07. 佐木上洞哉
よくある老人介護施設と比べて、玄関の警備は物々しい。
警備員の詰め所に、二重のロック。建物の左右には背の高い壁が延び、敷地をぐるりと囲っているようだ。
さすがに鉄条網のようなものは見当たらないが、これではまるで――。
「刑務所みたいでしょ?」
「ん、ああ……」
「ただの介護センターじゃないの、ここは」
収容者は介護の必要な人間ばかりで、重度の精神疾患をもつ者も多い。
共通点はもう一つ。過去、何らかの形で犯罪に関わったと疑われた者が、ここへ送られていた。
「お前のオヤジさんは、訴追されなかったんだろ?」
「火災現場にいたわけじゃないし、取り調べは不可能だったからね」
「原因不明の事故で処理された、だったな。取り調べられないってのは?」
エーバスに乗った辺りから、サヤはとぼけた冗談を言わなくなった。
この施設の玄関を前にして、彼女の表情は明らかに
実際に見てもらった方が早いと、サヤは質問には答えず、中へ入っていった。
玄関脇に、強化ガラスで守られた警備員の詰め所が設置してある。
窓部分が広く取られ、内外どちらにも見通しが利くようになっていた。
中にいる警備員の数は、三人くらいか。彼らが来訪者をチェックして、扉のロック解除を担当する。
訪問目的を告げると、まず一枚目のドアが開いた。
玄関ホールと言うには狭っ苦しいスペースが、来客を各種センサーでチェックするセキュリティゾーンだ。
詰め所は真横に在り、ガラス越しに警備員がこちらを窺う。
危険物の反応が無いことを確かめると、詰め所とは反対側の壁にある機器へ、汎用端末を向けるように指示された。
これでようやく、第二ドアの上にグリーンのランプが
扉の開閉は全て詰め所内から行われており、第二ドアを抜けて初めて、生身の人間に相対した。
出迎えた警備員が面会希望者を再確認してから、待つこと少し、今度は奥から白衣の職員が現れる。
彼に従って廊下を直進し、俺たちは面会用の個室へと移動した。
収容されているのは、あくまで犯罪の関係者であり、実刑の確定した者ではない。
重要参考人や被疑者であっても、責任能力が問えない者ばかりだ。
刑務所の面会室のように、強化ガラスで仕切られていたり、武装した刑務官が控えたりといったことはなく、座り心地の
間に置かれた角テーブルには、バラが一輪挿されたアクリルの花瓶。洒落た演出だが、手入れの要らない造花である。
カーテンの開いた窓からは、秋の陽射しが差し込み、花を緩やかに照らす。
扉口に立つ制服の職員が、並んで座った俺たちを、無言で見つめていた。
この男の存在が唯一、ここが単なる病院やホテルではないと主張する。
やがて二人の職員に挟まれて、白髪混じりの男性が部屋にやってきた。
薄青の患者服に似た格好は、この施設に収容された者が着る統一服だろう。
髪や
サヤの話からして、これが彼女の父親、
俺たちの前に座らされた佐木上は、しかし、サヤには特に反応せず、ただ微笑んで部屋を見回す。
職員三人が監視する中、彼女が最初に口を開いた。
「四か月ぶりだよ。身体の調子はどう?」
「ん、前にも会ったかな。今日はモルロの映画を見るんだ」
嬉しそうに話す佐木上の様子に、俺は眉を
幼い子供に人気のキャラクター、モルロ。巨大なマリモといった風貌が愛らしくはあっても、大の成人男性が楽しみにするようなものではない。
毎日何をして過ごしているのか。どんな食事が出ているのか。風邪は引いていないか、誰か面会に来たか。
彼女がいくら質問を重ねても、佐木上は困った顔で首を傾げるのみ。
覚えていないのだ。
この老いた男は、昔の記憶も、昨日のことも頭から消えていた。実の娘を見ても、そうと認識できないくらいに。
サヤにすれば、益の無いやり取りはいつものことらしい。
落胆したり、嘆息を漏らすような素振りはせず、最後に一言彼へ告げた。
「いよいよ始めるから。待っててね」
うんうんと曖昧に頷きつつ、佐木上はモルロの説明を始める。
彼の好きに喋らせたまま、サヤは手を挙げ、面会終了を職員たちへ合図した。
部屋を出て、リノリウムの廊下を十メートルほど歩いたところで、案内役の職員は帰っていく。
ここで玄関詰めの警備員に引き渡されて、セキュリティゾーンへ。
端末を再び登録機器に掲げながら、俺は詰め所の中にいる警備員たちを観察した。
警備員たちの腰に銃はなく、代わりに短い金属製の円筒を携えている。
来た時は非武装だと思ったが、どうもこれが制圧用の武器のようだ。
黒ゴムの握りに、ロック付きの引き金。暴漢を捕える報道映像などで、見たことはある。
テーザー、高圧電流を発するショックガンの一種で、特能者対策の定番武器だ。
奥の壁際に立つ担当員が、制御盤のスイッチを押し込むと、第一ドアがグリーン表示に変わった。
開け放たれた入り口から、俺たちは外へと出る。
エーバス乗り場へと歩いて行き、サヤと二人でベンチへ腰を下ろした。
バスは二時間に一本しか来ないため、しばらくは小鳥のさえずりを聞いて過ごすしかない。
もしくは、溜まった質問をサヤへぶつけるかだ。
「一体、どうなってんだ?」
「見ての通り。父は極端な記憶障害を抱えてる」
「みたいだな。何でそんなことに?」
大学で火事が発生した日の未明、サヤは警官に起こされた。
彼女は状況が呑み込めないまま、連行される父の背を見送り、遠戚の家へと送られる。
母は真っ先に病院へ搬送されており、サヤが会いに行った時には酸素マスクを嵌め、管だらけにされて寝ていた。
呼吸障害、脈拍異常、腎不全、診断結果に載った病名は二十を超す。
彼女はダイニングで泡を吹いて倒れているところを発見されたそうだが、入院の一週間後にこの世を去った。
拘束時の佐木上洞也は、そんな妻を放置して、リビングで虚空を眺めていたと言う。
俺が会った佐木上は、あれでも常人として生活できるくらいに回復した姿だった。
彼が失火の原因と疑われたのは、消去法による推測に過ぎない。
研究室の電子ロックは夫妻しか開けられず、薬剤を管理していたのも佐木上本人だ。
放火の可能性は低くとも、管理責任は問われる。
しかし、記憶を失っていた彼から事情を聴取することは敵わず、回復を待つことになった。
症状自体は重度の若年性痴呆とされ、治療は半年間続く。
身体能力に遜色は無く、臓器、脳、血液、どれも正常値を示した。
未知のウイルスに感染したことも考えられたが、手掛かりはやはり皆無。医師が匙を投げたことで、彼はケアセンターへと収容される。
「おかしいのは、自宅に研究結果が残っていなかったってこと」
「盗られたのか?」
「古い資料はあった。最新のものが無くて、警察は燃えた研究室に在ったんだろうって。そんなはずはない」
その日の検証データをプリントして、夫婦で
自宅でも研究の話ばかりする親たちに、彼女は軽く苛立ちを感じていたくらいだ。
犯人は研究結果を独占したくて全てを燃やし、両親を廃人に追いやったのだというのが、サヤの達した結論だった。
「とすると、二つ疑問がある」
「私もそう考えた」
「まず、誰がやったと推理したんだ?」
親以外に大学の研究室へ侵入可能な者は、二人しか考えられないとサヤは主張した。
一人はマスターキーで、コードを入力せずとも解錠できる保安員である。
このマスターキーは、事件当日の所在が明確で、保安室から持ち出された形跡は無いと、複数の証言が得られた。
何れにせよ、両親の動向を逐一把握して、最新の研究にも通じた人物でないと主犯には相応しくない。
マスターキーを持つ人間は、もう一人存在した。
「誰だ?」
「大学の特能研究棟は、たった一人の寄附で建てられて、運営資金も提供されていた」
「ちょっと待て、その大学って、
「そうよ。今じゃ独立して特能支援研究所になった、その前身ね。創設者であり、名誉理事でもあるのは篠目奏、こいつがマスターキーを持ってた」
この事実を得るために、サヤは相当無理をして東王大学を調べ上げたようだ。
裏の稼業を頼ってIDカードを偽造し、不法侵入の手口は数年掛かりで学習した。俺のマンションに入るくらい、朝飯前だったというわけだ。
それはともかく、途方も無い話だと思う。
時代の寵児と持て囃される篠目が、放火に窃盗、さらには殺人をも犯したという推理だ。
信じ難いと言うより、相手が巨大過ぎてピンと来ない。
サヤの言うことを検証するのは後回しにして、もう一つの疑問を尋ねる。
「篠目がやったとして、どうやって親父さんの記憶を消した。薬もウイルスも否定されたんだろ?」
「特能よ。篠目なら使える」
「噂じゃ、アイツは一級能力者だよな。一級にしても、ちょっと強力過ぎないか?」
「手を下したのは、篠目の部下かもしれない。重要なのは、どんな特能か、だった」
特能の詳細が伏せられるのは、決して珍しいことではなかった。
表立って働く者は仕方がないにしても、基本的にはセンシティブな個人情報として秘されることが多い。
軍事目的に使用される能力などは特に、隠されて当たり前である。
篠目も自身の特能について公には発表しておらず、ただキャリアだとだけ知られていた。
サヤもその情報を掴むことは出来ず、どんな力なら記憶を消せるかと推論を重ねる。
どちらも都市伝説レベルの強さとは言え、記憶消去とは異なるものだ。
降参だと手を挙げた俺へ、サヤは自分が辿り着いた答えを教える。
「
「なんだそりゃ」
初めて聞いた能力名に、俺の顔は自然と険しくなった。
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