第17話 呪いの執行

「有栖川のヤツ~…こんなモンを俺に渡してどうするってんだよ…」


同日21時頃。

よどみ荘の403号室で、俺は正座をしながら有栖川未亜から無理矢理手渡されたヴェルサス狩鴨のカードキーを凝視していた。


「…よしっ!明日こそ絶対にこのカードキーをアイツに返すゾ!」


俺がそう思い立ったその瞬間…


ピコンっ


突然部屋の中にスマホの通知が鳴り響いた。


スマホを開いて見ると、オバケ部のグループトークにRINEが入っていた。


「…なんだ?こんな時間に…」


時計を見るとすでに夜9時を過ぎている。


「…どうせ有栖川がまた新しいSNS投稿したから見てー!とかって書き込んだりしてんだろ…」


そう思った俺がRINEを開いてみると、そこに書かれていたのは「助けて」と一言だけ書かれた有栖川未亜からのRINEだった。


その一言はとてもシンプルで簡単なものだったが、その文字を見た瞬間、俺の全身を悪寒が一気に駆け巡った。


…これは、マズイ…!


直感でそう感じた俺は、テーブルの上に置いていたカードキーをひったくると、急いで部屋の外へと出た。


「勇也くん、コレって…」


外に出ると、ちょうど麻宮先輩も出て来たようで俺にスマホの画面を見せながらそう尋ねてきた。


スマホの画面にはもちろん、有栖川の書いた例の文字が表示されている。


「…分かんないッスけど、俺とりあえず今から有栖川の家に行って来ます!何かあったらまた連絡するんで、麻宮先輩はこのまま家で待ってて下さい!」


俺は履きかけの靴を整えながら、麻宮先輩にそう告げると、ヴェルサス狩鴨に向かって一気にダッシュを駆けた。


途中、静馬からの着信が入る。


「ゆうやん、未亜ちゃんからのRINE見た?」


「あぁ、今ヴェルサス狩鴨に向かってるところだ。」


「そっか。俺もあの書き込みを見て心配になって、いま未亜ちゃんの部屋の前まで来てみたんだけど、何回チャイムを鳴らしても反応ないんだよね。」


「…有栖川、そこにいないのか?」


「…いや、換気扇の音はしているし、電気もついたままになってるから多分中にはいるんだと思うけど…」


そう話す静馬の背後からは、キィィィーンという空気が張りつめたような音が微かに聞こえた。


…この音がするっていう事は…

大体なんらかの霊が近くにいる事が多い。


しかもその大体が悪霊だ。


「…マズイな。もうすぐ着く予定なんだが…」


走り続ける事で、あがり始める息を必死に堪えながら俺は答える。


「とりあえず、ヴェルサス狩鴨の下までついたらまた連絡して。俺がオートロックを開けるから!」


「…分かった!また連絡する!」


静馬にそう告げてスマホを切った俺は、ヴェルサス狩鴨に向かう足取りをさらに速めていったのであった。



「あ!ゆうやん!」


ヴェルサス狩鴨へとついてすぐ。

静馬にエントランスのロックを外してもらった俺は、すぐに有栖川の部屋へと向かった。


「…どうだ?返事はあったか?」


だが、静馬はそう言って首を横に振るだけだった。


「…いや、何度もチャイムを鳴らしてみたり、電話を入れてみたりもしたんだけどね。どっちも反応はないよ。」


俺は静馬からのその返事を聞くやいなや、有栖川の部屋のチャイムを鳴らしながら、何度もドア越しに有栖川の名前を呼び続けた。


だが、全く中からの返事はない。


「…仕方がない、入るぞ!有栖川!」


そう言って俺は、たまたま今日有栖川から無理矢理手渡されていたカードキーを使って、部屋の中へと入ったのだった。


「有栖川!入るぞ!大丈夫か!?」

「未亜ちゃん!大丈夫?」


玄関口からそう声を掛けながら部屋へと入る俺と静馬。


部屋の電気はついているが、そこには有栖川の姿はなく、彼女からの返事はない。


ただ有栖川がいつも通学する際に被っている例の魔女っ子帽だけがソファの上に鎮座していた。


俺と静馬が部屋の中を見渡していると、部屋の奥から勢いよく水が流れるような音がしている事に気がついた。


…風呂場か…!!


そう思った俺が、急いでその水の音の方向へと向かってみると、そこには脱衣所の床の上にへたり込んでいる有栖川未亜の姿があった。


洗面台の蛇口からは、勢いよく水が流れ続けている。


彼女は裸にバスタオル一枚を羽織っただけという何とも霰もない姿だったが、今はそれどころではない。


有栖川はひどく怯えた様子で手と口元をガタガタと小刻みに震わせながら、その瞳には沢山の涙を溜めていた。心なしかその顔色もかなり悪い。


「…有栖川?」


水道の水を止めながら俺が有栖川にそう声をかけた瞬間、その声にはっとした有栖川は、ものすごい勢いで俺の元へと駆け寄って、そのまま俺に強く抱きついてきた。


まだ乾ききっていない彼女の髪やその体から、俺の鼻へと甘く爽やかな香りが届く。


「一体どうしたんだよ?何があったんだ!?」


俺は自分の体に巻きついている有栖川の腕を優しく外すと、自分が羽織っていた上着を脱いで彼女の肩へと掛けた。


「…血が…血が…」


有栖川は相変わらずカタカタと自分の全身を小刻みに震わせながら、そう言って俺の胸元で顔を隠しながら洗面台の方向を指差した。


「…血…?そんなものどこにもないみたいだけど…未亜ちゃん、どこかケガでもしたの?」


静馬が洗面台の周りをくまなくチェックしながら、有栖川に向かって優しくそう尋ねる。


怯え続けている有栖川の体を支えながら、そんな静馬の様子を見ていた俺は、洗面台の下に置いてあったゴミ箱から妙な障気のようなものを感じとっていた。


その障気はクロスケやコゲちゃん達が放つあの障気とは全く異なる。むしろもっと悪意のある悲壮や恨みなどがグチャグチャに入り雑じったような、まさに狂気に近い禍々しきものだった。


この部屋入った時から感じていた違和感と、部屋全体に波及していた危険な空気の原因が、そのゴミ箱の中にあると分かった俺は、自分に力なくもたれかかっている有栖川の事を静馬に預けると、洗面台の下のゴミ箱の中を覗いてみた。


すると、中に入っていたのは…


「静馬、有栖川の言っている事は本当だ。明らかに有栖川のものじゃあない髪の毛が入ってる。」


そう言って俺が静馬に向けたゴミ箱の中に入っていたのは、有栖川とは全く別人のものであろう数本の黒く長い髪の毛だった。


「…ゆうやん、これって…」


その髪の毛を見た瞬間から、静馬の表情がみるみるうちに青醒めていく。


しばし流れる緊迫した空気…

その空気を打ち破ったのは…


ピコンっ!


ピコピコピコン…!!


なんと有栖川 未亜のスマホだった。


「…なんだよ!?一体…!」


通知音は鳴り止まず、いつまで経っても連続して鳴り続けている。ここまでくると、さすがにけたたましい。


どうやらそれは有栖川のイルスタからの通知だったようだ。


「…有栖川。」


「…いい、勇也が確認して。」


俺は有栖川にスマホを手渡そうとしたが、当の有栖川の方は全くそんな気にはなれないようで、静馬の肩にもたれかかったまま顔を伏せている。


「…じゃあ、開けるぞ。」


いまだ鳴り止まない通知音の最中、俺がイルスタのサイトを開いた瞬間に一番に飛び込んで来たのは、今日有栖川が無理矢理撮った俺達の写真の下に寄せられた、ある一つのコメントだった。


「未亜ちゃん、仲良し4人組って書いてあるけど、後ろの女の人は…一体誰?」


そのコメントを見て、すぐさま写真の中を凝視する。


するとそこに写っていたのは…


まばゆいばかりの笑顔で微笑む有栖川の後ろで、俯いたままひっそりと佇んでいる髪の長い見知らぬ女性の姿だった。


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