33 刹那の油断

 二の宮は真正面から力技を挑まれると腕力で止めようとする反射的なクセがある。今回もだ。腰を低く落とし、やや前かがみになって、二本の短剣を交差させ前に突き出した。完璧な亀式防御体制だ。

 二の宮最大の防御スタイルなのである程度の攻撃なら止めてしまうが、今回は相手が悪い。ソルフェリノのモンスターは得てして体格が大きく、その分腕力も他所のモンスターより強力だ。ましてや相手はオリアンタリスで、生半可な敵ではない。


 案の定、腕力で押し切られた二の宮は、力を流すべく後方へ大きく飛び、ぐるんとバク転をして滑り込むように着地した。腕には無数の切り傷。ほっそりとした脚にも同じだけの傷があり、服もところどころ破れている。


 三好の代わりに前衛を務めるライトも、数こそ二の宮よりも少ないものの、全身に傷を帯びていた。


 シュリだって似たようなものだし、怪我を嫌う四道ですら二の宮を庇うたびに血を流した。


 離れたところで《ホグス》の護衛に専念しているはずの三好も、右太ももに無残な深い傷を負っている。防ぎきれなかったオリアンタリスの攻撃を《ホグス》の直前で撃破しようとした結果があれだ。


 殆ど無傷なのは、《ホグス》の起動に心血を注ぐ一般兵だけではないだろうか。当初は仲間の死に動転し半狂乱になっていた彼は、遅れた時間を取り戻すべく急ピッチで作業を進めているものの、その前に消費した時間が長くどうしてもマイナスの要素が捨てきれない。


 ――シュリの目算では、残りはおよそ二分。

 たった百二十秒。だがそれがどうしようもなく遠い。


 ずきん、ずきんと、鼓動に合わせて定期的に痛む傷を確認する。左腕に裂傷、脛にいくつか。左頬も痛い。クリスタルキューブによって痛みは軽減されているが、これだけの傷を抱え込めば体の動きも鈍くなり、思考力も損なわれてしまう。


 前衛の二の宮の動きを読み取り、繰り出す防御を事前に察知してエオリアの力を滑り込ませてきたが、先ほどの一撃では思考が及ばず力を送り込むタイミングを逃してしまった。

 結果がこのざまだ。

 自分の不甲斐なさが悔しい。唇を噛んで精神を鼓舞するが、集中できない。


「…んのっ!」


 四道が銃を構え十発以上を連続して発射する。

 青を含んだ緑色のキューブの色が月光を反射させ、オリアンタリスの表皮を深くえぐった。攻撃力、命中力、ともに精度が増した四道の銃弾は効果があったらしく、オリアンタリスが鋭い悲鳴をあげる。


 だがその声も束の間、オリアンタリスは直ぐに両腕を振り上げ、ブン、と皮膜を振って風を生み出した。突風がくると判断し、シュリはエオリアの力を拝借する。キューブとの相互作用によって増幅させ、オリアンタリスの風に真面からぶつけ相殺させた。――つもりだった。

 一部の風が抜け、シュリの真正面に迫る。


「!」


 避けられない。

 エオリアの力。防御。逃亡。

 三種類の対処法を思いついたが、最初の案は選ぶには時間がなく、二番目は押し負けると判断し、三番目は背後の《ホグス》を護るため選ぶわけにはいかず。思いあぐねいているうちに風が迫り、シュリはそれを甘んじて受けた。


 とっさに顔を庇い、右ひじの近くから腹部、左ふとももにかけて皮膚が裂ける感触を味わう。痛い、というよりも、熱い。自分が不甲斐ない。それでも武器を握る手が緩まないのは、いったい何の気概なのだろうか。


「んのっ……!」


 遠い後ろで、三好のひび割れた声が聞こえた。

 いつもなら彼は最前線で仲間の盾となり敵の攻撃を一身に受ける役目を自主的に買って出ている。それなのに今は戦場から一歩引いた場所で待機。時間と共に傷を増やしていく仲間を彼が見過ごせるはずがない。


「やろおおおおおおお!!」


 絶叫し、疾走し、三好は拳を握った。

 ヴィクスの制止など彼に届くべくもない。

 シュリの傍を駆け去り、二の宮を追い越し、本来の場所へ帰依した彼は――。


 赤い光を右の拳に全て集めた。

 力が凝縮し、ボッと音を立てて点火する。炎が揺らめく。

 その焔からぴょん、とビー玉ほどの火の玉が生まれ落ち、くるくると回転しながら棒のようななにかが一本、二本、三本、最終的に四本突き出てきた。腕と脚だ。やがて火の勢いが小さくなり、妖精のように小さな人型のなにかが登場した。


 エオリアよりもより人間らしい。つんつんと逆立った髪、頭にはバンダナ、ロックな衣装。炎を纏った小さな小さな子ども。それがガーディアンであると気付いたのは、同じガーディアンを従えるシュリと、ガーディアンと同等の力を持ったウィカチャの主である二の宮だけだったろう。


 重力制御装置を使い高く跳躍した三好は、炎の気配を宿した拳をオリアンタリスの顎に叩きこむ。三好の拳はオリアンタリスの硬い皮膚をものともせず深く食い込み、想像も及ばないダメージを与えたようだった。


 オリアンタリスが硬直する。

 まさにその瞬間、


「《ホグス》起動します!!」


 少年の高らかさを残した声が全員の聴覚に飛び込んできた。

 待ちに待った宣言だ。

 逃げる準備だけはもう出来ている。


「エオリア、これが最後だから頑張って!!」

「きゅぴー!!」


 ガーディアンにも限界はある。ここに至るまでにエオリアの力は存分に酷使され、十分その限界値に近付いていた。

 だが――いやだからこそ、ここで出し惜しみなどする余裕はない。全力で、全てを叩きこむ!


 ごがばっ!!


 ひと息に溢れてきた風の力をほぼノータイムで解放した。敵を打ち上げて攻撃不能にする【オフショット】の変形版、【ボーダーシュート】。


 オリアンタリスコアロードの巨体が、風に巻かれて真横にかっ飛ぶ。その先は障害物のない空白地帯だ。クレードルの直ぐ近く、ロックフォールの裾野。つまり、《ホグス》の檻の中。


「展開!!」


 オリアンタリスが妙な体勢で派手に転がるのと、《ホグス》がブィンと音を立てたのはほぼ同時だった。


 《ホグス》の檻は視認できない。だが確かに《ホグス》は起動している。その証拠に、体勢を立て直したオリアンタリスがこちらに向かって突進するも、見えない壁に弾かれて一定のラインを越えられず、もがいている。

 《ホグス》の起動に奮闘していた一般兵が「やった」と勝利を呟いた時。

 空を駆け、小型の飛空挺が舞い降りてきた。兵士を運搬するためのブルーコートの運搬機だ。形としてはヘリコプターに似ているが、ヘリとは違ってこれは一度に十人ほど乗せることができる。乗り込み口は同じスライドタイプだが、大きめに設計されているので大の大人が二人同時に乗り込める大きさだ。


 ヘリは地上すれすれにホバリングすると、幅広のドアが何者かの手に寄って全開にスライドした。重いはずの扉を楽々と一人で開け放った人物に、全員が驚愕する。


「乗れ」


 セラフィムだ。

 月下美人とはよく言ったもので、冴え冴えとした銀髪が夜の闇によく映えている。何をしていてもこの男は様になるから小憎らしい。


「行くぞ、急げ!」


 ヴィクスの一声で全員が跳ねるように動いた。

 まず最初に到着したヴィクスが乗り込む。次いで、一般兵。死んだ仲間のドッグタグを握り締めた彼は、一度だけ戦友の遺体に目を向け、名残惜しさを振り切ってヘリの奥に収まった。

 その次にシュリ。エオリア。間を空けて、三好。その脇を駆けこむようにライトの金髪がかすめる。

 四道と二の宮はまだ遠い。倒れた二の宮を四道が支え起こしていたからだ。


「早く!!」


 叫び、二人を促す。

 その遥か後ろでは《ホグス》に邪魔されて怒りを募らせるオリアンタリスの姿が見えた。怒り狂った瞳がなにより恐ろしい。あの細長い嘴からいつまたあの攻撃がくるのかと想像すると、それだけで肌が泡立つ。


 もし再びあの咆哮が発現したら――。


 二撃目を防ぐには、いまは条件が厳しい。シュリも二の宮も殆ど限界に近く、あれだけの防御は殆ど不可能だ。戦力にセラフィムが追加されても、オリアンタリスのあの攻撃にどれだけ通用するかは未知数で確信が持てない。ただあまり期待は出来ないだろう。

 すべてを消滅せしめるあの熱量の前では、いかなる攻撃、防御も呑み込まれてしまう。シュリと二の宮、四道との連携で、たった一度でも防げたことが奇跡なのだから。


 すでに乗り終えた誰もが同じ焦燥を抱いているのだろう。全員の中でも特にせっかちな三好が苛立たしげに声を張り上げた。


「マイ、タカ! 急げ!!」


 三好が大きく手を掻く。

 二人と猫一匹が飛び込み乗車してきたのとほぼ同時に、飛空挺は空へ飛び上がった。

 急激な上昇で上から強烈な重力が襲ってくる。飛空挺の床に体を押し付けられそうな重圧に耐えること少し。ふっと圧が抜け、耳鳴りに顔を顰めると、凄まじいエネルギーの気配がシュリの全神経を逆なでした。


 ――来る!!


 単なる勘にすぎなかったが、その閃きには確信があった。

 直後、太陽の光のような白い閃光が瞳孔を強く刺激した。

 開きっぱなしの扉から、ましろの砲撃が、ソルフェリノに我が物顔で屹立するロックフォールを打ち破る。

 オリアンタリスコアロードのあの消失攻撃によく似ている。だが威力が比べ物にならない。

 ロックフォールはあっけなく瓦解し、レーゼンメーテルの攻撃は更に広がり、周囲を呑みこんでいく。


『衝撃波、きます!』


 その通信が、シュリ達の乗る輸送機のドライバーのものだと気付いたのは、機体が大きく揺れた後だった。

 ロックフォールの――ソルフェリノの消滅に見惚れていたシュリは、うっかり、自分が体を固定していなかったことに気付いた。

 慌てて目を巡らせて、急旋回した機体の動きに合わせ、視界の端を何かがゆらゆらと動く。天井からぶら下げられたそれは、おそらく輸送される兵士が体を固定する安全ベルトとして使っているのだろう、先端にはフックが付いており、伸縮性が悪そうな固いベルトが右へ左へと揺れていた。

 この際、なんでもいいだろうと、藁にもすがる思いでタイミング良く捕まえる。握力の限り握り締め、体重の一部を預けるが、やはり足元がおぼつかない。それでもなんとかしがみついていたのだが。


 ふわり、と。


 一瞬だけ無重力を味わった。あらゆる柵から解き放たれ、時間が消失されたかのような感覚がシュリの五感を支配する。

 感覚器の全てを真っ白に塗り潰され、灼き尽くされてしまいそうな世界の片隅に、不意に、なにかが触れた。


 音でもなければ物でもない。ただの感情の切れ端だ。焦燥と動揺、驚愕。


 濃厚に色づけされたそれらがフラッシュし、シュリの鋭敏な感覚に訴えかけてくる。


 それによって現実に回帰したシュリのすぐそばを、なにか質量のあるものが横切っていった。


 咄嗟に手を伸ばし、掴もうとする。


 だがタイミングが合わない。


 ギリギリ、指先に何かが触れ、反射的に強く握りしめる。


 冷たく堅い、小さく細長い感触。――ドッグタグ。


 スローモーションのように、ゆっくり、ゆっくり、さらにゆっくりと、首を動かし、目を巡らせたシュリが見たものは。


 大きな口を開けた扉から二の宮が投げ出される場面だった。


「――――!!」


 瞠目して彼女を追いかけようとするシュリを三好が引き止める。


 場を離れようとするライト少年をセラフィムが掴む。


 大声をあげて半狂乱になった四道をヴィクスが取り押さえる。

 

 白い閃光が遠くで一度だけ点滅すると、コゥ――という、声のような、風のような細長い響きが走り、北から南へ向かって、一路、光の筋が伸びた。

 それは、巨大なロックフォールをを丸ごと呑み込み、軍用ヘリの数十メートル下を駆け抜けると、ヘリから投げ出された二の宮は、仰向けのまま光の海へ舞い落ちた。

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