第14話 middle battle5 〜対マスターレギオン~

 マスターレギオンは従者の行進を開始したかと思うと、血の海から現れた騎馬の従者が3人を取り囲む。

「さァ我が精鋭“レギオン”の力をとくと味わうがいい! UGN達よ!」

――しまった! これじゃ輝生を防護壁まで運べねェ!

 一瞬で血の海から顕現した大柄な騎馬のレギオン2体に距離を詰められ、荒夜たちは一切身動きが取れなくなってしまった。


「死して尚、黄昏の中で戦う事を選んだ者たちよ――“レギオン”!」


 マスターレギオンの叫びを合図にまた一体、また一体と血の従者が出現し、3人と防護壁で控えているUGNに迫ってくる。

「さぁ、動け……! 死の、その先にいる者たちよ――!」

 マスターレギオンが赤い剣を振るうと、その軌道上に血の刃の衝撃波が荒夜たちに襲い掛かってくる。

『まずいッ! 来るぞ!』

 あれを受けたら生身の人間は一たまりもない。ミライオンは姿勢を低くし、メガテリウムの輝生を庇った。

 ルミも咄嗟の判断で、自分たちと背後に控える防護壁に光の城壁を作り上げる。

「あがッ!」

 が、運悪く血の衝撃波を食らった荒夜がルミの隣で派手に転倒した。

「テンペスト!」

『荒夜、大丈夫か!』

 頭から血をドクドクと流しながら、荒夜は這いつくばりながらも何とか立ち上がってみせる。

「この……いってェだろうが‼」

「ほう、これを受けて生き残るか。流石は“ジェヴォーダン”」

「そのあだ名で呼ぶなって、何度言ったら分かるんだ!」

 こんな時でも相変わらずコードネームで呼ばれるのが大嫌いな荒夜だった。

「これじゃ数が多すぎて身動きが取れない! 何とかならないか!」

『任せろ!』

 レギオンを牽制していたルミに威勢よく答えた湊が、手に持っていたハンマーを構える。

 

 湊に守られていた輝生はキングミライオンの巨大な背中を見上げる。否、金色に輝くその姿は、“キングミライオン”ではなく――!


「これは……兄ちゃんの“ミナトミライオン”!」

「ミナトミライオンだと⁉ “キング”だけではなかったのか!」

 マスターレギオンが驚愕する中、湊が毅然とした態度で言い放つ。

『どうやら下調べが足りなかったようだな、マスターレギオン。尤も、この姿はMM地区支部でもあまり見せない最終形態だ』


 横浜県庁の“キングの塔”、横浜税関の“クイーンの塔”、そして横浜市開港記念館の“ジャックの塔”である横浜三塔が合体したその姿こそ、MM地区支部の真の最終兵器――“ミナトミライオン”だった。


 湊がコックピットの3つのボタンを同時に押す。すると、ミナトミライオンの胸部に施されている獅子の口がガバリと開き、そこから現れた3つの光の輝きが増していく。

『見せてやる、マスターレギオン……これが俺達、MM地区の力だ!』

「何だと……⁉」

 ミナトミライオンは胸の前で手を組むと、両手を大きく広げる。直後、屋上にいるレギオン全ての足元に暗闇が広がり始め、彼らの進軍がびたりと止まってしまった。

「何⁉ 私のワーディングが、中和されていくだと……⁉」


「重力付きの暗黒だァ⁉ あいつ、バロールのシンドロームなんてあったのか⁉」

 味方の荒夜も驚きを隠せず辺りを見渡すが、その問いに輝生は首を振った。

「違うッス、荒夜の姉ちゃん! これは、“宇宙空間”ッス!」

「宇宙だァ⁉」

 そんな馬鹿な、と荒夜たちは唖然としてしまう。

『“コスモワールド”!』

足元に広がった小宇宙(コスモ)によって動きを止められたレギオン達も、かなり動揺している様だった。

「支部長! やっちまえ‼」

「あぁ! 支部長ならやってくれる! 湊さんなら……!」

 その時、横浜を代表する遊園地“コスモワールド”地下に展開されているMM地区支部第二指令室“コスモクロック管制室”から通信が入る。

『はーい、こちら“コスモクロック管制室”! 高島くん、その空間は完全に座標を固定したよ! いつでも砲撃準備オッケーさ!』

『了解した! 天川支部長! 行くぞ、“トライタワーブラスター”!』

 湊はモニターの目の前にあるボタンを躊躇なく押した。

『了解っ! “トライタワーブラスター”、発動承認!』

ミナトミライオンから聞こえてくる号令に、マスターレギオンは嫌な予感が胸の内を過った。

『ルミ! 万が一の事がある! 君たちと支部員たちの頭上にシールドを貼ってくれ!』

 湊の指示に、ルミは一瞬で自分たちと防護壁の頭上に再び光の城壁を作り上げた。

『“ギガノトランス”ゥ……!』

湊の叫びに呼応するように、獅子の口から3つの光が夜空へと放たれる。一瞬の不気味な静寂が辺りを支配するが、微かに空から何か降ってくる音がマスターレギオンの耳に届いた。

――まさか、ミサイルか⁉

 マスターレギオン含めた荒夜とルミが空を振り仰いだ直後、無数の箒星が夜空を駆け抜ける。しかしそれらは何と、一直線にランドマークタワー目がけて降り注いできた。

『“トライタワーブラスター”‼』

 流星群のような光と炎の雨が、レギオン達に降り注ぐ。その圧倒的な火力にレギオン達は次々と血溜まりに戻っていく。流石のマスターレギオンも狼狽するが、大盾を持った従者が咄嗟に盾を頭上に構え、マスターレギオンを守る。だが、その大盾すらもトライタワーブラスターの前では無力に等しく、臨界点まで熱せられた鉄のようにドロドロに熔けていく。

 光の城壁の隙間から覗くその美しくも恐ろしい攻撃の嵐に、荒夜たちはただただ目を見張るしかなかった。

『これが――ミナトミライオンの力だ‼』

 あれほど犇(ひし)めいていたレギオンの軍団は、マスターレギオンと盾の従者を残して影も形もなくなり、一面焼け野原と化した屋上の光景に「横浜怖ェ……!」と荒夜は思わずぼそりと呟いた。

「何という……出鱈目な力だ……!」

 やはり先に完璧に始末しておくべきだった、とマスターレギオンは自分の作戦の甘さに歯噛みする。

「だが……だが、まだだ!」

 マスターレギオンが叫び手を掲げると、血の海の中からレギオンが復活しかける。

『あれがレギオンの力……! まだ復活するだと⁉』

 トライタワーブラスターは何発でも撃てるものではない。その高火力故に機体に負荷がかかりやすく、オーバーヒートした機体を冷やすために一定時間のクールダウンが必要な仕様になっていた。

「貴様如きに……討ち滅ぼせるものではない! 我がレギオン達は‼」


 マスターレギオンが叫ぶと同時に、再びレギオンの軍団が屋上を埋め尽くす。

 だがその直後、銃弾の嵐がレギオン達を襲った。

「そうはさせません!」

 今しがた屋上に到着したマルコ班の隊員達の銃撃によって、レギオンは再び血へと戻っていく。

「隊長、皆さん! 復活する従者は、私たちが食い止めます! 貴方達はマスターレギオンを!」

「ありがとう、アイシェ!」

 防護壁を飛び出したアイシェが先陣を切り、ハンドガンでレギオン達を消滅させていく。

「俺も……まだ頑張れるッス!」

 ミナトミライオンの足元で沈んでいた輝生も再び動き出し、周囲のレギオンを巨大な腕で薙ぎ払った。

『輝生、無茶をするな!』

「これくらい、何ともないッス!」

 クールダウン中で何も動けない湊に輝生はニカッと笑ってみせるが、頭の血は止まっていなかった。

「おのれ……我が従者たちが……!」

 今が反撃の好機と見た荒夜とルミは、光の盾から同時に飛び出す。

 先に仕掛けたのはルミだった。ルミは手燭を振り払い光の刀を出現させると、一気にマスターレギオンとの間合いを詰める。だが、マスターレギオンは赤い剣でルミの攻撃を受け流し、ルミの腹部に蹴りを入れた。

「隊長‼」

 派手に後ろまで吹き飛んだルミはその場で蹲ってしまい、レギオンを相手にしていた戦闘中のアイシェが咄嗟に叫ぶ。

 だが、ルミを撃退できた一瞬の油断を、荒夜は見逃さなかった。

 脳を直接揺らされるような衝撃がマスターレギオンを襲う。荒夜の回し蹴りが顎に決まったのだ。

 がくりと膝を突きかけるが、マスターレギオンは何とか持ち堪え、荒夜を睨みつける。

「チッ、意外とタフだな!」

 マスターレギオンを一発でノックアウト出来なかった荒夜はすぐさま距離を取り、輝生の隣まで飛び退る。

「輝生、大丈夫か!」

「何とか平気ッス! ここでへこたれてちゃ、俺はただの役立たずッス!」

 それを聞いて荒夜は一瞬目を見開くと、つまらなそうに溜息をつき輝生の脛を軽く蹴り上げた。

「いてッ! 何んするんスか!」

「馬鹿野郎、後ろ見てみろ」

 荒夜に言われたまま、輝生は少しだけ後ろを振り返る。そこには、防護壁の中で戦いを見守る少女の姿があった。

「アレが、お前が守ったモンだ」

 そう言うと、今度は顎で前を指す。

「隣見てみろ。アレが、お前が信じたモンだ」

 輝生の隣には、ミナトミライオンで応戦している湊の姿があった。

「良いチームじゃねェか、羨ましいぜ。これ終わったら、皆んなでパーッと焼き肉行こうぜ!」

「荒夜の姉ちゃん……!」

 荒夜がにっかりと笑った直後、大盾を持ったレギオンが二人の間に飛び込んできた。

「姉ちゃん、気を付けるッス! このレギオン、他のよりめちゃくちゃ強いッス!」

「さっきからマスターレギオンにべったり貼り付いてたレギオンか!」

 まるで「マスターレギオンの邪魔はさせない」と言わんばかりに盾を構えるレギオンを前にし、荒夜は口の端を吊り上げるように笑う。

「中々可愛い顔してるじゃねェか。俺とも遊ぼうぜ?」

 人差し指で挑発した直後、盾の一撃が荒夜を襲う。だが、荒夜はそれを真正面から受け止めた。

 一方のマスターレギオンは立っているのもやっとの状態だったが、何とか持ち堪え前を睨みつける。

 マスターレギオンの視線の先には、あの少女がいた。

――あれさえいれば……私はこの世界を変えられるのだ……!

 一歩、また一歩と踏みしめるようにマスターレギオンは少女へと近づいていく。

だがその好機を虎視眈々と狙っている者の存在を、マスターレギオンは忘れていた。


「今だッ!」

『今だッ‼』


 荒夜と湊が叫んだのとほぼ同時に、マスターレギオンの胸に一本の矢が突き刺さった。

 その凄まじい威力によりマスターレギオンは身体ごと吹き飛ばされ、矢もろともフェンスまで弾き飛ばされる。

「き、貴様……! 何故……!」

「……僕があれ如きでやられたと、本気で思っていたのかい?」

 地に伏せていた筈のルミが起き上がり、再び矢を番えた。

「ありがとう、二人とも。チャンスを作ってくれたなんて、流石だね」

 血の軍団に守られていたマスターレギオンが一人だけになる機会を伺っていたルミは、倒れたふりをして今までずっと待機していたのだ。

「まだだ……私さえいれば、レギオンは終わらぬ! この世界を変えられる!」

 フェンスに括り付けられながら叫ぶマスターレギオンに、ルミは冷たい視線を送る。

「“死”のその先なんてないよ。本当は君も分かっているんじゃないのか?」

 ルミは手燭を自分の両手で持つと、蛍のような無数の燐光が二人を囲む。

 マスターレギオンを助けようと盾のレギオンが駆け寄ろうとするが、荒夜が咄嗟に上から覆いかぶさり、彼女を取り押さえる。

「分かっているとも……! だからこそ、私が作るんだ! 彼らの先を‼」

 マスターレギオンはフェンスに括り付けられたまま最後の力を振り絞り、二人の間に無数のレギオンを蘇らせる。だが不完全なレギオン達は、ルミの放った無数の燐光によって無情にも掻き消されていった。

「馬鹿な……! 馬鹿な!」

 幻想的ではあるが、音も無くレギオンを屠るその不気味な光景に、マスターレギオンの目が絶望に染まる。

「貴様に否定などさせん! 貴様だけには‼」

 必死に叫ぶがそれすら虚しく、マスターレギオンはルミの燐光に取り囲まれてしまう。ルミが放った燐光はマスターレギオンの身体を包むと、静かに弾け消えていった。

「……恐ろしい能力だ。“竜血樹”の少年よ」

 音もなく身体を食い尽くされ、息も絶え絶えなマスターレギオンはかつてのルミの名を口にする。

「それはもう……亡くなった者の名前だよ。僕はルミ――“レネゲイド災害緊急対応班”マルコ隊の隊長だ」

 目を伏せたルミの答えを聞いたマスターレギオンは、微かに嘲るような笑みを浮かべた。

「私がいなくなった世界で……この歪んだ世界で、どこまでお前たちのその青い理想が通用するのか……あの世で、笑って見させてもらおう……!」

 力尽きたのか、荒夜が取り押さえていた盾のレギオンも溶け、只の血溜まりに戻っていく。

 だが死に際のマスターレギオンの不気味な笑みに、ルミは嫌な予感が脳内を過った。

 直後、ルミの視界が赤一色で遮られる。


 血の爆散――ランドマークタワーを覆いつくす程のマスターレギオンの自爆に、ルミは巻き込まれる。


 それは後ろにいた荒夜や湊も、そして防護壁で守られている少女も例外ではなかった。

 湊は輝生を抱えたまま防護壁まで後退し、MM地区支部員を守るように彼らの盾になった。

 レギオンを抑えていた荒夜は振り返り、怯える少女に視線を走らせる。

 爆発に巻き込まれるまであと5秒も持たないだろう。荒夜は一目散に少女の許へと駆けて行く。

 残り1秒。少女の近くまで来れた荒夜は少女の手を掴み、自身の身体を盾にして伏せるように倒れた。


 爆心地から一番近かったルミはその場に力なくその場に倒れるが、爆撃をまともに食らい、膝を突いたルミは夜空を仰いだ。

あの大災害によって生まれた少女を、マスターレギオンから守る事が出来た――それを、“彼”は喜んでくれるだろうか。


――ジャナフ……。


 夢に出てきたあの夜空にどこか似ていると思いながら、ルミはその場に倒れ伏した。

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