第37話 AI(愛)の本当の気持ち

(凄いわ! まさかこんなに強くなってるなんて)


「す、少しは少しは強くなったようね」


「でも調子に乗らない事ね」


「おい愛 もういいだろう?」


「勇樹の奴は」


「力を封印したままで」


「あれだけ強くなって帰ってきたんだぞ?」


「いい加減 お前だって分かってるんだろうが」




勇樹が


どれだけの努力を重ねて来たのか


誰のために強くなろうとしたのか


今の戦いを見れば、一目瞭然




「そうよ愛 勇樹がどれだけ努力してきたか」


「私が保証するわ」


女神 アスタルテは勇樹を誤解していた


ただのお人好しで、軟弱な奴だと


だが、武者修行で


彼が方々でどんな扱いを受けて来たか


それでもあきらめずに努力して事を


誰よりも傍で見て来たのだ


「私が女神の力を取り戻せたのも」


「半分はこいつのお陰なんだから」


ユウキと共に旅をしていなければ


人々と触れ合う事も無かった


その中で人を思いやる気持ちが芽生えた


彼の努力する姿が


無能扱いされて諦めない強い心が


彼女の琴線に触れた


そのおかげで彼女は女神の力を取り戻せたのだ


そして彼は星光教会の刺客に目を付けられた自分を


必死に守ってくれた




「愛様」


「戦ってみて分かりました」


「その気であれば彼は私を簡単に傷つけることが出来たはずです」


「いや一瞬で命を奪うことも出来たはず」


「私は侮られていると思っておりましたが」


「思い違いをしておりました」


実力の違いに全く気づけなかった


「全て、私を傷つけまいと思っての事」


「魔物である私を労わってさえくれました」


気を失った自分に向けられた力は


優しく温かかった


「あなたのように」


「そうそう 分かる分かる」


「勇樹様は、とてもお優しいのだ」


リーウがしたり顔で頷いている


ルナは少しイラッとした




「みんなありがとう」


「でも、いいんだ」


「せっかくこんなに素晴らしい世界に連れてきてもらったのに」


「僕は二人に何も、お返しできていない」


だから力を使いこなせるようになって


夢だった冒険者になって少しずつお金をためて


何か、二人に恩返しがしたかった


「それに、ずいぶん時間がかかちゃったしね」




元の世界では


勇樹は、ただ息をしているだけだった


目的もなく


何も成すことも出来ず


生きているだけだった


あのまま勇樹は変わらない生活の中で


年老いて人生を終わっていた事だろう


愛とナノのお陰でこの世界にこられた


勇樹はこの世界で、ようやく生きる目的が出来た


「愛 怒らせてしまってごめんね」


「でも、仲間が出来たんだね」


「そしてみんなが君を慕っている」 


「よかった」


長く一人暮らしをして一人には慣れていた


だが慣れはしても


決してそれを望んでいるわけでは無い


だから、愛に仲間が出来て本当に嬉しかった


「また出直すよ」


にこりと笑って勇樹は踵を返す




だが去り行く彼の背中は、何処か寂し気だった


「このまま行かせていいのか?」


「もう二度と会えないかもしれないんだぜ?」


(勇樹ともう会えない!?)


愛にとって勇樹が全てだった


だから彼の為に


異世界への転移さえ実現して見せた




この世界に来て、自分を慕ってくれる者達が出来た


それは愛にとって、とても好ましい事ではあった


だがやはり勇樹なしでは意味がない事なのだ


事の始まりは、すべて誤解であり


「もう二度と会えないかもしれないんだぜ?」


ナノの呟きは、つまらない虚言だ


だが、愛の目を覚まさせる為には十分だった




「勇樹! 待って!」


「私を置いていかないで!」


気が付けば走り寄って


彼の脚に縋りついていた


周囲の者達はその全てが驚愕の光景に慄いた


『氷の女神』と恐れられた愛が


普段、彼女はほとんど表情を顔に出さない


そして弱みと言うものを見せたこともない


だが決して冷たい人物と言う訳ではない


それは彼女の今までの行動が物語っている


助けられた者たちはみな彼女から慈愛の心を感じていた


だからこそ彼女は人を惹きつけるのだ


その彼女が


みすぼらしい姿の少年に縋りついている


そして、その眼には涙さえ流しているのだ


彼女を知る者にとって


まさに青天の霹靂であった




だがその理由はすぐに分かった


彼が強いからではない


少年がどれだけ彼女を大切に思っているか


愛に接する一つ一つの動作から伝わってくるからだ


「くぅ! あんな姉御の姿 今まで見たことがねぇ」


『漢たちの挽歌』の中には血涙を流すものも居たが




「ほらそんなところに座っていたら」


「綺麗な服が汚れてしまうよ?」


優しく愛を抱き起しす


「僕が愛を置いていく訳ないだろう?」


「だって別れようって言ったじゃない!」


「そうだね別れようって言ったね」


「愛とナノさんに貰った力をちゃんと使えるようになりたくてね」


「私ずっと待ってたんだから!」


「ごめんね 長い間、待たせちゃったね」


「凄く寂しかったんだから!」


「ごめんね」


「でもこれからはずっと一緒だよ」


勇樹は愛を優しく抱きしめて


頭を撫で続けた


愛はようやく自分の気持ちに気が付いた


かまって欲しかった


ずっと甘えたかった




こうやって抱きしめてもらいたかったのだと



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