40 女王、奪還作戦

 夜の闇に紛れ、茂みにそっと身を潜めた。エオリアとウィカチャもそれに倣わせる。

 〈ノウア〉は街路樹が豊富だ。この道も例にもれず、道路に沿って延々と茂みが続いている。おかげで隠れる場所が得られた。


「なるほど……」


 難しい顔で唸ったのは、シュリの隣の隣で一行随一の巨体を持つヴィクスだった。


「つまり、レーゼンメーテルを〈バイオ〉で使うと、お前らの故郷で自然災害が起きるわけだ」


 科学的な知識には精通していないヴィクスだが――その点はどちらかというとライトの方が優秀だ――、「ジンサイズ」に縮小された四道の説明によって、概要は掴めたらしい。


「〈ノウア〉で使っても、僕達の宇宙に影響はあるよ。ただしそこに人は住んでいないから、僕達が心配するような被害はない、ってこと」


 こちら側の宇宙と同じく、数十年前までは、地球側の宇宙でも火星への移住が検討されていた。だが科学的な技術の限界と予算縮小により、移住どころか宇宙開発すら危ういのが現状だ。それを幸か不幸か、どちらかを選べと言われれば、間違いなく幸を選ぶべきだろう。


「結局のところ使わないでいてくれるのが一番だ。だけど、今のダースマンが支配してる政府じゃそれは難しいだろう?」

「ああ」


「だからダースマンが改心してくれるか、あの男が政府代表から降りて女王の意見に賛同してくれる人が新しい代表になってくれるのが好ましい」


「それは無理だ。議会のパワーバランスは、あの人のおかげで保たれているんだから」


 ヴィクスとは反対隣になる隣の隣で、ライトがきっぱりと断言した。

 ライト少年は年若いものの、政府の内情をよく知っている。彼がそう言うのなら、ダースマンはあれで政府に必要な人材なのだ。

 女王と結託し、四道の小賢しさを生かして死力を尽くせば、あるいは社会的にダースマンを撃ち落とせるかもしれないが、シュリ達の望みは〈ノウア〉政府を混乱させることではないので、ダースマンの代わりがいないのであればそれは憚られる。


「つまるところ、ことを穏便に済ませるには、デゼスペレ・オズマに退場して貰うのが一番、というわけか……」


 ヴィクスの吐息が深いのも無理はない。

 声に出して叶うような願い事なら、〈ノウア〉中の怨嗟と共に願いは神の元へ届けられているだろう。


「僕達は無理だと思っているけど? ……ただ、一木さんがオズマと対等に戦える人を知っているって言うから」


 言葉は途中で途切れ、四道はこちらに視線をよこした。他の四人もそれに倣う。


「オズマを倒せる?」


 馬鹿な、と、ヴィクスは言う。ライトやブライアン、〈ノウア〉の住人ばかりではない。シュリと共に多くのモンスターとの戦闘を経験した三好と四道も胸中は同じだ。

 だからこそ、というのか、盲目的というか――全員、気にかけていないことがある。


「それはまた後で説明するよ。それより今はあっち」


 しかしシュリはそれらの目を言葉で遮り、茂みの向こうを視線で示した。

 白い外壁、丸みを帯びた優雅な館が、存在の主張と観光スポットの役目を果たすべく、色とりどりのスポットライトで化粧を施されていたのはつい昨日までのこと。〈ノウア〉の首都エクリュ、その中央に鎮座する女王官邸と、その上空に繋留された女王専用艦は、今や周辺をブルーコートの厳重な警備網で縁取られ、警備に必要な照明が正面玄関を真昼のように明るくしていた。


「ブルーが立つと途端に無粋だな。今さらだけど、エスの気障ったらしい制服がどれだけ官邸に似合ってたかよく分かるよ」


 四道の言葉に、何人かが「同感」と肯いた。

 エス、とはエスコートの略で、政府直属のブルーコートとは違い女王直轄の女王の身辺警護を任された軍隊の呼称だ。といっても、数千人規模で縦割り化されたブルーコートとは違い、エスコートの人数は全部で一個小隊ほどの規模しかなく、少数精鋭と言えば聞こえはいいが、ろくに休みも取れないハードスケジュールが組まれた激務三昧だと聞いている。女王の身辺を任されているため、入隊の際には実力は当然、家族構成や性格判定まで受けないといけないそうだ。そのくせ倍率が高いのは、やはり「女王を護る騎士」に憧れる人間が多いからだろう。

 地球でも〈ノウア〉でも、人間性というのはそうそう変わらないものらしい。


 そんな難関中の難関を突破した者が、晴れてエスコートの白い制服に袖を通すことが出来るのだが、この制服というのがまたいかにも騎士然としていて、華やかと言うか女心をくすぐるというか、つまり気障なのだ。

「憧れの女王陛下、憧れのエスコート」

 彼らはいずれも皆すべて、今はあの白亜の官邸のどこかに押し込められている。


「ニナの情報じゃ、女王は一番奥の自室に女王補佐官と一緒に監禁されているらしい。エスコートも、特に女王に傾いている奴十人ばっかりが隣とか向かいの部屋に纏めて押し込められている」


「他のエスは?」

「自宅でほぼ軟禁だな」


 となると、彼らに助力を要請するのは難しそうだ。


「ブルーの配置はここに来るまでに説明した通りだ。官邸内の間取りはもう覚えたな?」


 寄せ集めの女王救出チームが、ヴィクスの的確な指示によって軍隊染みた連携を取り始める。耳に装着したインカムがグローバルネットワークの一部の秘匿回線にリンクし、〈ノウア〉のどこかに停泊している戦艦のオペレータールームからニナへと繋がると、その感覚は更に増していった。


「いっつも不思議なんだけどさ、ニナってそういう情報どこから拾ってくるんだ?」


 武装を確認しながら三好がぼやく。

 そういう情報、とはつまり、女王官邸の間取りや、現在女王が監禁されている場所、女王に追随するエスの現状などのことだ。女王の身辺に関する情報は警備面を考慮して常時秘匿されているし、女王が捕まった今は秘密主義に更に拍車がかかっている。当然、シュリ達のような末端の予備兵にそれらの情報が公開されるわけがないし、ヴィクス達だって女王拿捕に関連していないため上部から情報が降りてくるはずもない。

 それらを彼女は一体どうやって手に入れているのか。


 耳元で、ニナがにっこりと笑った。


『ジンは可愛いっすね。そういう秘密情報がウチらにまで漏れてくるわけないじゃないっすか』


「え?」


『どんな記録も通信も〈ノウア〉じゃグローバルネットを通じてやるんっす。だからネットさえ押さえていれば万全なんっすよ』


 しかしそれ故にネット上のセキュリティも相当に厳しい。それこそ、最高機密には未だアナログ手段を用いている地球とは比較にならないほど厳重に管理されている。市民ひとりひとりにIDを与え、IDごとにアクセスできる領域を制限しているのはそのためだ。


「いやでも……そんな簡単にできるのか?」


『ウチがサー・セラフィム付きのオペレーターをしているのは、そういう理由なんっす』


 そう言われれば納得せざるを得ない。ライトもヴィクスも見て見ぬふりを通しているので、シュリ達もそれに倣うしかなかった。






 女王官邸は広い敷地のほぼ真ん中にあり、周囲を幾つかの私道路が走っている。官邸が一部観光地として一般公開されているので、大型駆動車で敷地を移動できるよう配慮されているからだ。

 敷地と外部との境界には柵と監視カメラが巡らされていて、越えるには相応の跳躍力が必要だ。クリスタルキューブを保持していないブライアンには苦労を強いてしまったが――正確にはヴィクスにお姫様だっこされるという、赤っ恥をかかせてしまったわけなのだが――、鍛え上げられたキューブを持つシュリ達は難なくそれを越え、私道の脇の茂みで作戦会議も開けた。


 問題はここからだ。

 昼間に官邸周辺を賑わせていた野次馬やマスコミ関係者は夕刻には追い払われ、今は厳重な警備網が敷かれている。布陣には穴一つなく、警備責任者の有能な能力が垣間見られるが、正直言って今はその責任者が恨めしい。

 そのせいで、こんな手段を選択せざるを得なかったのだから。


「よーお、お疲れおつかれー」


 にこやかな笑顔を浮かべ、右手をひょい、と持ち上げて、ヴィクスは官邸入り口を固める二人のブルーコートに近付いて行った。傍らにはライト少年も付き添っているが、彼は二人を見るなり敬礼をしただけで言葉はない。

 慣れた動作から推測して、警備の二人はヴィクスの知り合い、ライトの顔見知りといったあたりだろう。


「なんだヴィクスじゃねぇか。……テメェ、なんでここにいるんだ?」


 警備らしく、右の男が低い声で問いただす。

 だがヴィクスは慣れた調子で態度を崩さず、爽やかな笑顔を張りつかせたまま答えた。


「いやー、まいったよ。休みだったのに緊急コールでさ。どこかのどいつかが別の警備に回されてオレに御鉢が回ってきたんだ」


 有り得そうな話に警備の男の顔がやや緩和する。だがまだだ。気は緩んでいない。


「そんな話は聞いていないが……」

「じゃあ、通達遅れてるんだろ。丁度近くで飲んでたからな、オレら」

「おいおい、酒が入ってる奴が警備についていいのか?」


 呆れたように、警備兵。


「ほんのちびーっとだ。飲んだうちに入んねーって。今度お前らも一緒にどうだ? 通り二つ向こうだけどよ、可愛いコけっこう揃ってたぜ」


 さりげなくライトが立ち位置を移動する。


「それって黒い看板ぶら下げた、ちょっと地下っぽい酒場だろ? 最近ブルーが詰めかけてるらしいな」

「ああ、そのうち一般の客はいなくなるかもな」


 他愛のない会話で相手の呼気を解すのはヴィクスや二の宮の専売特許だ。

 少しずつ、二人の警備兵の緊張がほどけていく。そして――

 女王奪還の作戦は限りなく速やかに実行へと移された。


「ふぐっ」

「グッ!!」


 二人の警備兵はほぼ同時にヴィクスとライトから口を覆われ、強烈な急所への一撃を受け、息を詰めて倒れ込んだ。警備兵の体を二人が受け止め、ごろんと床に転がす。

 それからヴィクスは素早く周囲に目を配ると、シュリ達に向かってゴーサインを出した。


 茂みから飛び出し、四人は可能な限り早く正面玄関へ達する。


「これで完全にお尋ね者だな」


 顔見知り二人の気絶顔に「すまん」と詫びたヴィクスは、先頭をきって正面玄関の扉を開けた。

 兵器開発の主任に、四道、軍や戦闘に精通したヴィクスや、現在は後方支援に徹しているセラフィムといったブレーンが導き出した作戦は「正面強行突破」という、もはや作戦と呼ぶのもおこがましい安直な提案だった。

 曰く――、軍備も十二分にあり、厳重過ぎる警備網にブルーコートは絶対の自信を持っている。隙と言えばその自信しかない。

 内部に侵入した後は時間との勝負だ。侵入が露呈する前に女王を救出し逃亡する。

 万が一バレたとしても援軍が到着するまでに少しのタイムラグがあるし、ネットを抑えているニナと、軍部に止まり様子を窺っているセラフィムによってブルーを撹乱する予定なので、実際の時間はかなりあるだろう。

 だが一秒でも早いに越したことはない。


 正面玄関をくぐり玄関ホールへ出たシュリ達は、あたりをぐるりと見渡し、全員で顔を見合わせ頷き合った。

 女王が監禁されている部屋は二階の一番奥だ。そこに至るまでの最短ルートは、当然警備が一番厳しい。

 また、六人がまとまって行動するのも悪目立ちし過ぎるため、一行はここで二手に分かれる手筈になっている。


「じゃ、予定通りお前らはあっち、オレらとブライアンはこっちな」


 ヴィクスが指差したのは、それぞれが通るルートだ。玄関ホールはまるで今回のためにあつらえたように道が左右に分かれており、シュリ、三好、四道のグループと、ヴィクス、ライト、ブライアンのチームに分かれる。特に挨拶や言葉はなく適当に手を振ってエオリアを伴いそれぞれのルートをたどっていくと、さっそく見張りの兵と遭遇した。


 ゆるゆると歪曲した廊下の向こう側。相手はひとり。

 四道が横の死角から気配を消してそっと近付き、いっきに距離を詰める。

 完全に不意をつかれた兵士は驚愕に息を呑み、四道のダッシュに応じられず、あっという間に口を塞がれ、四道の背後を追いかけていた三好に腹部への強烈な一撃をくらった。成す術もなく崩れ落ちる兵士の体を三好が受け止め、廊下にそっと横たえる。


「どした?」


 その一連の動作をじっと見ていると、三好に視線を絡め取られた。

 なに、というわけではないが……。


「――戦えるのかなと思って」


 共に同じ命といえど、人間とモンスターではやはりこちらの心情に差異が出る。

 女王を助けると覚悟をしたとき、それを踏まえても女王を監禁しているブルーコートと戦うと決めた。それでもやはりこうして目の当たりにすると躊躇う心が浮かんでしまう。


「覚悟、決めたつもりだったんだけどね」


 では覚悟とは何なのだろうか。

 心構えをすること、心を決めること。随分前に読んだ本には諦めることと書かれていた。

 おそらく、万人がいれば万分の「覚悟」があるのだ。手段も、心の持ち方も、それぞれに違う。目的に向かって貫かれる行動と意志……。時につまずいても、そうとは意識せずとも、達せられた時――全てをひっくるめて、覚悟と呼ぶのではないだろうか。


「……怖気づいたか?」


 低く、優しく問われ、シュリは顔をあげた。

 怖じ気はある。躊躇いもある。それでも足は止まろうとしない。

 心が思考を止めても、体が動けば。

 体が停まっても、心がもがけば。

 双方が停滞しても、また動きだせば。

 ――覚悟もまた、瞼を開いて覚醒するのだ。


 ゆっくりとかぶりを振り、


「行こう」


 二人を見据え、シュリは絨毯が敷き詰められた廊下をそっと歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る