やせる。まずは限界まで繰り返して、力をすっからかんにして」

「うへえ、そこまで発動するのは二年ぶりくらいだ」


 四十七回は、その二年前の検診で出した記録である。

 頭がクラクラするので、自ら記録更新に挑戦したことはなかった。


 サヤによると、限界使用を繰り返した方が鍛練になるらしい。

 ガス欠になったあとは、少しでも力が回復する度に、またアポートを発動させる。

 発動時間が一秒を切ったら、俺の回復を待って本番に移ると彼女は宣言した。


「三日も待たずに、短縮できそうよ。夕食までに四十七回やって、ほら」

「あいよ、やりゃいいんだろ……」


 本当に上達するなら、俺にしても嬉しいことだ。

 椅子に座り、メモリを左の手の平に乗せる。

 軽く、力を込め過ぎないようにと慎重に能力を発動させてみた。


 一回目、いつも通り、マイクロメモリは右手へ現れる。

 力んだ方がより効果が増すと思っていた俺にすれば、最小の力で練習するのは盲点だった。

 ヒナギはここで自室へ帰り、サヤは律儀にも俺の練習を最後まで見守る。


 三回目からは、歩きながらやれと指示が出た。

 実践型の練習ということで納得した俺は、作戦ルームの中を徘徊しつつ、さり気なくアポート。

 そう、「おっと、ついアポートしちゃったよ。まいったなあ」この感覚だ。


 俺が眉間に縦筋を作った途端、彼女から「リラックス!」と注意が飛んだ。

 回数を重ねるごとに少しずつ難易度を上げ、より作戦実行時のシチュエーションに似せていった。

 チップをサヤが持って、すれ違い様に俺が奪う。

 部屋を出て階段へ、エレベーターへ、屋上へと練習場所も変化させた。


 普通に歩いてくれれば十分なものを、最後には走る彼女を相手に練習させられる。

 いくらなんでも難し過ぎて、成功率は極端に低下した。

 これくらい出来なきゃダメとか言ってたが、走っている間中、半笑いだったのは見逃していない。絶対、楽しんでただろ。


 そんなこんなで、サヤのサポートが効いたのか、結果はまずまず。

 二時間半で五十六回のアポートを成功させて、もう無理だとを上げた。


「いきなり新記録なら、上出来よ。発動時間より、回数が先に増えたね」

「コツは、掴め、そうだ。……ハアッ、早く、なる気配は、ある。全力で走るなっ!」


 練習後は、お待ちかねの肉へ、ヒナギも再合流して三人で向かう。

 またもステーキと期待していた俺は、少々裏切られた気分になった。


「さ、ガッツリ食べて回復して」

「うん、食べるし、これも好きなんだけどさ」


 この晩、彼女が連れて来てくれたのは“肉太郎”ではない。

 ヒナギはこの店が大のお気に入りで、黙々と頬張っていた。

 揚げたてのトンカツを。


「ここは“肉次郎”だ。牛じゃなくて、豚の専門店」

「豚だって肉じゃん。好きでしょ?」

「大好きだ。いや、そうなんだけど……」


 食事の途中、いくらか力が回復した俺は、それをサヤへ教えてしまう。

 すぐにでもアポートを使えと彼女には言われたが、マイクロメモリは作戦ルームに置いてきた。

 じゃあトンカツでやれ、とはサヤの命令。

 練習の効果は信じられたし、豚とは言え肉ディナーに高揚していたせいだ。素直に言うことを聞くんじゃなかったと、悔やむハメになる。


 トンカツの衣に左手を当て、右手へ肉をアポートさせた。

 衣と分離した肉は、見栄えが随分と悪い。味は一緒だけども。


 フンフン鼻を鳴らすサヤは、どうも笑いを堪えているらしかった。ヒナギまで口元を押さえて誤魔化してやがる。

 でもまあ、楽しい夕食だったとは思うよ。

 誰かと一緒に晩飯を食べるのは、高校以来のことだった。





 アポート能力がサヤが要求する水準に達したのは、肉次郎のディナーから二日後の朝だ。

 トンカツのあとも深夜特訓した効果は、思ったより遥かに早く現れた。


 起きてすぐ、顔も洗わずにチップを握る。

 まばたきする間に、チビメモリは左右の手を転移した。

 もう一回、これも成功。

 さらにもう一度、これは発動時に気が散り、二秒ほど要してしまう。


 成功率百パーセントとは行かないものの、変な緊張でもしなければ瞬時の発動に難は無くなった。

 さっさと着替えを済ませ、前日から痛む尻をさすりつつ、俺はサヤへ報告に向かった。


 朝の七時半、彼女は朝食中かと、三階の食事室を覗く。調理場の前にある部屋を、皆の共同食堂として使用しているものだ。

 ヒナギが目玉焼きを食べていただけで、ここにサヤは見当たらない。

 二階に行ったと教えられ、もう一階下へ下りると、母親譲りのブロンド髪が作戦ルームに見えた。


「朝から熱心だな」

「おはよ。呼びに来たの?」

「発動時間が、一秒を切ったよ」


 サヤは拳を握り、ガッツポーズで俺の報告を喜ぶ。

 粗方あらかたの準備は整っており、あとは決行を残すのみ。

 今日は細部の打ち合わせと休息にて、深夜過ぎに花牧市へ車で移動することになる。


 午前中は、サヤが街のカフェへ出向き、遠藤の自宅周辺に設置した隠しカメラの映像を回収してきた。

 遠藤は体調を崩してない限り、日の出と共に散歩へ出掛ける。今の季節なら、午前六時過ぎくらいだ。

 ここ一週間も同じ習慣で動いており、作戦は早朝に行う。


 伍和銀行の貸し金庫に立ち入る際は、IDチップと生体認証で本人確認がされる。

 生体認証は指の静脈パターンを調べるもので、こちらも遠藤から獲得しなくてはいけない。

 チップは俺、静脈パターンはヒナギの担当だ。


 どこで遠藤に接近するのか、この作戦上で重要なポイントを、サヤが地図や現地映像とにらめっこして決めた。

 サヤは遠藤の自宅近くで張り込み、俺とヒナギは散歩ルートの途中で彼女の合図を待つ。


 決行場所には近場の公園に入る直前、化粧タイル敷きの歩道が選ばれた。

 地元の子供たちが描いた絵を焼き付けた三十センチ四方の陶板が、赤茶色の煉瓦風タイルと一緒に埋め込まれている地点だ。

 怪獣や花、誰かの顔に魚の絵。バリエーション豊富な児童画は、カモフラージュ・・・・・・・に最適だった。


 打ち合わせが終わった昼下がり、三人で機材を車に積み込む。

 ライト、カメラ、コード類と、意外に荷物は多い。


 連絡を取り合うためのイヤホンも、サヤが三人分買って来た。耳の裏に装着する骨振動型のもので、通常の市販品だ。

 各自の汎用端末と同期を取れば、レシーバー代わりに使え、遠く離れても問題無く会話ができる。

 自分が話す時は、電話と同じく端末に向かって喋ればよい。


 準備が完了したら、夕食はオムレツを作って簡単に済ませた。

 この時点でまだ午後六時、そこから深夜二時まで仮眠に入る。

 さすがに寝付きが悪く、自室の敷布団の上で目をつむり、何度も左右に転がった。


 不安は感じない。

 どちらかと言えば、自分の意思で飛び込んだ計画に、気持ちの高ぶりさえあった。

 これがどんな結末を迎えるか。

 サヤの願いは成就するのか。

 そして、彼女が父の記憶を取り戻せたとしたら、俺は何を次の目標にするのだろう。


 未来が分からないのも、悪くないじゃないかと思う。

 あれやこれやと、今後起こりうる可能性を想像している内に、ようやく俺は眠りに落ちた。





 ドン、ドン、とドアを叩く音にしばらく耳を傾け、頭のもやが勝手に晴れていくのに任せる。


『ショウ、時間だよ! 置いてっちゃうよ!』


 体を起こし、真夜中とは思えない溌剌とした声へ、むにゃむにゃと返答した。

 俺を連れてかなくて、どうする気だよ。


「今行く」

『車で待ってるね』


 ドア越しに、エレベーターへ走る足音が聞こえる。

 下着こそ新しい物を買ったが、服はほとんどマンションに置いてきた。

 ちゃんとした服屋に行こうと思えば、ヒナギに車を出してもらわないといけない。


 準備に忙しかった彼女に頼むのは申し訳無く、未だシャツもジーンズも一着切りだった。冬を迎える前に、厚いコートも欲しい。

 今のところは、青シャツにハーフコートというケアセンターへ赴いた時と同じ服装で我慢する。


 一階へ下りた俺は、仲間の格好を見て少し驚いた。

 サヤは俺と似た上下で、これは毎日のこと。

 目を引いたのはヒナギの服だ。


「あんまりジロジロ見ないでくれ。恥ずかしいから」

「いや、似合ってるよ。スカートも」


 ライダースーツやスウェットといったアクティブな服装ばかりを好む彼女が、ロングスカートにブラウスを着て、洒落たベージュのコートを腕に抱えていた。

 背丈があり、姿勢も良いので、モデルを連想しなくもない。

 足元の汚れたスニーカーが、残念なくらいだ。


「工作するのに、バイカーみたいな格好じゃ目立ってしょうがないでしょ。私が見立てて、一揃い買ってきたんだ」

「いいセンスだな」


 ヒナギが運転席に、サヤは助手席へ。

 俺は後部席に乗り、ヒナギのコートを受け取ってシートの隣に置いた。


「サヤはシートベルトをして。行くよ」

「オーケー」


 三人を乗せた軽自動車が、バックでビルから出て、暗い街路を滑り出す。

 高速道も使いつつ、東へ向かった俺たちは、午前四時前に花牧市へ到着した。

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