第35話「医学伝来」

 僕は自分の体に巻きついているものを見ると、それは僕自身の影だった。


「にゃはは! シグノくん。ご苦労だったね」


 僕はミトを期待して声のする方を見ると、そこに立っていたのはウルラだった。


「ウルラ? どうしたんだ?」


 そこに立つウルラは、なぜか右手が血だらけになり、頭にはミットを乗せている。

 それに話し方がミトのようだ。


「にゃは! 適性以外の魔法を無理矢理使うとこうなるのか」


 ウルラは血が流れ出る右腕をまじまじと見つめる。


「光のマナよ。MP20使い、腕を回復せよ」


 見る間に腕が治る。


「さてと、シグノくん。良くやってくれたね。吾輩のわからん死を防ぎ、さらに魔王をそこまで追い詰めた。さらにスキルの試運転まで出来るとはまさに僥倖ぎょうこう


「な、何を言っているんだ」


「ああ、そうだった。この姿じゃあ、わからないねぇ」


 ウルラはまるでネコのように目を細める。


「吾輩だよ。ミトだ。『医学伝来いがくでんらい』吾輩の異世界スキルのもう1つの姿さ。これは吾輩の配下を通じて、他者に吾輩の人格を送るものだね。人格とはここで形成されているんだ」


 ウルラは頭を指し示す。


「それらは電気信号で管理されている。そして、ここで思考したり感じたりすることはどこか別のところで保管されているとされているのだよ。神の管理下と言い表してもいい。医学では集合的無意識と言っていたね。だから、吾輩と同じ信号を送ってやれば、吾輩がこの身体を吾輩として動かすことも可能なのだ。

ただ、なにぶん初の試みだ。この腕のように思わぬダメージを負うこともあるし、人格を送るのだ。どんな副作用があるかわからないんだよねぇ。それでも良いとウルラくんは言っていたけどね。まぁ、これだけ切迫した状況だ。魔人でも悪魔にでも魂を売ってもおかしくないね」


 本当にミト!? ミトなのか!?

 そ、それならホルンが助かるかもしれない!!


「ミ、ミト! ホルンを、ホルンを助けてくれ!」


 ウルラの姿をしたミトは小首を傾げる。


「吾輩とシグノくんの関係はあくまでギブ&テイクだよねぇ。そんな関係の吾輩が、ホルンを助けると思うのかい?」


「ッ!!」


 確かにその通りだ。

 ホルンを救うのに、タダでやって貰おうなんて、虫が良すぎるッ!


「僕が出せるものなら全てだ! 全て持っていっていい!!」


 ミトはニヤリと笑みを浮かべる。


「全部とは思い切るね。でもダメだ!」


「なっ!」


「それじゃあ、全然つり合いが取れていない。

吾輩はねぇ、独りには慣れていたつもりだし、全く苦でも無かった。仲間など不要だと思っていた。だけど、研究に行き詰ったときに、共に手を取り合う仲間がいるというのは、なんと勇気の出ることか。初めてこれが仲間かと感じたよ。この新たな感情は何物にも代えられないそうは思わないかい? これでは吾輩はもらい過ぎだ。何をどう返したらいいかわからないのだよ。

なぁシグノくん。仲間が仲間を助けたときはどうする?」


「え? あ、ありがとうって言うかな」


「じゃあ、それでいい」


 ミトは魔法の呪文を唱えると、ホルンに回復をかける。

 ホルンの胴に空いた穴はみるみる回復していく。


「さて、ここからが本番。この身体でどこまでいけるかな」


 再び魔法を唱えようとすると、


「我がおめおめとその娘を生き返らせると思うのか!?」


 ミトによって僕の攻撃が止んだ為、反撃の機会を持ったカローレが火球をミトに向かって打ち出した。


「吾輩は、これでも怒っているのだよ。それこそ、にゃはにゃは、あまり言う余力がないくらいにね。でも、怒っているのは吾輩だけじゃあない」


 その言葉の直後、ウルラの姿を借りたミトの背後から1つの影が飛び出す。


「ここから先はアタシが絶対に守るッ!!」


 その影の正体はレアンだった。

 炎の前で剣を構え、口に大量の食べ物を入れる。


 レアンはボロボロになりながらも炎を抑える。

 そして行儀は悪いがリスのように口の中に含んだ物を飲み込む。


よっひ良し! ひゃいふく回復!!」


 口にものを詰め込んでいる為、何を言っているのかは推測になる。


「時間稼ぎよろしく」


 ミトは再び詠唱を始める。

 そして、蘇生の魔法をホルンへかけた。


 光の粒子がホルンに舞い落ちる。

 以前見た蘇生の風景と同じだ。


「良かった。良かった。ありがとう。ミト、ウルラ、レアン」


 僕の視界は涙でぼやける。


「ありがとう」


 とにかくそれしか言えなかった。


「ゴホッ!」


 そのとき、ミトが急にむせ込むと、口から大量の血液が流れ出す。


「にゃ、にゃはは、この身体で蘇生はかなり負担をかけるみたいだね。あとはすぐに戦えそうな勇者とシグノくんを回復させるよ」


 ミトは今にも倒れそうになりながらもレイのもとへたどり着く。


「光のマナよ。MP50使い、この者を回復させよ」


 レイの傷が瞬く間に治っていく。


「これ以上、回復させるか!!」


 レアンはホルンを守るのに手いっぱいで、ミトまで手が回らない。

 その隙を突かれ、ミトへ炎が注がれた。


「ミト! ウルラ! レイ!!」


 爆炎が上がり、全員が炎に包まれたかと思いきや。


「水の盾が間にあったようだね。でも……」


 ミトは今度はウルラが使えるであろう水の魔法を行使する。

 けれど、ミトは本来水属性は使えないはず。


 その反動がやはり現れたのか、ウルラの鼻から血がぽたぽたと垂れる。


「レイくん、防御は任せていいかな?」


 レイは起き上がると、軽く頷く。

 それを見たミトは、ニコリと笑みを浮かべ、そのまま僕の方へ歩いてくる。


 しかし、僕の方へ歩いてくるということはつまり、カローレへ向かってくるということだ。

 いくらレイがいるといっても無茶だ。

 それに、僕は。


「ミト! 僕は大丈夫だ。この拘束を解いてくれたら自分でそっちに逃げる!」


 ミトはそれでもよろよろとしながら向かってくる。

 その間、カローレからの炎は散弾のように浴びせかけられ、なんとかレイが防ぐが、それでも熱や爆ぜた小石がぶつかり傷が増えていく。


「シグノくん、気づいていないんですか。あなたの身体は、とっくにボロボロです」


 いつの間にか口調がウルラに戻っていく。


「にゃはは。大丈夫、絶対にシグノさんも助けますから」


 僕は自分の身体を改めて見る。

 体中に裂傷があり、足は高所から降りた際に骨が折れている。剣を握れなくなったと思っていた右手は砕けていた。

 鎖骨はもちろん、肋骨も何本か折れているようで、呼吸の度に痛みが襲う。

 

「痛っ! こんな身体で僕は動いていたのか……」


「射程距離に入りました」


 ウルラが魔法を詠唱し、僕の身体が治っていく。


 それを見届けたウルラと頭上のミットはその場で倒れ伏した。

 同時に僕の拘束が解かれる。


「安全地帯!」


 僕はウルラの安全を確保すると、駆け寄った 


「シグノさん。これで、約束は果たしました。あとはよろしくお願いします」


「ああ、ありがとう! 皆! 絶対に勝つよ」


 安全地帯で道を作ると、僕はウルラを抱えて、ホルンの元まで戻る。

 ホルンの横に寝かせると、僕は振り返って、強大なドラゴンを睨む。


「皆、行こう!」


 僕が合図を掛けると、


「お前、バカだなぁ!」

「シグノ、0点だ」


 レアンとレイから同時にダメ出しを受ける。


「ヒロインの目覚めには王子さまがいなきゃダメだろ!」


 レアンの台詞にレイはウンウンと頷く。


「そうだぜ。それにその娘が目覚めるくらいの時間、俺らで余裕で稼げるからな」


 レイとレアンはニッと笑い、まるで示し合わせたように、同時にカローレへ向かった。



 レアンとレイは決めてに未だ欠けるが、カローレを完全に抑えていた。

 異世界スキルも二人のスイングで風を起こし、空気を混ぜて対応していた。

 本当に今日が初対面なんだろうかと不思議に思うほどの息の合いっぷりだ。


 カリッ。


 僕のすぐ横で、地面を引っかく音が聞こえ、すぐにホルンを見る。

 ホルンの瞼がゆっくりと開く。

 何が起きているのかと不思議な表情を浮かべるホルンに僕は説明を冷静にしている余裕もなく、そのまま力任せに抱きしめた。


「良かった。良かったよ……」


 涙が言葉を詰まらせ、それ以上、言葉を発することが出来なかった。






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