第35話 計画

「石見! 山吹!」

 宇嘉は家に帰ると二人を呼びつけた。

「なんでしょうか?」

 やってきたのが石見一人であることに宇嘉は不審そうな顔をする。


「山吹はどうしたの?」

「お嬢様の仰せの通りに、三角木馬に縛り付けてありますけど。うるさいので猿ぐつわも咬ませました」

「ああ、そうだったわね」


 石見を連れて、奥の部屋に移動する。三和土の上に鎮座した木枠の上で山吹がぐったりしていた。涙と鼻水と涎と、色々と酷い状態の山吹を一瞥して宇嘉は石見に命ずる。

「綱をほどいてやりなさい。今日はこの辺で許してあげるわ」


 宇嘉と石見が疲労困憊する中、懲りずに外泊までしてのけた山吹は宇嘉の逆鱗に触れて帰宅後に懲罰を受けていたのだった。石見に助け降ろされて、猿ぐつわも外してもらった山吹はふうと大きく深呼吸をする。

「体が半分になるかと思った」


 意外とケロリとしている山吹を見て、石見は宇嘉に質問する。

「よろしいのですか?」

「ええ。圭太とプチデートをして、気力を回復しましたから」

「それはようございました」


「それから……」

 宇嘉は声を弾ませる。

「圭太にドリームランドに誘われたの」

 体をくねらせて頬を染め全身で幸せオーラを放射する宇嘉に、山吹がまた余計なことを言う。


「あ。お嬢様知ってます? ドリームランドデートをするカップルはですね、必ず別れるって話ですよ」

 山吹は底知れぬお馬鹿なのか、それとも新しい性癖が開花したのかしら、と石見が冷ややかに見ていたが、宇嘉は全く動じなかった。


「ふふ。山吹は相変わらずおバカさんですね。いいですか。それはドリームランドデートをしたことがない者のやっかみが生み出したフェイクニュースに決まっています。一体どれだけのカップルがドリームランドに入場したと思っているのですか? 全員が別れるなんてことが事実な訳はないでしょう」

 再び拘束するように命令されるかと思って綱を用意していた石見は半分ほっとし、半分残念に思いながら宇嘉の話の続きを待った。


「そんなことより、行く日にちが決まったらドリームランド周辺の素敵なホテルを押さえて頂戴」

「日帰りで行かれるのではないのですか?」

「もちろん、圭太はそのつもりでしょうね」


 宇嘉はウフフと笑みを浮かべる。

「でも、アクシデントは起こるものよ。電車が止まるかもしれないし、うっかり終電時間を間違えることだってあるわね。急に私の具合が悪くなって休みたくなるかもしれないですし」


「さすがでございます。お嬢様。1日遊んで、綺麗なイルミネーションを見て、心が高揚したところで一気に関係を進めてしまおうという作戦お見事です」

「でも、あの圭太さまだと平気で据え膳を食べずに終わるってこともあるんじゃないですか?」


「確かにその心配はありますね。でも、問題ありません。いざとなればマムシの黒焼き粉末を食べ物か飲み物に混ぜてしまうつもりです。その状態で誘いをかければ、間違いなく堕ちることでしょう」

 ゴールデンウィーク中の勤労で疲れた宇嘉は少し心が黒くなっていた。


「圭太さまに乱暴にされてはお嬢様が傷つくのでは?」

 控えめに懸念を伝える石見に対し宇嘉は真剣な表情になった。

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。多少の危険は覚悟しています。普段とは異なりケダモノになった圭太も悪くないでしょう」

「お嬢様……」


「もう5月になってしまいました。まだ、11か月近くあるとはいえ、光陰矢の如し、油断はしていられません。千載一遇のチャンスを生かさねば。二人とも協力をお願いしますね」

「畏まりました」

「はーい」


「それから、ホテルもそうですが、ドリームランドのアトラクション・レストランなどの情報もお願いします」

「あまり知識がありすぎて、圭太さまの鼻づらを引き回すようなことになっては興ざめではありませんか?」


「それは分かっていますが、圭太は元々積極的に自分で決めるよりも、人に判断を任せるタイプです。その時に迷って時間を空費しないために、聞かれたときに提案するぐらいなら問題ないでしょう」

「では、お嬢様。お風呂へどうぞ。その間に二人で情報を集めて整理しておきます」


 ***


 自分をはめる為の壮大な計画が練られているとも知らずに圭太は涼介にメッセージを送っていた。すぐに電話がかかってくる。挨拶もそこそこに涼介は言った。

「すげーじゃん。こんなに早く返事が来るとは思ってなかったよ。やっぱ、圭太はやればできる奴だったんだな」


「いや。成り行きだよ」

「まあ、とりあえず、日にちは試験休み中で天候と相談ってことでいいよな」

「ああ。それでいいと思う」

「入園から昼までは一緒に行動して、あとは別々って感じでいいか?」


「それでいいと思う」

「つーか、俺と前川先輩が一緒だってことはちゃんと宇嘉ちゃんに伝わってるんだよな」

「きちんと伝えたよ」


「ならいいんだけどな。そうそう、ちゃんと予習はしておけよ」

「何をだよ?」

「園内マップは頭に叩き込んでおけ。何かのアトラクションに行きたい、と言われたときにスムーズに案内できた方がいいだろ?」


「まあな」

「特にトイレの位置は重要だ。待ち時間の間にトイレに行きたくならないように適宜、俺達の方から誘うようにした方がいい。女性の方からは言い出しにくいからな」


「なるほど。さすがだな涼介」

「まあな。実は前川先輩に言われたんだけどな。デート中のそういう気遣いは大事だぞって」

「別に変な声色まではいらないよ」


「臨場感を出そうと思ってさ。まあ、前川先輩は常に言ってるように心が広い。一度目のミスは笑って見逃してくれる。ただ、同じことを繰り返すと結構怖い」

「そうなのか? そうは見えないけど」

「私の方が年上だから、リョースケに色々と教えてあげないとね、とも言ってくれるがな」


「ますます、お前が羨ましいよ」

「すまん。惚気るつもりはないんだ。まあ、昼までは俺の方でチョイスしておく。午後の行程だけ考えて置けばオッケーだ。そうそう、園内は物価が高い。金は多めに用意しておけよ。交通費もかなりかかるからな」


「そこが悩みなんだよ」

「だよな。お前は手持ちの金があまり無いからな」

「まあ、昼飯代としてもらってる金が浮いてるからなんとかなると思う」

「そうか。宇嘉ちゃんの手作り弁当のお陰だな。お前も結構羨ましいと思うぜ。じゃあな」

 

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