EP04-03
客人にはもてなしを──そう主張するナギさんの方針に従って、私に個室が与えられた。とはいえ華やかな内装の客室というわけではなく、最初に目を覚ました例の部屋だ。
施設内を探索に出掛けようにも、部屋の出入口は電子錠によって閉ざされている。シャワールームやトイレも併設されていることから、このまま長い時間カンヅメにされる可能性も十分に予想できた。
「……はぁ。もてなしの定義についてアンと話し合いたい気分」
大きな嘆息を吐き出しつつ、
つまり私が身を守る
「
形式的なノックと共に、幽閉の身を揶揄する声が響いた。
「プライバシーが尊重されていて快適。
「心から満喫しているわけだな。神奈木には感謝の言葉を伝えておく」
「
したたかに嫌味を返すと、扉の向こうから笑いを噛み殺す声がした。落ち着いたクレアのトーンではない。彼女に付き添って、ホムラもこの場に同行しているようだ。
「ねぇエリカ、開けてもいいかな。ディナーを持ってきたの。もしも良ければ私たちと一緒に」
食事と聞いて、私の胃袋がまたしても
「……会席のマナーとかよく知らないけれど、それでも平気?」
「もちろん平気。キミが手掴みで食べ始めても、私は驚いたりしない」
余裕すら感じさせる声音で、ホムラは言った。それなら、とOKを出しかけて、
「ほら見て。ナギが奮発してくれたの」
最初に対峙した時と同じように、ホムラは人懐っこい笑みを浮かべる。彼女が両手で従えた銀色のワゴンには、ご馳走という言葉に恥じない
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遠慮や気遣いなどという言葉の一切を忘れて、私たちは食事という行為に専念した。殺風景な部屋で即席の立食パーティー、ワゴンに乗せられたままの料理を黙々と口に運ぶ。舌鼓を打っていたのは彼女たちも同じで、
「ホントに美味しかった。ここのところずっと、オートミールやサプリメントばかりだったから」
「なるほど謎が解けた。それで発育が悪いのか」
クレアは後ろに仰け反って、自らの胸の膨らみをわざとらしく強調した。言われてみればほんの少しのそのまた半分だけ、彼女のほうが女性的な体つきをしている気もする。だからといって、絶対に認めたりしないけれど。
「
「エリア096には鏡がないのか、お前が極度の近視なのかのどちらかだな」
睨み合う私たちを見て、なぜだかホムラがどっと吹き出した。
「ごめんごめん。あのクレアが
「生まれてから一度も、誰かに懐いた覚えはない。それにあのって何だ」
「今だから言える話。初めてあなたを見た時ね、サーベルタイガーかと思ったの」
「俺は
ホムラにからかわれた
「ねぇホムラ。なんというか、その……。ごちそうさま。ありがとう」
「急にどうしたの。お礼ならナギに言うべきだよ」
本当に驚いたというふうに、ホムラが目を丸くした。自分を拉致した人たちと、こうして打ち解け始めていることを我ながら不思議に思う。
「残さず食べちゃったから、ナギさんには謝るべきかも」
「気にしないでいいよ。ナギは食事を摂らないから」
まるで何でもないことのように、ホムラはさらりと言い放った。彼女はとても良い意味で、
けれど、ナギさん自体はどうだろう。彼女は自身が
「……ナギさんと仲直りはできたの?」
「ううん、今も
ホムラは、そう言ってぎこちなく微笑んだ。私がもっと親しければ、その
「なぁホムラ。お前から見て、神奈木の態度や方針に違和感はないか?」
険しい表情で、クレアが問いかけた。めずらしく歯切れの悪いその様子から、言うか否か迷った末に吐き出された言葉なのだと解釈する。
「かつてのナギが世間から何て呼ばれていたか知ってる? "
「なるほど、
苛立ちを隠そうともせず、クレアは続けた。
「率直に言う。捕獲したあの
「告げ口だなんて、そんな言い方あんまりだと思わない?」
詰め寄るホムラに、クレアは一切取り合おうとしなかった。しかしホムラの憤りは、すぐに行き場を失って
「
「……ナギが変わっただなんて、何の根拠もない。どれも全部、クレアの直感や思い込みに過ぎないよ」
絞り出されたホムラの呟きを最後に、重々しい沈黙が続いた。つい先ほどまで同じ料理を囲んでいたことが、まるで嘘に思えてくるほどの静寂だ。クレアの病的なまでの
けれど私は、こう考える。何も、会話を交わすことだけが解決手段ではないと。
これは私たち三人が考えるよりも早く、選択を繰り返してきた結果なのだと──。
「あのさ。難しいことは、さっぱり分からないけれど……」
私が弱々しく切り出すと、二人の視線が集まった。
「簡単な話だよ、解析すればいいの。私たちが、
至極単純な私の提案に、二人が目を見開く。銀色のワゴンを室内に放置したまま、私たちはスイートルームを後にした。
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