第22話 部活の勧誘

 空手部での対決以降、宇嘉の身辺は騒がしくなった。華奢な体つきで運動部は無いだろうとの想像に反して、体を動かす方もイケるとなれば、各部の勧誘活動が激しくなるのは当然の理であった。宇嘉一人を入部させれば、それを目当てにした男女が釣れるのである。


 どういう料簡か分からないが圭太が宇嘉に対して、微妙な距離を置こうとしているのを見れば、皆の心に僅かな希望の灯がともるのであった。ひょっとするとワンチャンあるかもしれない。ならば、同じ部活に所属して少しでも可能性を上げたいと思うのは人情である。


 まず、動いたのは空手部だった。冴子との一件はもう済んだものとして、一応は仮入部したのだし、仮の文字を外さないかというものであった。次いで、テニス部、卓球部、剣道部から声がかかる。野球部からも是非マネージャーにとの勧誘があった。文化部も負けてはいない。各委員会も逸材確保に動き出して、宇嘉の放課後は慌ただしくなった。


 はねつけてもいいのだが、宇嘉も学校での対人関係を考慮して、一通りは相手をする。まだ明確な支持ではなく、ぼんやりとした好意でしかない段階であまり強い態度を示すと一気に反感につながることがあることを宇嘉は分かっていたからであった。


 毎日なんらかの体験入部で忙しくなる宇嘉を横目に圭太は帰宅部を決め込んで自由を謳歌していた。もう少し運動神経が良かったなら何かの運動部に入って注目を集めるという作戦を弄したかもしれない。走ることは苦痛では無かったがそれほど速いわけでもなく、基本的にかったるいことは嫌いだった。


 朝は一緒に登校するのはやむを得ないとしても、放課後は自由に過ごせるので圭太にとっては割と理想的な時間を得ていた。図書館で自習をしつつ、後藤寺さんが返却図書を書架に戻す姿を横目に見て過ごす。そして、部活が終わる時間よりもちょっと早めに学校を出るのだった。


 そんな生活が10日ほど過ぎた朝に何げなく圭太は質問をする。会話のための会話でしかないつもりであったが返事に驚くこととなった。

「色々体験しているみたいだけど、何部に入るか決まったの?」

「決まったわ」

「どこにするの?」

「もちろん圭太と同じところよ」


 こういう展開になることは予測しておくべきだった。宇嘉があちこちに顔を出しているのはあくまでお付き合いの範囲である。

「で、圭太はどうするの? 部活は必須でしょ?」

「うーん」


 圭太たちの通う学校では、いずれかの部活か委員会に所属することが不文律だった。圭太にとっては面倒くさい限りであったが、学校という閉鎖的な社会ではそこでしか通用しないが絶対的な規則がある。一応、所属だけしておけば幽霊部員でも構わないのが唯一の救いであった。


 涼介は折にふれて水泳部はどうだと声をかけてくれる。ただ、水泳部には前川先輩がいる。圧倒的な破壊力をもった競泳用水着姿を前に平静を保てる自信が無い。きつめのサポーターを履くにしても抑えつけられるかどうかが不安だった。万が一、水着からコンニチハしようものなら人生が終わる。それになんとも不可思議な感情であったが、宇嘉の水着姿を他人に晒すことにも抵抗があった。


 かといって、何か運動をしないとマズい事情も発生していた。原因は宇嘉のお弁当である。ボリューム満点の豪華なお弁当を毎日食べているうちに少し体重が増え始めていた。弁当を断ればいいだけの話であるが、すっかりがっちり胃袋は掴まれてしまっており、味気ない徳用ロールパン生活に戻ることはできそうにない。


 父親と暮らすようになっても問題はないと踏んでいたのだが、母親の料理に慣れて口が奢ってしまっていたのが圭太の誤算であった。宇嘉との関係を解消してしまうと食生活が侘しくなるのが目下の最大の悩みである。世のお姉さま達に知られたら、自分で飯ぐらい作れやクソガキ、と言われること必至なのだった。


「陸上部かな」

「分かった。はい」

 宇嘉が入部届を圭太に渡す。すべて記入済みであった。

「じゃあ、放課後に一緒に出しに行こうね」


 秋に行われる体育祭の各部対抗リレーで、陸上部なのに他の部の後塵を拝する弱小部ということに惹かれて決めたことを圭太が後悔するのに時間はかからなかった。別に嫌な先輩がいたわけでも、予想外に練習がきつかったわけでもない。野球部のように男ばっかりということもなく、女子生徒もそれなりにいた。


 ただ問題があるとすれば、皆スレンダーだったということである。バストが大きい方が運動に適している競技というのは基本的にないが、特に走る際に胸は邪魔である。はっきり言って痛い。上下に揺れるものが千切れそうになほど跳ねまわる。にもかかわらず男子の好奇の視線を集めるなど地獄でしか無かった。


 従って、走ることを苦痛にしない子、つまり貧又は微な子ばかりが集まっていたのだった。この集団に入ると宇嘉は全然小さくない。あくまで比較の問題であったが、男の大胸筋にさえ及ばない子がいた。宇嘉を目当てに入った早田という太めの1年生男子の方が走ると揺れるほどだ。


 く、俺の理想郷と思っていた場所がディストピアだったとは。圭太は後悔したが後の祭りだった。原則的に退部が認められるのは6カ月後。その間はこの監獄で生きて行かなくてはならない。圭太は途端にやる気をなくす。ダイエットの為に活動することにして、メインの種目は10000メートルを選んだ。


「だから、あれだけ水泳部にしろと言ったのに」

 涼介が言う。

「水中であれば重力の軛から解放されるので、大きいことを気に病む必要がなくなるのさ」


「いや、水中だって抵抗は生じる。泳ぐのに邪魔だろ?」

「知っているか? おっぱいは水に浮くんだ。なんと比重が1を下回る。人類の神秘だな。考えようによっては天然の浮袋を抱えているようなものだ。速さを追求しなければ意外と悪くない」


 圭太はまだ知らない知識を披露されて意気消沈する。

「くそっ。お前には前川先輩が居るというのに更に追加の目の保養があるとか、悔しすぎるぞ」

「そう思ったから勧誘していたのだが……」


「つーか。涼介。そんな状態でよくはみ出さないな?」

「もちろん、1サイズ小さいサポーターを重ね履きしているからな。それに前川先輩に比べれば……」

 ついに涼介にヘッドロックを決めようとする圭太に声がかかる。

「ちょっと、顔を貸してもらえる?」

 市川冴子が腕組みをして立っていた。

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