第284話 睥睨
針葉樹に覆われた山裾の森林地帯が、強烈な爆音に揺れた。
『ジブロール大公国』より侵攻して来た『天兵隊』による機関砲の一斉射撃だった。
放たれた弾丸は、高さ四〇メートルにも達する針葉樹の枝葉を砕き散らし天を穿つ。
しかし機関砲の圧倒的な火力を以てしても、標的たるエリーゼを捉える事が出来ない。
エリーゼの背中に装備された特殊兵装『ドライツェン・エイワズ』。
そこから繰り出される、極細にして強靭な錬成ワイヤーとフックを駆使した牽引跳躍。
林立する針葉樹の幹にワイヤーを飛ばし、フックで捉えて巻き上げる事で身体を牽引、縦横無尽かつ変幻自在に空中を移動しているのだ。
上下左右前後の慣性を無視した様な、異常な軌道ゆえ捉え切れない。
『天兵隊』八名による銃撃を以てしても、エリーゼを撃ち落とす事が叶わない。
問題はそれだけに留まらなかった。
機関砲による強烈な発砲音が、周囲の音を完全に遮ってしまうのだ。
この事がエリーゼを討たんとする『天兵隊』に、危険な状況をもたらしていた。
前衛を務める四名の『天兵隊』隊員達は、エリーゼが放ったダガーによる初弾を回避後に、撤退する『マリー直轄部会』の司祭を、改めて銃撃せんと機関砲を構え直したが、発砲する事が出来なかった。
数秒前に回避し、地面に突き立った筈のダガーが、再び跳ね上がるや否や、そのまま攻撃を仕掛けて来た為だ。それは本来、有り得ぬ現象だが『ドライツェン・エイワズ』を用いるエリーゼは、打ち込んだスローイング・ダガーを、伸ばしたワイヤーとフックで捕捉し、改めて振るう事で再度の攻撃を可能としていた。とはいえ通常であれば、振るわれるワイヤーの風切り音で、ダガーの再使用に気づけた筈だ。
しかし後衛八名による機関砲の一斉射撃が、風切り音を全て掻き消してしまった。
故に、ダガーに対する反応が極めて鈍いものとなっていた。
それでも前衛の『天兵隊』四名は、奇襲に等しいダガーの切っ先を、掠める程度の被害に留め、回避する。
聴覚を阻害されても、通常のオートマータを遥かに凌ぐ反応と反射を示している。
精密錬成技術の極致である『タブラ・スマラグディナ』を搭載した『天兵隊』だからこその超反応と言えた。
とはいえ今の交錯で『天兵隊』はエリーゼを見失い、同時に撤退する司祭の姿も見失っていた。或いは前方方向へ機関砲を乱射すれば、こちらの銃撃を警戒して僅かずつしか移動出来ないであろう司祭に、背後からダメージを与える事が出来たかも知れない。
ただ、それをすれば、再びエリーゼに奇襲を許す可能性が高い。
先の奇襲は回避出来たが、それでも前衛の四名が、僅かずつとはいえ手傷を負った。
次の奇襲を無傷で回避出来る保証は無い。
ならば何処かに身を潜めているエリーゼを先に見つけ出し、攻撃すべきだろう――『天兵隊』は強硬策を捨て、全員で潜伏するエリーゼの位置特定に集中する事を決定、菱形陣に組んでいた隊列を輪形陣に変更、周囲の警戒索敵を開始した。
前方を、後方を、左右を、天地を、慎重に索敵する。
彼女ら『天兵隊』の知覚は、並みのオートマータを大きく上回る。
警戒態勢をとったなら、余程の異変が無い限り、些細な異変も見逃さない。
そうやって身構える『天兵隊』の周囲に、針葉樹の枝葉がバラバラと降り注ぐ。
先ほどの銃撃にて破砕された木々の残骸だ。
それらが雨垂れにも似た不規則な音と共に、周囲に落ちる。
直径一〇メートルほどの輪形陣中央で、指揮を担う隊員が、その危険性を察した。
エリーゼが用いるワイヤーとスローイング・ダガーの風切り音は、銃撃のみならず、この雑音にも紛れてしまうのでは無いか。
そう考えた時。
指揮官は右方向より微かに響く、複数の風切り音を聴いた。
「風切り音っ! 右側面……」
他の隊員に異変を伝える――が、直後前衛左側の一人が地を蹴り、後方へ飛んだ。
飛び退ったその位置を、斬光が駆け抜ける。
右側面では無く、左側面前方に立つ針葉樹の影から、ダガーを打ち込まれたのだ。
人の気配など無い、ワイヤーを用いた射出という事か。
「……ッ!」
次の瞬間、回避した隊員の右前方で機関砲を構える隊員の左肩に、ダガーが突き立つ。
左側面より放たれたダガーの射線上にいた為だ。
とはいえ致命的なダメージは無い。
筋繊維の断裂は無く、痛覚も抑制している、動きの遅延は無い。
二人共に、ダガーによる攻撃を回避している。
『天兵隊』の高性能は疑いようも無い。
ただ――指揮官を含む隊員全てが、攻撃を受けた二人に反応していた。
つまり左右から攻撃を仕掛けられたという事実に、意識が流れたのだ。
もちろん全方位に対する警戒を怠った訳では無い。
それでもそれは、髪の毛一筋に満たぬものであっても、確かな『隙』だった。
『天兵隊』隊員の二人が攻撃を受け、他の隊員が二人へ意識を向けた瞬間。
輪形陣に構える『天兵隊』を取り囲む様に、全方向から風切り音が響いた。
「来る……!」
「狙われてるっ、要警戒!」
森林の奥で微かにうねる特殊ワイヤーの煌めきを、何名の隊員が目視したか。
直後、四方八方から強烈に、スローイング・ダガーを打ち込まれた。
「このっ……」
「ふん……!」
「いるぞ、近くにっ……!」
攻撃を受けた隊員は七名。
しかし、それぞれ確実に対応する。
手にした鋼鉄の機関砲で弾き、腕を覆う金属プロテクターで防ぐ。
防刃繊維で編まれたグローブで受け止める者もいる。
ダメージを負った者はいない。
攻撃されなかった者は、ダガーの放たれた方向へ即座に銃口を向ける。
完璧な反応であり対応だ。
――が、輪形陣の中央にて指揮を務める隊員は、違和感を覚える。
周囲に人の気配は感じられない。
にも関わらず皆、攻撃を受けた方へ意識を向けている。
この対応は、銃撃に対するものだ。
これは違う――本当に意識を向けるべき先は。
「……!?」
背筋に悪寒が走る。
天を仰いだ。
そこには、天地逆の姿勢で音も無く上空より迫る、エリーゼの姿があった。
こちらを真っ直ぐに見据え、深紅の衣装をはためかせつつ、垂直に落ちて来る。
ピジョンブラッドに濡れ光る瞳が、宝玉の様に煌めいていた。
その口許には、蕩ける様な微笑みが浮かんでいた。
「おっ……」
対応すべく、機関砲を構えようとした時には手遅れだった。
恐ろしく薄い時の狭間で、空中に在るエリーゼが、その身を翻した。
紅の衣服の裾がなびき、同時に輝く銀光が虚空に半透明の曲線を描く。
「ッ……」
次の刹那。
輪形陣中央に立つ指揮官は、前頭部を縦に断ち斬られて絶命した。
「なっ……」
隊員達は異変に気づき、振り返る。
そこには血飛沫を吹き上げつつ頽れる指揮官と、エリーゼの姿があった。
紅色のエーテルが絡む鋭い切っ先を下に、逆立つロングソード。
ロングソードの柄頭に、素足で爪先を揃えて真っ直ぐに起立していた。
端麗かつ優艶なS字を描く肢体を、深紅のドレスが包み込んでいた。
自然に垂らされた嫋やかな両腕、指には銀色に光るリングが嵌められている。
プラチナのロングヘアは、後頭部でキッチリと編まれ、束ねられている。
そして、天界の女神もかくやと思える白々と眩い美貌。
口許には魅惑的な微笑み。
紅玉の色にキラキラと濡れ光る瞳で、静かに周囲を睥睨していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます