第19話

往古は署に上がると、すぐにパソコンに向かった。

幸い隣の席の上津はその日は情報捜査の研修で不在だった。

黒後翼、昨日の夜ゆいから聞いた行方不明の弟の名前だ。

逮捕歴は無いが、参考人の事情聴取は受けていたという記録が少年課のファイルにあるのを確認した。

昔の警察なら縄張り意識が強くて、他の課のデータを見ることは事件が無い限り難しかったが、最近は情報はすべて共有して迅速な捜査活動を行うという「コンプライアンス」が当たり前の世の中を反映して、捜査一課と捜査四課とか、公安とかの情報の垣根は無くなっていた。

データは聴取を行ったというだけのものだった。

データで黒後翼を追いかけるのは難しそうだった。


少年課は二階下のフロアにあった。

往古は少年課に入っていった。以前自動車警ら隊にいた巡査が移動でそこにいたからだ。

その男は三山と言った。大学を出ているので、順調に昇進試験に受かり、今は巡査部長になっていた。

「久しぶり」

「ああ、往古さん。こちらに異動されたことは知っていました。ご挨拶が遅れてすいません。ちょっと忙しかったもので」

「いいよ、そんなこと。それよりちょっと調べたいことがあるんだが」

「いいですよ。マル暴と少年課は協力しなくてはいけない案件が多々ありますから」

「すまない、突然」

往古は、名古屋に本部のある組の捜査でどうしても黒後翼という十九歳の男のことを知りたいのだということを三山に告げた。

三山はパソコンの画面をしばらく捜査していた。

「ありました。そいつは三河グループという半グレのメンバーです。最近の事件では高校の教師を脅迫した件に関わっている可能性があり、現在捜査中ですね」

「そのヤマの担当を紹介してくれないか」

三山は隣のデスクの男のほうを向いた。

「向井、お前だよな」

「そうです、自分です」

向井という男もまだ若かった。やる気に満ち溢れているという顔をしていた。

「黒後ですか、あいつはやばいですよ」

「えっ、どうしたんだ」

「あいつは地下にもぐっているという噂があります。何でも組の幹部に気に入れられて、出世のために大きなヤマを踏むんじゃないかと仲間内では評判になっているということです」

「少年課は随分情報が深いな」

「半グレが多いから、人員を増やしていて半グレを潰そうというのが重要案件になっているんです」

「もっと詳しいことを知りたいんだけど」

「むしろ奴のことは組の人間のほうが詳しいんじゃないですか」

「地下に潜っているとしたら、組のほうでも口を開かないだろう」

「本当は何かのヤマの星だったりしないですか」

往古は率直に本質的なことを突っ込んできた向井という若い警官が眩しかった。

彼には刑事としての矜持があると感じたのだ。

「いやいや、そこまでは。だが、参考になる野郎だということはあるんだ」

「そーですね、じゃあ私の情報屋に聞いてみましょう」

「ありがとう、助かるよ。三山今度向井君も一緒に飲みにいこう」

「ありがとうございます。それでは連絡します」

往古は何で黒後ゆいのためにこんなことをしているのだろうと少し後悔していた。

自分はゆいが好きになったのかも知れないと思った。


その次の日、向井から連絡があり、彼の情報屋の男のところに向かっていた。





⑳に続く。







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