第15話 船越山公園

 今日は土曜日。つまり、敏郎も仕事はない。忙しい敏郎だったが休日に出勤することはなかった。となると、フランス人よろしくベッドから出てこない可能性が高い。よくもそれだけ飽きもせずイチャイチャできるものだと圭太は思う。両親に言わせれば、飽きさせないように努力をしているという事らしいが。


 朝起きた圭太はカーテンを動かして空模様を見る。良く晴れたお花見日和だった。次いで隣家の様子を伺う。何やら忙しくしている気配がした。下に降りてみるが両親の姿はない。朝食代わりにヨーグルトを1パック食べる。その後、圭太はざっと全教科の予習を行った。今日はこの後どうなるか分からないが、午後が潰れても問題ない程度には勉強を行う。この辺りは抜かりが無い。


 時計を見ると11時45分だったので、身支度をする。意中の相手ではないが女の子と会うので身だしなみには気を遣った。女性のネットワークを甘く見てはいけない、というのが遥香の教えである。また、最低限の身だしなみをきちんとしておくことはファッションにこだわるより大事よとも言われていた。


 よれたり黄ばんでいないTシャツにジーパン、温度調節用にジャケットを羽織った。ソックスは薄くなっているところがないかをチェックする。花見というからには靴を脱いでレジャーシートに上がることもあるだろう。敏郎は何が起こるか分からないからパンツだけは綺麗なのを履けと力弁していたが、まあ、パンツはいいか。一応古い物じゃない。


 友達と出かけてくると書置きして、12時に圭太は家を出た。隣なのですぐに着く。初めて訪れた時のように森閑としている隣家の敷地に入った。建物のチャイムを押そうとする前に扉がガラリと開く。てっきり宇嘉が出てくると思っていた圭太は、同じように細身だが銀髪で怜悧な感じのする女性と向き合ってびっくりする。


「あ、う、え」

「圭太さま。驚かせて申し訳ありません。私は宇嘉お嬢様にお仕えする石見と申します。お嬢様はすぐ参りますので少々お待ちください」

「は、はあ」


 奥からゆったりとした服をまとった金髪の女性が両手に大きな風呂敷包みを抱えてやってきた。まるでシーツに穴を開けた物を被っているようだなと圭太は思う。圭太は知る由もないがお留守番を命じられた山吹である。玄関に風呂敷を置くと一礼して奥に引っ込んだ。


 それと入れ違いに宇嘉がやってくる。細身の体にぴったりとした黒いドレスだった。胸元や肩口、袖に細かなレースをあしらっており、スカート部分は細かなプリーツ状になっている。黒一色ではあったが艶やかだった。豊かな黒髪はまとめて結い上げてある。

「お待たせしてごめんなさい」


「あ、いや。俺も今来たところだし」

「そう。それじゃあ、出かけましょうか」

 圭太は石見と呼ばれる女性が肩からクーラーボックスを下げ、大きな風呂敷包みを一つ持つのを見て逡巡する。

「えーと、俺が持つよ」


「それが私の仕事ですし、大した距離じゃありませんから」

 そういう石見だったが、圭太はもう一つの風呂敷包みを持ち上げた。ずしりと重い。表に出て見るとタクシーが止まって待っていた。宇嘉はさっさと乗り込み、圭太にも乗るように言った。


 圭太が乗り込むと石見が最後に乗り込んでくる。席をつめて宇嘉に体を寄せると華やかな笑みを浮かべる。

「船越山公園まで」

 石見が運転手に行先を告げた。船越山公園は桜の名所でこの時期は花見客で一杯になる。お昼から出かけて行って場所はあるのだろうかと圭太は心配した。


 目的地に着くと石見が代金を払う。

「お世話様。お釣りは取っておいて」

 そう言ってパッとタクシーから降りた。続いて圭太が降り、片手で重い風呂敷を持ちながら、もう一方の手をタクシーの天井際に添えて宇嘉の頭を保護する。


「圭太。ありがとう」

 満面の笑みで宇嘉が圭太に礼を言う。圭太にしてみればエロ親父の行動をまねただけなのだが、された方としては嬉しいものだ。片手では重いので両手で風呂敷を抱えなおした腕に宇嘉が手を添える。


「荷物なんか石見に持たせればいいのに」

「そうはいかないよ。一つはともかく、二つもなんて」

「まあ、いいわ。早く行きましょう」

 5メートルほど先を行く石見を追いかけるようにして進む。


 船越山公園は予想通りの凄い人出だった。緑の芝生は色とりどりのレジャーシートやテントで埋め尽くされており、隙間は無さそうだった。

「場所はあるのかな?」

 心配そうな声を出す圭太に対し石見が振り返らずに言う。

「ご心配なく。ちゃんと場所は確保してあります」


 やがて、公園内の一番見事な桜の老木が目に入って来る。それと同時に人出も一層増えた。圭太も何人か見知った顔を見たような気がするが、道を進むので手一杯だった。老木の下に着くと大きな青いビニールシートが敷かれており、スーツを着た一団が宴会をしていた。


 桜の木の根元近くには緋毛氈が広がっており、そこだけ人がいない。石見はブルーシートの隙間を器用に通っていき、赤い敷物の上に靴を脱いで上がると荷物を下ろした。手招きされるので圭太もその場所まで行き風呂敷を下ろす。宇嘉はサンダルを脱ぐと揃えて置き、圭太にも上がるように促した。


 3メートル四方ほどの場所は3人には十分な広さである。包みがほどかれると石見が手際よくセッティングしていく。なんとカセットコンロと鍋まで出てきた。日向では暑いぐらいだが木陰では丁度いい気温だ。

「さあ、お嬢様と圭太様はお始めになってください」


「じゃあ、圭太。どうぞ」

 宇嘉がおしぼりを圭太に差し出す。それで手を拭き終わると箸と皿を手渡された。宇嘉がお重の蓋を開ける。

「じゃーん」


 宇嘉が得意げなのも無理もなかった。3段重に和洋中の料理がぎっしり詰められている。

「飲み物はお茶でいいですか? 一応、冷たい炭酸飲料もありますけど?」

「ここだと暖かいお茶がいいかな」


「はい、どうぞ」

 宇嘉がポットから注いだお茶を圭太に手渡す。

「どこから箸をつけたらいいか分からないよ」

「お好きなものを好きなだけ召し上がって」


 少し離れたところにあるお重の中の海老に視線を送っていると宇嘉が皿によそって手渡してくれる。歯を立てて見るとプリっとした食感と共に海老の旨味がじわりと広がった。圭太はすっかり料理に魅せられ食事を始めた。自分も少しずつ口に運びながら宇嘉が幸せそうに圭太を眺め、石見はその光景を見て胸をなでおろしていた。

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