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 夏はこの幸せの記念に、二人のために、綺麗な花を飾りたいと思った。

 赤か、黄色か、ピンクか。

 そんな晴れやかな色をしたバラの花を一本だけ、花瓶に入れてテーブルの上に置いておきたいと思った。

 夏の目は色を探した。

 でも遥の部屋は真っ白で、夏の求める色は部屋のどこにも存在していなかった。

 そのことを夏は残念に思った。

 いつの間にかお皿の上の料理はからっぽになっていた。

 食器類の後片付けをして、二人は食後にもう一杯ずつコーヒーを飲むことにした。夏はこのときもコーヒーに角砂糖を二つ入れて溶かして飲んだ。遥はブラックのままだった。

「私さ、毎日の朝のランニングを日課にしているんだ」夏が言う。

「知ってるよ」と遥が言う。

「それで走る場所を探しているんだけど……、どこかにないかな?」

 夏は冗談ぽい雰囲気で質問をしているが、実はその答えをすでに頭の中で知っていた。

 遥が夏の走ることが好きなことを知っているように、夏は遥が走ることに興味がないことを知っていた。だからそんな場所がこの研究所にあるはずはないと思っていた。

 夏の目的は初めから地上を走る許可をもらうことだった。

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