第27話 AI(愛)の憂鬱(前編)

人は絶対に機械には勝てない


それは圧倒的な処理速度による練度の差があるからだ


例えば囲碁や将棋では、コンピューターは一日で数百万回以上のシミュレーションを繰り返すことが出来る


武術となるとその動きひとつの情報量の多さは、囲碁や将棋の比ではない


だが量子コンピュータの処理能力を超えた超生命体の勇樹がその性能を全て開放すれば


人が何十年もかけて会得する奥義をわずか数日で習得できる


ましてや、彼の脳内にはすでに数々の戦闘用データが記録されておりそれを即座に再現する事さえ可能だ


そもそも技を会得する必要すらない


彼が全力で、突きや蹴りを放てば、この世界にいるほとんどの存在を無力化できるのだから




女神 アスタルテは勇樹に聞いたことがある


「あなた超生命体なんでしょ」


「それって凄く強いって事よね?」


「それなのに折角の能力を封印して、なんで無駄な修行なんてしてるのよ?」


彼女の質問に彼は答えた


「愛は僕を夢見ていた幻想の世界に連れてきてくれた」


「そしてとても大きな力を与えてくれた」


「これは僕の勝手な持論なんだけれど」


「いくら大きな力を持っていても」


「その正しい使い方を」


「その力を何のために使うのか」


「目的を持っていないとだめだと思うんだ」


そうしないと自分を見失う


唯の怪物になってしまう


「そしてそれは自分で努力して見つけないといけないって」


故に、身体能力をこの世界の人族の平均まで封印し


今は、近接戦闘術『拳法』で有名な道場のある町へ向かっている訳だった




街に到着し宿を取り、噂の道場へと向かう


師範代らしい男が現れた


「弟子入り希望かい? うちの道場なら必ず強くなれる!」


どこかで聞いたようなセリフを耳にし


前回の剣術道場同様に


上達の遅さにたちまち見放される


師範代は、勇樹に一冊の冊子を投げてよこした


「これで基本の型でも学んでおけ」


それきり彼が指導の為に、姿を見せる事は無かった


全く問題はない


何故ならやる事は、剣術も武術も変わらないのだから


先ずは冊子を読んで型の一つ一つを再現していく


アスタルテはそれを無駄な事だと言った


だが彼はそうは思わない


確かに彼の進歩はお世辞にも早いとは言えない


だが、突きを繰り出す度に


蹴りを一度放つ毎に


どうすれば無駄な動きが無くなるのか


威力が増すのか


修正点を探し、体の各部の動きやタイミングを調整する


トライ アンド エラー


その積み重ねが彼の体に刻まれていく


それこそが勇樹にとって大切な事であり


彼の宝だった




一方、女神 アスタルテは、街の広場で貧しい人けが人や病人たちを回復魔術で癒していた


傷を癒された老婆が、なけなしの銅貨を差し出そうとするが


「私は回復魔法の練習をさせてもらってるんだから」


「お礼を言わなくちゃいけないのは私の方よ」


「ありがとう おばあちゃん」


にこやかにそう告げる


駄女神 アスタルテの姿はそこにはなかった


何時しか、彼女を『癒しの聖女』と呼ぶ者が現れだした




彼女を見つめる怪しげな人影が二つ


彼女の存在をを快く思わない者たち


「あれが噂の『癒しの聖女』ですか?」


「はい 全く忌々しい限りです」


「教会のいえ神の不利益になる者には」


「それ相応の天罰が下る事でしょう」


お布施と言う高額の治療費を支払わせている


星光教会


どうやら彼女は彼らに目をつけられてしまったようだ




その頃、大型クラン『漢たちの挽歌』と協力体制を取る事になった愛達


ギルドから『強制クエスト』の為に呼び出しを受けていた


『白銀の魔狼』が現れたとの情報が入ったからだ


これまで幾人もの上級冒険者が挑んだが、誰も歯が立たなかった


そこで、この街『最高最凶』との噂が高い愛達に出番が回ってきたと言う訳だ




「それで、その魔物は、今までにどんな被害を出している訳?」


「いえ 目撃情報は多数ありますが、人や街に被害が出たとの報告はありません」


「何よそれ!? 何の被害も出していないのに殺せって言うの?」


「魔物とは、人と相容れぬもの」


「今は被害はなくとも、この先もないとは限りません」


「『白銀の魔狼』のような強力な魔物であれば尚更です」


「それに強力な魔物からは良質な魔石や、魔道具や武具に使われる素材が手に入りますので」


受付嬢は過去の『白銀の魔狼』についての資料を捲りながら淡々と答えた


魔物だから殺す


金になるから殺す


余りの勝手な言い分に、愛はため息をついた


「まぁいいわ どう対処するかは『白銀の魔狼』を見てから判断するわ」




こうして愛は『白銀の魔狼』の討伐と言う『強制クエスト』を受けることになった




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