第50話 The truth is out there

 徐々にではあるが、視界は再び構成されつつあった。


 今、ここの光景。

 過去でも幻影でもない。


 今の、景色。

 今の思考。今の自分。


 それらが視界に戻りつつあった。


 暗い路地。転倒する俺の隣に、見知らぬ人物が佇んでいる。

 黒いコートに見を包み、そこから覗く顔は酷く老けて見える、男だった。そして、顔にかかる長い前髪の束は、それぞれ別に染めたような白と黒とのストライプだ。


「……シマウマ男ゼブラヘッド

 俺はつぶやく。


 過去とも言えるかあやふやな幻影の中に現れていた人物が俺の体を支えていた。


「なぜお前が……」


 ……というか、この男は実在したのか。


「あんた……俺に何をしやがった……?」


 訪ねたいことはそれをおいて他にない。


「何を?」と、男は長い白黒の前髪の下で眉を上げる。

「それは今したことかね、それは、かつて私がお前にしたことかね?」


 知るかよ。両方だバカ。無駄に深遠そうなセリフを吐くな。


 彼は俺を支える腕を外し……俺はようやく自立できるほどに回復していた……その右手に握られたものを見せる。

 中に赤い丸薬の詰まった、ガラスのボトルだった。


「第一の答え、今貴様にしたことなら、お前にこの薬を飲ませた……発作止めだ。

 服用しなければお前もあの男のようにやがては崩壊するところだったろう」

「あの男って……」


 思い当たるのは……大臣襲撃の犯人、そして、あの死に様。

 ロイ・ベイティとかいう……異世界人であるはずが俺の推理は外れていた。いや、今ここでシマウマ頭が奴のことを口に出した以上、ロイとコイツには接点が存在する。

 俺とアイツに……この老人は何をしやがった?


「転移者に付き物の病気のようなものだ」


 淡々と彼は続ける。

 その意味に、俺は戦慄のようなものを覚えた。


 先程起きた発作。

 ……それは、自我とでも呼べばいいのか、記憶か、思考か、そんな自身の全存在が瓦解する恐怖感を確かに俺に残した。酷い爪痕、トラウマを。


「そして、お前が第二の答えを欲するなら、私に従え、それがお前を真実へ導くだろう」

「なんだよ……。お前と取り引きしろっていうのか?」

「どの道、貴様に拒否権は無いと思うがね……」


 と、赤い薬の入った瓶を俺に手渡した。


 服用しなければ、もしかすると死に至るかもしれない薬。


 ……完全に、弱みを握られている。


 ……弱み? そんな生易しいものじゃない。生命線を握られている。


「他の転移者、彼らを全員見つけ出せ」


 と、シマウマ頭は言う。


 他にも居るのか……? 俺と襲撃犯以外に?


「あんたなら……俺の手なんか借りなくてもなんとかなりそうなもんだけどな」

「同種の人間は集まってしまうものさ。そに、同種であれば臭いを嗅ぎ分けるのも容易だろう?」


 俺は、彼の黒い瞳を睨み返す。ヤツの瞳は底知れないほどの深い闇を湛えている。


「どの道、俺は拒否できないわけだが」

「ああ。君の活躍には期待している」

「見つけ出して……どうアンタに告げ口をすればいい?」

「その必要はない。お前の居場所なら私には……把握できる。他の転移者にお前と同じ処置をしなかった事が悔やまれるよ」


 本当に、コイツは俺に何をしやがったんだ? 背筋が凍るものを感じる。


「契約は伝えた。薬を取れ、私は行く」


 言われなくても、と俺は男の手から薬を奪い取る。


「おーい、アサクラー? 酔い潰れて寝でもしたかー? 吐いたまま寝てると死ぬぞー?」


 店から出る明かりの方から、聞き慣れた呑気な声が聞こえてくる。

 その声が盛大に酔っ払っているのが、妙に腹立たしくて、


 妙に、俺を安心させた。


「大丈夫だ! 今行く……!」


 俺は赤い薬のボトルを胸元にしまい込む。またシーラには隠し事ができてしまった。

 あの時、クロカミから渡された魔法銃。そして、この薬がやましいことの2つ目だ。


 シーラの声の元へと俺は戻る。

 赤ら顔で、非常にご機嫌な酔っ払いの姿。

 ……怪しまれては、いないよな?


「ワリぃ……酒には慣れてなくてさ……」

「……?」


 分かりきった言い訳。

 俺はただ誤魔化す。


 振り返ると、黒衣の男の姿は当然のように、形跡も気配も体温の一つも残さずに、その場からは消え去っていた。



 第一章:薬莢事件 完

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