第57話 危ない談論

「で、私が呼ばれたと言うわけなのね」



「はい、あの……お忙しいところ、すみません」




がたつく馬車の中で、向かいに座るロレンツァに頭を下げる。彼女は、顔を外へ向けたまま瞳だけでこちらを見つめていた。



まぁ、トワルのメンバーの中で保護者としての任を全うしそうな人間はエドワールを除けば彼女ぐらいだろう。クリスチャンなんて来られたら、シルヴィアの屋敷のメイドを片っ端から食っていきそうだ。


ある意味、適切な人選といえばそうである。




「貴方が謝る必要はないわ。一番悪いのは、貴方を預かっておいてロクに付き添いもしないジークなのだから。……それよりも、訪問先には連絡はしているわね?」



「はい、日時と人数を伝えています」



「よろしい、それならば問題無いわ」




ロレンツァは嫌がるそぶりも見せず、俺たちの見舞いに付き添ってくれている。

あまり今まで交流することがなかった彼女だが、印象よりも意外と優しい人なのかもしれない。




「それにしても、ルカ坊っちゃん。見舞い先まで、この馬車でどれくらいかかるんすか?」



「多分、今日中には着くだろうけど……かなりかかるだろうね。馬車の中で食べれるサンドウィッチとスコーンをロゼットに焼いてもらったから、お腹が空いたら食べるといいよ」



「スコーン……!」



「メリーはロゼットの作るスコーンが大好物だもんね、ほら木苺のジャムも付け添えてくれているからいつでも食べられるよ」




出発直前、ロゼットが馬車に乗りかけた俺に手渡したバケットの中にはぎっしりと美味しそうなサンドウィッチとスコーンが入っていた。



行ってらっしゃいませ、坊っちゃん。

坊っちゃんのご不在の間、必ずや此処をお守りいたします。



ロゼットはぎゅっと俺の手を握り、そう言って見送った。




屋敷を出発して、早1時間と少し。

窓の外からは、まだ昼だと言うのに薄暗い森の中の景色が見える。時折、馬車に驚いて飛び立つ鳥たちの騒めきが聞こえた。




「ロレンツァさんとこうやって一緒にいられるのは、初めてですね。トワルの集会ぐらいでしかお会いできませんから」



「えぇ、そうね。まぁ基本的には裁判官としての仕事をしているし、ルカはともかくメリーやペリグリンとは随分久しいわ」



「そうっすよね!確か……」



「……別館が壊れちゃった日以来、かな?」



「そうそう!それに、その時は話してないっすから、あれ?てことは、こんなに話すの初めてじゃないっすか?」



「そうね」




喜ぶペリグリンと、不安げにロレンツァを見つめるメリー。その二人の目線を受けても、未だ彼女は静かに窓の外へ目を向けていた。



黒のヴェールの隙間から覗く彼女の顔。

肌は青白く、目尻は少し吊り上がり キツイ印象を与える。しかし、表情からは何も読み取ることはできない。

キツイ美人っていうのは、まぁよくいるもんだが。こういう整った人の無表情ってのは、どうにも怖い。


……俺も、無表情の時は怖いのか?


試しに窓に向かって無表情になってみる。




「ヒィッ⁉︎」



「ル、ルカ坊っちゃん、もしかして五月蝿かった……すか?」




反射して見えた俺の顔を見た二人は、一気にサァッと血の気を引かせる。


あ、怖いな。

特に、常日頃ニコニコしてるから余計に。




「あ、いや、ごめんね。少し考え事をしてみただけだから。気にしないで」



「ビックリしたっす……心臓に悪いっすよぉ」



「ルカ……ルカぁ……」



「ごめん、ごめん。僕が悪かったよ……」




ホッとした様子のペリグリンに軽く謝り メリーを怖がらせないよう、そっと肩を抱き寄せてポンポンとあやす。メリーは、ぎゅっと服の端を掴んで顔を埋めた。




_______





それから、2時間もすれば二人はすっかり眠りに落ちていた。


俺の服に未だ顔を埋めたまま眠ってしまったメリーと、体を小さく丸めてスゥスゥと寝息を立てるペリグリン。




「眠っちゃいましたね、二人とも」



「そうね」



「気持ち良さそうに眠ってますね」



「……貴方は眠くないの」



「え、僕ですか?僕は、大丈夫です。あ、ロレンツァさんも眠たかったら寝てくださいね。着いたら、起こしますから」



「いや、大丈夫よ。私、人の前で寝れないの」




ロレンツァはそう言うと、やっとこちらに顔を向けた。聡明さを滲ませた涼しげな目で、俺をジッと見つめてくる。睨みつけられているわけでもないのに、なぜか緊張した。




「貴方たちって、仲がいいのね。知り合ってからそう時間は経っていないのに、まるで兄弟みたいよ」



「まぁ、一緒に暮らしていますし……それに色々と困難を共に乗り越えてきた仲間ですから」



「仲間……ねぇ」




俺の発言を反芻しながら、ロレンツァは黙る。

彼女の言い回しには、ジークヴァルトのような嫌味は感じなかった。




「あの、先生とクリスチャンさんと貴女は古い付き合いだって聞いたんですが、一体どう言うご関係なんですか?その、僕らと同じ同期なのでしょうか?」



「そうよ。貴方たちと同じ……だけれど、仲間と言えるほどの関係じゃない。ただ、同じ時期にトワルに入った。それだけよ」



「そう……ですか。先生のことをあだ名でお呼びになるので、てっきりそれほどまでに仲がよろしいのかと思っていました」



「それは、まぁ、まだ若かった頃にふざけ半分で呼び合った名残よ。あの頃はジークもクリスも、可愛げがあったけれど……今は憎々しくなるばかりだわ」




ボロクソに二人をこき下ろしたロレンツァだが、俺から見れば 二人の話をするときだけ 彼女の表情は感情が芽生えているように見えた。




「それにしても、ルカ。貴方に一度、聞いておきたいことがあったの」



「な、なんでしょうか?」



「嫌な記憶を思い出させてしまったら悪いけれど……貴方、あのシスターを殺して、なんとも思わなかったの?」



「え……?」




ガタンッと馬車が揺れた。

何か、大きめな石が車輪に当たったのだろう。

焦って二人を見れば、起きる様子はなかった。


この女、いきなり、なんていう質問を……。




「あのシスターの遺体を回収しに行った時、彼女の脳天に風穴が開いていたのを見て 思ったの。銃が初めての人間があそこまで正確に撃ち抜くには、相手の頭に直接銃口を押し当てて引き金を引くしかない。相手の、頭に、押し付けるの」




ロレンツァの瞳が、俺を捕らえて離さない。

ゾワッと背筋に悪寒が走る。




「貴方は、本当に人を殺すのは初めてなの?」



「あ、当たり前じゃないですか……‼︎」



「なら、あのシスターに恨みでもあったかしら?」



「ありませんよ!そんな!」



「それにしては、冷静すぎるわ。シスターを殺した後だって、貴方は塞ぎ込むこともせずに なんらいつもと変わらない日常を過ごしていた。普通、初めて人を殺したなら数日はある程度の精神的ダメージを受けるはずだと思うけれど。特に、子供であれば」



「それは、僕だって……迷いましたよ。人を殺すだなんて、そんな大それたこと躊躇なくできるわけないじゃないですか。震えましたし、怖かったし……けれど、あの時 彼女を殺さないと僕は今頃生きていませんでした。仕方が、なかったんです……」




俺の必死の弁護に、そう、と言うとまたロレンツァは黙り込んだ。


なんなんだ、この女。

俺のことを、疑っているのか……?


未だ、ドッドッドッと鳴る心臓を抑え、彼女に警戒心を抱く。付き添いの保護者は、少々……いや かなり厄介な人間なのかもしれない。




ピリッと緊張の走った馬車は、未だ危なげな獣道を駆けていた。

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転生したら、顔面がチートでした。 マツダ @Immature

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