43 空へ

 やれやれ……だ。


「痛っ」


 安堵と共に腹部の痛みがぶりかえし、思わず膝をつく。出血は益々酷くなっていた。


「一木さん、だめだよ動いちゃ!」

「大丈夫」


 大丈夫ではないが、とりあえずそう言って納得させなければ。


「ジン、タカ、シュリ! 乗れ!!」


 制圧が終わったのだろう。プリマヴィスタから気絶した兵士たちを次々に運び出しながら、ヴィクスがシュリ達を招いた。

 ここからプリマヴィスタまでおよそ数十メートル。傷を負って歩くには少し辛い。


「じっとしとけよ」


 そんなシュリを見かねたのか、三好がひょい、と左手でシュリの両足を持ち上げ、右手で背中を受け止めた。いわゆるお姫様抱っこなる状況に、目が白黒してしまう。


「……汚れるよ?」

「もう遅せーよ」


 ぶっきらぼうに――あるいは照れ隠しの反照で言われては、無下に断るわけにもいかない。短い呼気を吐きだし、大人しく従うこと少し。プリマヴィスタの入り口で下ろされ、「大丈夫か?」とヴィクスに声をかけられた。


「なんとか」


 とりあえず死ぬ気配はなさそうだ。


「んじゃ、出発だな」

「待って」

「あん?」


 引き止めると、怪訝そうにヴィクスの片眉が上がった。器用な男だ。


「このままじゃダースマンにプリマヴィスタを撃ち落とされる。少し、待って」

「待ってどうなるってんだ?」


 彼女は聞いてくれていた。そして、助けてくれた。

 だから今度も協力してくれるはずだ。

 確信がシュリを貫いたその時――


「おい、あれを見ろ!」


 プリマヴィスタの奥から、驚愕の声が響き、搭乗員達は外の景色にしばし見入った。

 パパパ、パパパパッ。

 軽快な速度で、町の明かりが消えていく。遠くから、近くへ。そしてまた遠くへ。明かりだけではない。おそらく〈ノウア〉中の駆動系も不能になっているはずだ。


「なんだこりゃぁ……」

「エネルギーの供給をシャットダウンして貰ったの。少しの間だけだけど……」

「誰に」

「マムに」


 これで、ダースマンからブルーへの攻撃命令も届かないし、万が一既に通達が終わっていたとしても大型兵器を用いた攻撃は不可能だ。無論、一般市民の生活を妨げるので、この状況は長くは続けられない。逃げるなら今のうちだ。


「よし、すぐにここを離れろ! 一定の高度とスピードが得られ次第、インビシブル機能を全開! 逃げ切るぞ!」


 ヴィクスの発声に合わせ、全員が「おー!」と拳を突き上げた。

 口元が綻ぶ。

 良かった……本当に……。


「――マム、ありがとう」


 おそらくはインカムを通じて伝わるだろう言葉を。

 意外にも、彼女は言葉で返してくれた。


〔そなたの言葉は痛い〕


 深い苦笑が機械的な余韻を含んで伝わってくる。

 突き刺すような言葉をわざと選んだのだ。痛がってもらわなければ困る、と思う一方で、少しの申し訳なさもあった。


 プリマヴィスタの出入り口が自動で閉じられ、エンジンが始動しゆっくりと空中遊泳へ移行する。

 この場を立ち去るのは簡単だ。

 だが今後、ダースマンの手から逃げ切るのは容易ではない。女王を無事逃がし、レーゼンメーテルを使わせず、〈ノウア〉の民を救う手段は多くはない。


「――マム」


 それはビッグマムだって分かっているはずだ。


「――オズマを倒すのを――手伝って」


 空白は、長く。とても、長く。

 その間に、プリマヴィスタは女王官邸を遠く離れ、インビシブル機能――戦艦の姿を電気的にも、視覚的にも誤魔化し、「いないもの」としてしまう機能が稼働する。

 目の前には、驚いたような三好と四道の顔。

 少し離れたところから、思考の停止した顔でヴィクスとライトに見下ろされ。

 多くの人に見守られて、マムは答えた。


〔そなたのような者を、妾は永劫、待っておったのかもしれぬ〕

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