第8話 神凪カルマの敗北(2)
(大天使の存在自体が、神々が計略を行っている証拠だと……)
カルマの説明を聞いて、赤竜は暫し考え込む。大天使の召喚に関する知識など、さすがに赤竜も持ち合わせていない。だから、この件についてはカルマを信じるか、信じないかとと言うだけの話だ。
しかし、カルマの説明を信じるとしても、根本的なもう一つの可能性が残ることになる……。
「まあ、そんなに悩むことじゃないと思うけど?」
カルマは相変わらずの調子で、赤竜に語り掛ける。
「おまえも気づいているだろう? 俺の説明は、俺自身が悪だという可能性を否定していない。神々の目的が、世界の害悪である俺を始末することだとしたら、これまでのことも全部辻褄が合うし、俺が計略のためだと言っている大天使の召還も、世界を救うための手段だって考えられるからな」
考えていたことを完璧に言い当てられて、赤竜は唖然とした。
まあ、そのくらい解っているよとカルマは意地悪く笑う。
「そもそもさ、俺たちはさっき出会ったばかりだろう? 結果的に、俺はおまえの命を救ったかも知れないけど、死ぬ寸前までズタボロにしたのも俺だから。そんな奴のことを信じる方が異常だと思うけど?」
カルマの言葉を全てを鵜呑みにする程、赤竜は呆けていない。竜族の王として培った経験は、簡単に信用することの愚かさに警告を鳴らしていた。しかし――答えはすでに出ているのだ。
(だから……我を馬鹿にするなと、何度言わせれば気が済むのだ!!! 神凪殿が自ら言ったように、貴殿が神の敵であるのならば、神々にとっての害悪であることは否定できまい。しかし、この世界にとって害悪であるかどうかは、我自身が判断すれば良いことではないか!!! 貴殿は、我の目が節穴だと言っておるのだぞ!!!)
赤竜に捲し立てられて、カルマは辟易した顔をする。
「まあ、今のは俺が悪かったな。でもさ、信じる必要がないって思うのは本当だから。おまえが聞きたいって言うから話したけど、簡単に信じられる内容じゃないだろう?」
赤竜は不機嫌な顔で、再び正面からカルマを見据えた。
(神凪殿……もう一度だけ我に応えてくれ。貴殿が語った言葉の全てが真実だと、神凪カルマの名に賭けて誓えるか?)
「……あのさあ。そういうの、俺は苦手なんだけど」
(神凪殿!!!)
はぐらかそうとすると、赤竜が睨みつける。
その真剣な眼差しを受けて、カルマは諦めた。
「ああ、良いよ……誓ってやる」
まるで屈託のない笑みを浮かべてカルマが頷く――それが赤竜にとって最後の一押しとなった。
(……承知した、神凪殿よ)
未だ自由にならない身体を震わせながら、赤竜は起き上がろうとした。
「おい、無理するなよ」
(いや……気遣いは不要だ……)
懸命に力を入れて、何とか四肢で身体を支える。
(……我は多くの質問で貴殿を煩わせてしまった。しかも、度重なる非礼を働き、我が名に賭けて誓った約束すら何度も反故にした――だから、今さら泥を被った我が名に価値などありはしないが、アクシア・グランフォルンの全てを賭けて償わせて貰いたい)
赤竜は深く首を垂れて、大地に額を押しつける。
「おい……」
カルマは止めようしたが、赤竜が放つ強い意志を感じて思い止まる。
(さあ……文字通りアクシア・グランフォルンの全てを以て神凪殿に償おう。我の全てを、この命を含めて貴殿に捧げる……我が命を救って貰った貴殿には迷惑な話であろうが、この首を取って貰っても構わない!!!)
カルマは赤竜の正面に立っており、ちょうど赤竜の後頭部が前に見えた。
「……えい」
気合の入らない掛け声で、手刀を後頭部に叩き込む。
決して強い力ではなかったが、赤竜に呻き声を上げさせるには十分だった。
「ホントに迷惑なんだよ。おまえの話は重過ぎる」
おもむろに空中に飛び上ると、蹲る赤竜を放置したまま離れていく。
遠ざかるカルマの気配を感じて、赤竜は頭を上げた。
(……神凪殿。いったい、何をしておるのだ?)
赤竜の問い掛けに、カルマは面倒臭そうに応える。
「今の一発で俺の気が済んだから、償いは終りだ。おまえの全てなんて邪魔だから要らないよ……じゃあ、そういうことから」
完全に放置されたことを悟った赤竜が慌てて叫ぶ。
(ま、待ってくれないか、神凪殿!!! その程度で終わられては、我の気が収まらぬ……)
「そんなの知るか。そもそも俺を呼び止めないって約束だよな? おまえは舌の根も乾かないうちに、また約束を反故にするのか?」
(……!!!)
反論すらできずに、赤竜は言葉を詰まらせる。
恨みがましい視線を浴びながら、カルマは涼しい顔で立ち去ろうとするが――予想を超えたことが起こった。
「……おい、冗談だろ?」
満足に動くことができない筈の赤竜が、その巨体を空中に浮かび上がらせたのだ。
足掻くように翼を動かしながら、なけなしの魔力を絞り出す。バランスを崩して何度もよろめくが、根性で立て直した。勿論、その速度は遅々たるもので、僅かに上昇するのにも苦労していた。それでも――
赤竜は必死の形相でカルマ見据えながら、少しずつ上昇していく。
カルマは思わず動きを止めるが、すぐ思い直して赤竜へ背を向けると、加速しながら離れていく。
とても追いつける速度ではなかったが、それでも赤竜は必死に飛び続けた。
本当にカルマに追いつくことができれば、それこそ伝説に残る偉業だろうが――そんなことができる筈もなく、百メートルほどの高さで赤竜は力尽きて、地上へと落下した。
そのまま地面に激突する寸前――赤竜は空中に停止する。
「……本当に良い加減にしろよ? 自殺志願者を助けてやるほど俺は暇じゃないぞ」
カルマは赤竜を魔力で支えながら、ゆっくりと地上に降ろす。
(それでも……三度も助けくれたのはではないか?)
「三度? それは、おまえの勘違いだ……って言っても意味がないよな?」
(当然だ――天使の攻撃から、神凪殿が身を呈して守ってくれたことに、我が気づかぬ筈がなかろう? まずは礼を言おう……しかし、呼び止めることができぬのであれば、貴殿を追い掛ける他はないであろうが?)
堂々と言い放つ赤竜に、カルマは呆れる。
「その理屈はおかしいだろう? 普通に諦めろよ! 根性だけで飛んだのは、ある意味凄いとは思うけどさ。それで死んだら、馬鹿丸出しだろうが――それとも、俺が助けることを見透かしていたのか?」
赤竜は真顔で首を振った。
(我もそこまでは図々しいことは考えておらぬ……もっと簡単な話だ。償いのためならば、我は命を失うことなど厭わない)
こういう馬鹿げたことをする奴だと解っていたし、意地を見せること自体は不快ではないが……余りにも度を過ぎる赤竜の行動には辟易する。
「もういいよ、解った……それじゃあ、お互い冷静になって話し合おうか?」
(おお、神凪殿。感謝するぞ!!!)
赤竜の嬉々とした思念を浴びながら、カルマは嫌な感じの敗北感を覚えていた。
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