30 作戦説明

政府直轄軍ブルーコートの本部バーガンディーは、赤土の不毛大地の真ん中に鎮座している。

 平坦に続く土地に突如現れる、長い滑走路と飛空挺や戦艦を格納するシェルターは、景観とミスマッチで異様な雰囲気だ。軍の本部ということもあって、常に周囲が厳重に警戒されているのも、この物々しい空気の要因となっているだろう。

 硬い岩盤に覆われた地下には巨大な武器庫を内包されているらしいが、当然、地上階からはそれらしき出入り口など見当たらない。

 セラフィムが手配したという飛空挺でバーガンディー入りしたシュリ達は、二日後の遠征に向けて待機戦艦を整備する整備士たちの脇を抜け基地内に入った。


 バーガンディーは軍の様々な施設が町ほどの規模で区画を分けて建っている。

 飛空挺や戦艦が出入りし、外部との玄関口でもある「港区」。

 バーガンディーに常駐する人々の「居住区」。

 書類整理、事務処理をする「メイン部」に、バーガンディーを管理するコンピュータ類が集まる「機密区」など。

 どの区画に入るにも人間と監視システムにIDを認証させねばならず、身勝手に歩き回ることは儘ならない。


 シュリ達の個人IDは政府代表にものを言わせて造らせたが、基本的に〈ノウア〉の住民と大差なく、むしろ予備兵登録している分だけ優遇されている。とはいえ、軍人だらけのバーガンディーではその特権も一般と大差なく、シュリ達が行き来できる区域はそれなりに制限されていた。機密性の高いメイン部や居住区は完全にシャットアウトだ。


 人の流れに付き合って移動可能な区域をしばらく歩いているとインカムに通信が入った。インカムの識別が出来るのはオペレーターだけで、シュリ達が世話になったオペレーターは一人しかいない。


『みんな久し振りっす。元気っすか?』


「ニナ! 久し振り、元気だった?」


『ウチは相変わらずっす。今は東通路っすね。地図を《ポータル》に転送するっすから、それでこっちに来るといいっす』


「こっち?」


『作戦会議室っすよ。プラタに割り当てられたマイ達は一般兵とは別っすから』


 苦笑のにじむ声の中に苦みが混じっている。

 一般兵とは別。その意味を察したのだろう、シュリの後ろの三好と四道が顔を合わせる気配がした。

 かなり危険なミッションだとヴィクスが言っていた。最前線のプラタと中衛以降の一般兵とを分別するのは、後ろを護る兵士たちに余計な恐怖を与えないため。それ以外の意図もあるだろうが一番の理由はそこだろう。


 二の宮がポータルを取り出し、ホログラフィを起動させて地図を表示させる。

 シュリ達はそれに従い、大きな人の流れからゆっくりと逸れていった。


 さすがというか、町と同程度の面積を有するだけあって、ニナに指示された場所は遠く、歩いてしばらくかかった。指示された部屋の扉前に到着すると、最初に二の宮がセキュリティロックに《ポータル》を示す。それだけで扉は開き、三好、四道とそれに続いて全員が入室した。


 日当たりの良い室内は明るく、折り畳み式の小さなテーブルが付属したイスが並列になって並んでいた。ざっと三百人は収容できそうだが、ところどころに席の空白があるものの大半が埋められている。全員の注視を集める上座には、一度見たら目に焼きついて忘れられなくなる銀髪。

 セラフィムだ。


「座れ」


 横柄な命令を不愉快に思うどころか、すんなりと受け入れてしまうのは彼の人徳だろうか。


 空席を探し目を凝らすと、前から三列めに座るヴィクスが手招きし、一つ後ろの列を示した。彼の隣にはライト少年とここまでシュリ達を誘導してくれたニナの姿も見られる。

 自由に席を選べる場において、なんとなく前の列を避けてしまう人間の習性は地球でも〈ノウア〉でも同じらしい。ヴィクスの周囲は空席が特に目立っていて、四人が横一列に席をとれるだけの余裕がある。勿論、シュリ達も集団心理の例に漏れず、前から四列めのそこを陣取るのはいささか気が引けたが、ヴィクスの手前、無視するわけにもいかない。

 四人は手招きに従って四列めに腰を据えると、シュリの前にエオリアが着地し、二の宮の膝上でウィカチャが身体を丸めた。


 全員の着席を確認したセラフィムがパネルを操作し、部屋の明かりをすべて消灯させる。遮光カーテンが降りて窓から差し込んでいた外光も遮断され、慣れていない瞳孔が暗闇しか読み取れなくなる。

 だがそれも束の間、直ぐに別の光源が生まれた。前方に大きな球体が出現する。それが3Dホログラフィで形成された〈ノウア〉図だと気付いたのは、半瞬遅れてからだった。


「今回のミッションはソルフェリノで行う」


 聞いたことのない固有名詞だったが、セラフィムのよく通る声に合わせ〈ノウア〉図が拡大したので容易に地理は把握できた。〈ノウア〉のかなり下、町ではない。ごてごてとした大岩が転がる荒野。

 草一本生えない不毛の大地はここバーガンディーも同じだが、バーガンディーは地盤の硬さゆえに生命が乏しいだけで、その土地柄を利用して軍の本部が建設された。地下に武器を隠匿すれば天然のシェルターとなってくれるし、平坦な土地は滑走路を建造するのにうってつけだったのだ。

 だが目の前で展開する立体図は違う。不自然に壊れた岩、削られた大地、それら全てがそこに蔓延るモンスターの脅威を示している。ソルフェリノは生命を育めないのではない、生命が狩り取られる場なのだ。


「ソルフェリノは岩と石だらけの岩石地帯だ。岩の落差が激しく、大きな岸壁ともなると、その高さは首都の「墓地」にも匹敵するだろう。昼夜の寒暖の差が激しく、ひとたび雨が降ると視界がまるで利かない」


 つい数日前話題に上ったばかりの墓地がここでも取り上げられることに奇妙な符号を覚えながらも話に聞き入る。

 ホログラフはソルフェリノの地を大きく拡大し、低空飛行で空を滑り、セラフィムの説明を視覚で補完していった。


「出没するモンスターも、ノウズウルフェリノやマストラースといった大型種がが多く、種族間での対立もある」

「ノウとかマスとか、どういうモンスターなんだ?」


 聞いたことのないモンスターの名前に三好が首を傾げると、彼の一列前に座るヴィクスが小声で注釈した。


「バカデカいモンスターだよ。生まれたばっかのチビでもオレらの二倍はある。一度噛み付かれたが最後、骨なんてチョコレートだ。――ほらあれだ」


 ヴィクスが前方を顎で示すと、新しい立体映像がメイン図の隣に追加されていた。

 まるで恐竜だ。右隣の四道が「まるでディロフォサウルスだ」と具体的な名を挙げる。どのあたりが特にその恐竜に似ているかは不明だが、硬そうな外皮や剥き出しの牙は肉食のそれを連想させた。


「これらのモンスターは全てソルフェリノの東にあるロックフォールの裾野で繁殖する。ここにはソルフェリノで唯一植物が見られ、クレードルになっている」


 ソルフェリノの地を飛んでいた中央の立体映像が切り替わり、小高い山のような、台地のような岩肌の岸壁を映した。形は地球にあるエアーズロックによく似ているが、これはエアーズロックよりももっと紅い。おそらくこれがロックフォールなのだろう。呼称もよく似ている。

 ならばあの岩の山裾に広がる森が、ソルフェリノ唯一の植物地帯か。


「ねえシュリちゃん、くれーどる? って?」

「ゆりかごのこと」


 〈ノウア〉では主に、モンスターの大繁殖地帯のことを指す。モンスターの繁殖にはそれなりに条件が整った場所が必要だが、〈ノウア〉には人間があちこちに点在しているため条件が揃わず、数こそ少ない。逆に条件が整い過ぎると数多くのモンスターが集まり大変危険となる。

 サバンナの水辺べは争いごとをしてはいけない、と動物間で取り決めがあるらしいが、クレードルもまた同じで、この界隈での種族闘争はご法度だ。


「このクレードルをモンスターごと破壊するのが今回の目的だ。前回の〈バイオ〉での作戦と同様レーゼンメーテルを用いて、クレードル内の卵とメス、周辺の警戒をしているオス、全て消去する」


 ソルフェリノ図の右上に、ぱっと新たなホログラフィが現れた。シュリの知る火薬式大砲とはまるで違う。砲弾の向きを決定する筒などはないが、戦艦ストラトス級の大きな戦列艦の船底から前方に向かって、竹を二つにかち割ったような長いものが突き出ている。


 四道の講釈によれば、従来のプラズマ砲とはまるで異なるらしいあれこそが、シュリ達とヴィクス達を引き寄せた新型兵器レーゼンメーテルだ。膨大なエネルギーを重力波に変換して収縮、発射する、装着型の新型兵器。


「レーゼンメーテルはA地点で待機、明日午前二時丁度にロックフォールを砲撃」


 ソルフェリノ図にA地点が表示され、次いで、レーゼンメーテルの立体画像がそのA地点に収まる。右上に表示された時刻が午前二時を示すと、A地点から南に向かって赤い光が長く伸びた。飛距離が長い。レーゼンメーテルの攻撃は十分な威力を保ったままロックフォールに命中し、裾野のクレードルを大きく巻き込みながら姿を消す。


「あいかわらず、とんでもねえ威力だな」


 口元を組んだ両手で覆い隠したヴィクスが低く唸った。

 〈ノウア〉での実験では、威力が予測よりも強過ぎてヴィクス達のような前線の兵士が遥か彼方へと吹き飛ばされた。四道によるとその問題点は改良を経て解消されているらしいが、これだけの威力を見せ付けられると本当に改善されているのか不安を覚えてしまう。


「そんなにうまくいくのか? レーゼンメーテルは確かに威力は凄い。でも、エネルギーをかき集めるのに時間がかかる上、重力波に影響を及ぼしてモンスターのSAチャネルを刺激するんだろ? 初期の実験じゃ、レーゼンメーテルを発射する前にモンスターに逃げられたって聞いたけど」


「そーなの?」

「まあな」


 二の宮の声にヴィクスが苦々しく頷いた。


「いまもその問題は解決してない。だからこないだの〈バイオ〉の実験じゃ、オレ達プラタがモンスターを追い立てて一か所にかき集めたんだよ」


 そして着弾地点の一番近くに居たヴィクスとライトは吹き飛ばされたわけだ。


「だから今回もプラタが呼ばれたのは、そういうわけだろ?」

「いや」


 ヴィクスが同意を誘ったが、セラフィムはあっさりと否定した。冷淡な美貌の熾天使は軽くこちらを一瞥すると、新たに画像を一つ追加した。

 見覚えのある丸い形、直径一メートルほどの大きさのボール。ボルトなどの部品を用いずに組み合わせられたような、ツルツルとした表面の機械。

 四道の眉が中央に寄る。


「まだ試験段階だが信用性は高いと判断され、今回の作戦に新たに投入されることになった。《ホグス》といって、モンスターの精神波を分析しバリアを張る仕組みになっている。つまりこのボールの境界線をモンスターは越えることが出来ない」


 《ホグス》の性能を、セラフィムは余りにも簡略的に述べた。

 正確には、守りたい対象をボール群で取り囲み、モンスターの内部侵入を阻む為の機械だ。開発者のブライアンは、将来的にはこれで町を丸ごと囲みたいと言っていたが、地上地下への対応はまだ確立されておらず、地に潜るモンスター、飛行するモンスターの前には余りにも無力だ。改良には四道も助言をしたと聞くが、成果があったという話は今のところ聞いていない。つまりまだ成功例はない。セラフィムもつい今しがた「試験段階」と明言したばかりだ。


「これをクレードルの周囲に張り巡らせる。クレードルをこれで囲んでしまえば、内部のモンスターは逃げられず、レーゼンメーテルの砲撃を浴びることになる」

「!」


 セラフィムの《ホグス》使用方法を聞き、息を呑んだのはシュリだけではなかった。

 戦いを避けて考え出されたはずの武器が、戦いに利用される。ブライアンが聞いたら――いや、すでに耳にしているだろう。今頃彼はどんな顔をしているのだろうか。


「ちょっと待てよ!! こいつは戦わないために造られたんだろ!? そんな使い方していいのかよ!!」

「開発者の意図など関係ない。政府機関で開発されたものを政府直轄のブルーが使う。不思議はない」

「……!!」


 勢い立ち上がった三好が、軋むほど歯を食い縛った。

 彼の嫌悪も分かる。だが、セラフィムの言う理屈も理解出来る。それにいくらこの場で悪態を放っても、セラフィムが今回の作戦に《ホグス》を用いることを提案・決定したわけではないはずだ。


「どうせダースマンの仕業だろ」

「……そういう人だよ、あのひとは」


 侮蔑と嫌悪を吐き捨てる四道に、シュリはやんわりと口を添えた。〈ノウア〉政府の代表であり、政府直轄の軍隊ブルーコートの首領でもあるあの男は、そういう人間なのだと。

 果たして正しく伝わってはいないだろうが。


「使えるものは何でも利用する……てか。気にくわねぇ」

「使えるかどうかも怪しいよ。《ホグス》はまだ未完成品で、致命的な欠陥がある。飛行タイプとか潜行タイプのモンスターにはどう対応する気だ?」


 後半部をセラフィムに投げ、四道はしばし挑戦的な目つきで蒼い目を睨めつける。

 しかし四道の指摘した不安要素はすでに織り込み済みらしく、セラフィムは淀みなく、涼しい顔で言い返した。口元の小さな微笑がこれほど様になる男もそうそう居るまい。


「ソルフェリノには潜行・飛行ともに未確認だ。柔軟な皮膚を翼に見立て滑空するモンスターはいるが、高度も飛距離も限定されている。高さのある大岩周辺は要注意だが、その程度のイレギュラーは想定の範囲内だろう」


 突き放すような単調な説明に、四道は最初の勢いを尻すぼみさせた。


「分かったなら、いいかげん座れ」


 セラフィムの眼力に押しつぶされるように三好がゆっくり腰を下ろすと、彼の右隣、シュリの左に座る二の宮が、労わるように三好の腕に手を添えた。彼女もまた三好と同じ情意を抱いている。勿論、四道もだ。


「この《ホグス》の起動にはいささかの手間と知識が必要だ。現在別室では、一般兵が起動方法と注意事項をレクチャーされている。よって、お前たちの任務は二つ。一般兵とチームを組み、クレードルに近付いて《ホグス》を設置すること。そこに至るまでに可能な限りのモンスターを倒すこと、この二つだ」


 下手こくとオレらが一般兵を警護するハメになるかもな。


 シュリの背後から、そんな囁き声が聞こえ、あながち外れてもいないだろうと無音で呟く。


 たぶんセラフィムの狙いはそこだ。《ホグス》の設置とモンスターとの戦闘、その役割を分割することによって任務への集中力を高めるつもりなのだ。

 政府直轄軍のブルーコートの中で、〈バイオ〉遠征に借り出される人間が「プラタ」と呼ばれるのは、彼らの力が対モンスターに秀でているから。となれば、一般兵とプラタが合同で行動すると必然的にプラタがモンスターの相手をすることになる。煩雑な《ホグス》の起動手順を一般兵にのみ伝えておけば、必然的に一般兵が《ホグス》にかかりっきりになり、プラタは更にモンスターに集中せざるを得ない。


「《ホグス》の設置が終わった後は直ぐにソルフェリノを離脱しろ。レーゼンメーテルに巻き込まれる恐れがあるからな」


 忠告し、セラフィムが何かを操作すると、展開していたホログラフ映像が全て消えて室内に照明が戻った。


 眩しさに二、三度目を瞬かせている間に、せっかちなプラタの数人が席を立つ。俄かに騒がしくなる会議室。だがよく通るセラフィムの声がそれら全てを一瞬で牽制した。


「――問題はクレードルの奥に居座るモンスターだ」


 それまでは冷やかなほどに一定だったセラフィムの声に、一筋の硬い糸が通っていた。

 途端に、会場の空気も硬度が増す。重いような、痛いような。前列に座るヴィクス達の表情もいつのまにか険しくなっている。


「オリアンタリスコアロード。長い手から足に皮膜があり、空を滑空する。大きさは目算で、人間のおよそ三倍と言われている。もっともこれらの情報は目撃例から参照しただけで、定かではない」


「その目撃例もたかだか数回程度だ。……当てにはできねえな」


 遥か後方でプラタの誰かが低く唸る。


「でも破壊力だけは本物っすよ。偵察用のフリーゲートを一撃で墜とした記録も残ってるっす」

「それ……やばくねぇか?」


 三好が声をうわずらせると、ライト少年がこくり、と肯いた。


「だからこれまでソルフェリノ遠征は殆どなかった」


 それが、レーゼンメーテルが開発されたため手が伸びたのだ。


「オリアンタリスの根城はクレードルの最深部――ロックフォールのすぐそばだ。《ホグス》の内側に取りこまれ直接の戦闘にはならないと予測される」


 皆の安堵を誘うように言ったものの、セラフィムは即座に「――が」と、言葉を翻した。


「予測はあくまでも予測だ。万が一戦闘になるようであれば――シュリ」


 いやな予感が背筋を走った。


エオリアはオリアンタリスに対して有効な攻撃だ。戦闘になった場合、サポートをしろ」


 てっきり相手をしろと言われるものとばかり思っていたが、セラフィムの言葉はシュリの予想からわずかに離れていた。とはいえ、サポート役もれっきとした戦闘員だ。オリアンタリスコアロードなるモンスターとの戦いに参加しろ、と宣言されたのは間違いない。この場合重要な論点は、サポートすべき対象だ。すなわち、


「誰を?」


 小首をかたむけ短く訊ねると、セラフィムは口の端を僅かに持ち上げ、薄く笑った。


「運の無い者を」

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