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 しばらくして音が止むと、そこにはどこか空中の一点をぼんやりとした目で見つめている夏がいた。

 なにもしないとそのまま消えてしまいそうな夏がいた。

 遥はそっと立ち上がると、ぱちぱちぱち、っと小さな拍手をした。

 すると夏がこちらを見た。

 遥と目があった夏は自分を思い出したかのように、にっこりと笑った。

 軽く汗をかいてる夏の顔。

 差し込む日差しが邪魔だな、と思えるくらいに綺麗だった。

 夏は立ち上がり、ピアノの横に立って遥に一礼をした。

 遥の夢はそこで終わった。

 目を覚ますとそこはいつものベットの中だった。

 懐かしい夢だったな、とぼんやりとする思考の中で遥は思った。

 夏と一緒に眠ったから、こんな夢を見たのかな?

 ねえ、どう思う、夏?

 そう尋ねるような気持ちで顔を動かしてみる。

 しかし、ベットはからっぽで、そこに夏の姿はなかった。

「……そうか。大人になったんだね、夏」

「私たち、もう子供じゃないんだよね」

「そうやって私たち、大人になっていくんだよね」

 ベットから体を起こした遥がつぶやく。

 もちろん夏からの返事はなかった。

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