ドクター・フロックと愉快な仲間達
マッドドクター・川須月虹
ドクター・フロック。本名を川須月虹。「カワズさん」とか「ドクター・フロッグ」と呼ぶとブチ切れる、正真正銘の天才技術者である。
惜しむらくはその言動と思考回路が周囲には理解されないことだろうか。幻想浸食現象を『異界からの侵略行為』だと断定し、自分の知識と技術を結集してバッドタービン號を組み上げた。しかし、その奇矯な言動はとうに学会から見放されていたし、クリスタリカの発生後もその社会的地位が改善した様子はない。
「まったく、嘆かわしいことだよ。私の知性と技術の確かさを理解してくれる者のなんと少ないことか」
「……取り敢えずオーダー通り、クリスタリカの頭部だ。しっかり役立ててくれ」
「うむ。顎が破砕されているのはマイナスだが、おおむね合格点と言っていいだろうね。よくやってくれた」
ミスター・バッドタービンにとっては残念ながら雇い主でもある。金払いが渋いのだけはいただけないが、そこに関してはこちらもあまり不満を言えない事情があるのだ。
不満そうな口ぶりから、どうやら何度目かの売り込みも失敗に終わったようだと察する。頭は良いし能力もあるのだが、自分の適性を客観視することだけが出来ないのは雇い主の最大の難点ではある。
自分以外のすべてを馬鹿だと断じているから、そういった交渉の類には致命的に向かないのだ。一方で、交渉人を『人の努力を横からかすめ取ろうと目論む詐欺師』だと思っているから人任せにもしたがらない。
どうやら、ドクター・フロックの名が世間に知れ渡るにはまだまだ先のことになりそうだ。
「じゃあ俺の方は、当面は今までどおり機体のアピールがてら適当にクリスタリカを間引きすれば良いのかね」
「そうしてくれ。君の活躍が華々しければ華々しいほど、このドクター・フロックの天才性が世の中に知られることになる」
「了解」
ミスター・バッドタービンこと瑳紋が多少なりともドクター・フロックと会話を成立させられているのは、ドクター・フロックがあくまで瑳紋を格下と見下しているからに過ぎない。瑳紋もまた、雇い主であるドクター・フロックの機嫌を大きく損ねるようなことを口にしない程度の分別はある。好きにはなれないが。
そう、断じて好きにはなれないが。
「ところで、頼んでいたところの改善について、目処は立ったのかい?」
「ああ、研究は進んでいるとも。もう暫く待っていてくれたまえよ」
「稼働時間の延長も稼働効率の改善も、バッドタービン號を世の中に知らしめるには必要なことだと思うぜ?」
「そんなことは分かっている! とにかく研究開発のためにもクリスタリカのパーツをしっかり集めてきたまえ!」
「はいはい、オーナー」
いきり立つドクターには構わず、瑳紋は研究室を後にすることにした。
天才ゆえのプライドというやつだろうか、ドクターは自身の能力に不足があるように聞こえる言い方をひどく嫌う。
感情の赴くままに罵声を浴びせてこないだけ、どうやら今日はまだ自制が利いているほうらしい。
***
「ふう……まったく無礼な男だ、くそ」
ドクター・フロックはディスプレイに映った巨大な水晶の熊を眺めながら、ぶちぶちと不満を口にした。
ドクター・フロックは天才である。その天才性があまりにも隔絶しすぎていて、学会の頭でっかちは最初から最後までこちらの新発見を理解しようとしなかった。結果はどうだ、誰一人としてクリスタリカへの有効な手段を開発できないばかりか、その多くが学会から姿を消したではないか。
姿を消したうちの一部は、自説の確からしさを証明するためにクリスタリカの近くまで向かった挙句、無責任にも食われてしまったのだからバカバカしい限りだ。
「ふん」
手元のリモコンで機材のスイッチを入れると、スピーカーからざりざりと耳に障る音が流れた。我慢してしばらく待つと、その向こうから声が聞こえてくる。
『戻ったよ、アン。ハニィ』
『おかえりなさい、ボス。どうでしたか』
『取り敢えず当座の資金は入金してもらえたよ。バッドタービン號の機能改善については残念ながら棚上げだ。ま、仕方ないね』
『あら。やっぱり改造って大変なのね』
ミスター・バッドタービンと彼がどこぞで拾ってきた妻、そしてその助手としてつけたアンの会話が聞こえてくる。
和気藹々としたその空気になんとも不快さが募るが、元より自分以外を信用していないドクター・フロックはその不快さの源泉が分からない。
『ひとまず当面は今までどおりの動きになりそうだ。各地に出没したクリスタリカをバッドタービン號で撃破、クリスタリカ片を集めてオーナーに納品ってことになる。まずは誰も怪我をしないよう、ぼちぼち頑張ろう』
『ありがとうございます、ボス』
それにしても、このアンの礼儀正しさと言ったらどうだ。創造主である自分に対してあまりにも反抗的だったから助手という名目でバッドタービンに押し付けたが、彼らに対する態度が自分に対するものと180度違う。
不愉快きわまりない。
「……まあいい。どうせ、私が確固たる名声を手にするまでの付き合いだ」
バッドタービン號は異界から侵略を受ける地球にとって、救世主になり得る偉大な存在だ。ゆくゆくは支持者たちに同型機を提供して依存度を高め、唯一の製造者である自分を崇めるように仕向けていく。
そのためには、バッドタービン號はあくまで試作品かつ象徴としてその役割を全うし、終えてもらわなければならない。
バッドタービン號の動力炉には、そのための仕掛けも済ませてある。そういう意味では、あまり活躍され過ぎても困るのだ。
「ま、もうしばらくはその不愉快な顔も我慢してやるよ、瑳紋くん」
ドクター・フロックの厭らしい笑みが、クリスタリカの水晶面ににたりと映った。
***
「バッドタービン號のメンテナンスが終わりました、ボス」
「ご苦労さま、アン。じゃあ、そろそろ出発しようか」
胸元のプレートに『盗聴器作動中』と書かれた札を提げたアンが歩いてくる。
吹き出しそうになるのをこらえながら、グッドタービン號の元に向かう。バッドタービン號は瑳紋がマギ・テックで直接呼び出すので、いちいち運ぶ必要がないのだ。普段は研究所と少し離れた倉庫でひとり静かに佇んでいる。
唸るエンジン音。駐車場では、ミズ・グッドタービンこと妻のリリィが既に運転席で待っていた。
「お待たせハニィ」
「お待たせしました、奥様」
グッドタービン號は水陸両用の万能車両である。バッドタービン號をいち早く現場に届けられるよう、アンを運転手として瑳紋を最速で運ぶことを目的としている。
ゆくゆくは空にも対応できるようにする……とはドクター・フロックの言だが、果たしていつになることやら。
どちらにしろ、クリスタリカが現れるまで特にすることもない。アンと瑳紋が乗り込むのを確認して、グッドタービン號が走り出す。
目的地は、ドクター・フロックの知らない隠れ家だ。人に興味のない彼は、クリスタリカが出ていない時の一行の動向に注意など払わない。アンに内蔵された盗聴器を時々思い出したように確認している程度だ。
監視したいのであれば人を雇うなり徹底的に観察するなりすれば良いのだが、他人を信じていないから人など雇わない。自分以外はすべて低能だと思っているから監視じたいも少なくて十分足りる。もしかすると、瑳紋たちが自分を裏切ることなど想定すらしていないかもしれない。
「さて、今日のディナーは何にする?」
「そうだねえ。久々の日本だ、ゾウリエビのまる茹でとか食べたいなあ」
「あ、あれ美味しいのよね」
「ではキュウシュウかシコクに寄りましょう。いくつか店をピックアップしておきます」
バッドタービン一行は何も知らない。能天気な夫婦と、密命を帯びた人型アンドロイド。
今はまだ、それだけでいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます