3:空

「あなたの声は素敵ね。わたしのしゃがれた声とは大違い」


「俺には君の少し掠れた声が心地良いよ」


「…」


「前から思ってたけどさ、褒められた時悲しい顔をするよね?どうしたら良いかわからない?」


 コクンと首を縦に振ったわたしを見て、彼はククッと体を揺らして笑う。


「こういうときは、ありがとうでいいんだよ」


「あ、ありがとう」


「どういたしまして」


 数え切れないほどいろいろ話をして、わたしの寝床いっぱいに彼の黒い大小の羽根がしきつめられるくらい集まった。

 いつのまにか、錆びついた金属みたいだと毛色を言われることも、かわいくない声だと言われることも前ほど気にならなくなってることにも気がついてちょっとうれしくなる。

 毎日、彼がなにかを褒めてくれる。だから、わたしはいらない子だけど、彼にとってはそうじゃない。そう思うだけで心のあたりにあった鉛みたいに重かった何かが減った気がする。


「ねえ…その…」


「どうした?今日は随分深刻な顔をしてるね」


 いつも通りの時間。窓辺に現れた彼に今日こそ聞こうって決めたんだ。

 喉の皮が張り付いて声がうまく出ない。

 首を傾げてこっちをみてる彼と目を合わせると、聞きたいことがなんでか出てこなくて、顔を伏せてわたしは考えていたことを一生懸命喉から絞り出す。


「名前…なんて…呼べば…」


「ああ…。そっか…■■■いと思ってくれてたんだ」


「え?」


 ほっとしたような声色で小さく彼がなにか話した気がした。でも私はいっぱいいっぱいだったせいか聞き取れなくて顔をあげる。

 嬉しそうな声で彼は「なんでもない」と言って姿勢を正すと、わたしの耳元に顔を近づけていつもの落ち着く綺麗な声で自分の名前を囁くように教えてくれた。


「いや、こっちの話。名前ね…鴉。鴉でいいよ」


 真っ黒な翼の彼が急に近付いてきたので、恥ずかしくなって慌てて顔をそらす。

 その隙に彼は姿を消して、いつもどおり残された黒い羽根が小さく揺れていた。


 ある日、いつも通りの時間。

 西日が差し込む窓辺でうとうとしていると、コンコンという窓ガラスを叩く心地よい音が耳に響く。

 目を開けると、相変わらずいつのまにか部屋の中には真っ黒な翼の彼がいた。

 でも、いつもとちょっと違う。

 どうしたの?そう声をかけるよりも早く、彼はやや緊張しているような、なんだか張り詰めた雰囲気を漂わせながら口を開く。


「今夜、君を連れていきたい」


「それは…たぶん無理だよ。わたしは家から出られないし…」


 少し口籠ったのは、少しだけそれが叶えばいいと思ったから。でも、知ってる。わたしは彼みたいに空を飛べない。

 もし、外に出たとしてわたしに外で生きる力はないことも。

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