第13話 服と剣
「うちの町は塩や香辛料なんかが豊富なんだ。この町の料理はおいしいが、もう一味あるといいなと思うことがある。持っている物を少し置いていくよ。この町にないものもあると思うから、試してみてくれ」
私はチンジャオに促され、テーブルに塩と香辛料を置く。
ガノの町の役人と、貿易の話をしているのだが、チンジャオには驚きだ。昨日の夜、トカゲが言っていたことを、そのまま言っているだけだ。完全に他人の意見でよくそれだけのドヤ感が出せるものだ。お前は料理になど興味がないだろう。まあ、記憶力だけは大したものだと思うが。
「1つ問題があって、この町からうちの町の間には厄介なモンスターが出る谷があるんだ。この貿易がうまく進む道筋が立ったら、橋の建設を注文したいと思ってる。うちの町はこの町のように建築技術が高くない。きっと道具の問題もあるんだろう。この町の金属製品はどれも精度が高く……」
眠くなってきた。ただでさえつまらない話を2回も聞くなんて。
私がしたいのはこんなお堅い交流じゃなくて、もっとこう男女の浮ついた交流なのだが。この役人の男もそうだが、この町の男の人はどこか洗練されている。やはり大きい町のほうがファッションや小物なんかにも気を遣っていておしゃれなんだろう。この男はそれに加えて顔もよいが、いかんせんヒョロすぎる。これでもう少しがっしりして入れば私を貿易の品目に加えることもできるのに。
「チンジャオさん、今日はありがとう。前向きに検討するよ。3、4日後くらいに大体方向性が出るが、君たちはどのくらいこの町にいる予定だい?」
「そのくらいならいるつもりだよ」
「そりゃあよかった。じゃあもぜひ祭にも参加していってくれ。もうすぐ大きい祭があるんだ。いろんな人が食べたり飲んだり踊ったり、楽しいよ」
「ちょ、ちょっとその話詳しく教えていただけません?」
役人の話によると、町で一番大きな祭が明後日開かれるらしい。色々な出店やイベントがあり、広場でみんなで踊るそうだ。老いも若いも、金持ちも貧乏人も、人間も異種族も、参加したい人はみんな参加するとのこと。これを逃す手はない。
チンジャオがいくら交流を頑張ったところで、それが私の交流に結び付くのはかなり先だ。ならば自ら進まねば。とりあえず、今日は服を買いに行こう。新米冒険者が法衣を仕立てるなど生意気だと言われかねないが、ここは勝負所だ。実用性は無視してかわいさ100パーセントの法衣を仕立てよう。
町の服屋で法衣を仕立てた。と、言っても既製品に少し手を加えてもらう程度だ。店も祭に向け体制を強化しているらしく、明日までには仕上げてくれる。チンジャオも「めんどくせー」などといっている割に私より時間をかけ服を選んでいた。結局、今とほとんど同じ短パンを買っていたが何の意味があるかさっぱりだ。
夜、トカちゃんが買ってきてくれた肉まんを食べた。トカゲのくせにいろんなおいしい料理を知っている。私が作ったものもおいしいおいしいと食べてくれるし、チンジャオと2人の時とは大違いだ。
「トカちゃん、明後日大きな祭があるんでしょ? どんな祭?」
「そうだ、忘れてた。もう感謝祭の時期か。あの祭りは、とにかくいろんな物に感謝する祭りだ。商売がうまくいった者、出世した者、子供が出来た者、それぞれがうまくいった要因に感謝する。何もなく平穏に暮らせた奴は何もなかったことに感謝する。うまくいかなかった者はただ生きてることに感謝する。この時ばかりは人間もゴブリンもドラゴンも……」
トカちゃんが珍しく黙ってしまった。何かまずいことでも思い出したのだろうか。考え事をしている。
「仲良く踊るんでしょ?」
「そ、そうだ。なぜかみんなで踊る。シャトーはもちろん初めてだよな。じじ、じゃあ、じ、時間が合えば一緒に行こうか」
「いいねいいね」
「しゃあねえなあ。この町の文化を学ぶためにもみんなで行くか」
突然チンジャオが入ってきた。なんだこいつ、行きたくてしょうがないくせに。
とはいえ、チンジャオは学校では目立たないタイプだった。友達もおらず、こういうみんなで盛り上がるイベントを疎ましく思っている側の人間だったはず。きっと踊ることだってできないだろう。それでも新しい町に来て、新しい自分を切り開こうとしているのだ。応援などしないが、好きにやらせてあげたい。
次の日は役人に輸出のリストを出しただけで、仕事は終わった。
町に行き仕立てた法衣を受け取った。白一色で、首からくるぶしまでをすっぽり覆うフォルムは変わっていないが、襟元から白いポンポンが2つ垂れている。袖口にはドーナツ状のふわふわの毛があしらってあり、柔らかい印象を与えること間違いなしだ。下半身はぱっくりスリットが入り編み上げとなっているが、ムキっとした肢体がのぞいてしまうため、グレーの下地を付けてある。これが逆にいいアクセントになっている。法衣が新品というのもどうかと思うので、祭りまでずっと着て慣らしておこう。
夜、いつものように食事を取る。チンジャオはまた色々トカゲに助言を受けている。トカちゃんもめんどくさそうに答える割に、ちゃんと最後まで説明している。そういう性格なんだろう。このままこの町との交渉がまとまったとしてトカちゃん抜きでうまくやっていけるのか不安だ。
食事のあと、チンジャオとトカゲは魔術の練習に出かけたので、私は1人テントで眠ることに。乙女が1人で野営なんて、とは思うが、私もついに結界法術が使えるようになったので安心だ。昼間、何度も結界を張ってみてはチンジャオに出入りしてもらって効果は実証済みだ。「寝るときは頭の一部を起こしておかないと結界を張っても感知できない」などとチンジャオは言っていたが、こんなに鮮烈な感覚があるのに、寝続けられるわけがない。結界はそれほどはっきりと人の侵入を肌で感じることができるのだ。
……………………なんか声が……聞こ……える……が、……どう……でも……いいか…………
「……ぐぅ」
「おい! ぐぅじゃねえんだよ! 起きろ!」
「きゃっ!」
何!? 盗賊!? 知らない男がテントに入ってきている。
「きゃっ、ってやっぱりお前女か。とりあえず外へ出ろ…… って、立つとデカいな……。おい近寄るな! おい!! 動くな!! 動ゴゴッ――」
びっくりしすぎてアゴにフックを食らわせてしまった。完全に伸びている。盗賊なのか何なのか聞いてからにすればよかった。だが身なりはいいし、腰には高そうな剣を差している。単なる盗賊ではなさそうだ。
このよくわからない男を、テントの外に放り出しつつ外に出ると、10人程度の男がテントを囲んでいた。結界とは一体何だったのか。
「き、貴様! 何をした!」
いやいや、何をしたじゃないよ。乙女の寝床に無断侵入した時点で殺されて当然なのに、気絶だけで済んでラッキーすぎるだろうよ。
「三の剣がやられるなんて、嘘だろ……」
「こいつやべえぞ……」
なにやらざわざわしている。よくわからないが、とにかく私は狙われているらしい。この男たちも装備はそれなりにしっかりしている。冷静になられると不利だ。
「……『
物理防御強化法術を自分にかける。
「どう考えてもそっちが悪いんだからさ……覚悟しなよ! おらぁ!!」
先ほど気絶させた男の肘を踏んずけて割る。「ベキッ」という音が暗い夜空に響く。
意識が戻った時のことを考えて念のため折っておくのと同時に、こいつらの戦意を削ぐのが狙いだ。実は、これほど大勢の人間を一度に相手したことはない。だが、どうもこいつらは統率が取れていないように感じる。これなら野犬の群れより――
近くにいる男に対し、一気に距離を詰め顔面に肘うちを当てる。
次の男には金的蹴り。その次の男には顔面に掌打を浴びせる。弱い。が、こいつらは強い弱い以前に戦う覚悟ができていない。人を襲っといて、戦意がないとはどういうことだ。数で圧倒していれば素直に言うことを聞くとでも思ってたのか。こんな夜中に、複数の男で若い女一人を囲んで何をする気だったのか。許せない。絶対に許さない。
残った男たちが、剣を抜き始めた。だがもう遅い。
及び腰の剣など怖くない。切っ先のラインにだけ気を付け、踏み込む。そしてみぞおちに肘うち。チャンスとばかりに突撃してきた奴は仕方がないので殴る。くそう、せっかく新調した法衣の袖の、白いふわふわに血が付くじゃないか!
残った男のうち何人かは逃げた。残るは1人。
「よくも仲間を! よくも! うおおお!」
突っ込んでくる剣を避け、腕を取って、背負い投げ、そのまま袈裟固めで抑え込む。
「やっと落ち着いてお話できるね。なんで私を襲うわけ?」
「くそ! 離せ! くそ! くそ!」
腕で首を絞めたまま、顔面を殴る。
「なんで私を襲うのって聞いてるんだけど」
「うっ…… くそ! 誰が言ゴボッッ!」
顔面を殴る。
「歯がなくなっちゃうよ?」
「……いや、でも……」
顔面を殴る。
「なんで私を襲うの?」
「……いや、別にお前を襲うというか……、お前の仲間が……その……」
顔面を殴る。
「い、言おうとしてるだろ! もう殴るなよ!」
「仲間ってチンジャオが何かしたの?」
「いや、そんな奴じゃない。ドラゴンの元隊長だ。……お前が、そいつの仲間だから」
ドラゴンということはトカちゃんが何かしたということか。こいつらに比べてトカちゃんのほうが理性的に思えるが、それでもトカゲなんだから普段何をしているかわからない。こいつらの襲撃にもまともな理由があるのかもしれない。
「じゃあ、君らの仲間は、今トカゲを襲ってるわけ?」
「…………」
しまった。締めすぎて落ちてしまった。
さて、どうしよう。トカちゃんとチンジャオが襲われているとしたら、私が助けに行くべきなのだろうが、魔術合戦にでもなっていたら足を引っ張るだけかもしれない。それにもしトカちゃんが悪いことをしていて、それでこいつらが捕まえに来たとかだったら……いや、それはない。ないはずだ。ここまで一緒に旅をしてきたトカちゃんは、常に私たちのことを考えて行動してくれた。信じよう。助けに行こう。
寝転がっているこいつらにほんの少しだけとどめを刺してから。
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