第90話 セシルたちの今


 クロードと一緒に魔の森へ帰ってから半年が過ぎた。今は家族でモントール共和国の首都ランツベルクへと移り住んでいる。


 魔の森へ戻ってから家族皆で話し合った。このままこの森の奥に住み続ける必要があるのかと。もう追ってくる者はいない。隠れ住む必要がないのだ。

 こんな辺鄙な所でもセシルにとっては物心ついたときからずっと住み慣れた我が家だ。森に住んでも肉……食料には事欠かないし、離れがたい思い出もあった。


 だがここが不便なのは確かだ。買い物などで森を出るのに徒歩で4日はかかる。

 今まではミーナがたまに買い物をしにザイルまで足を延ばしていた。だけど町の人からは魔の森から来た魔女と勘違いされていたみたいだしね。


 そしてクロードは、住むならヴァルブルク王国の動きがもっとも分かる町がいいと希望した。今でも彼は王国の動きを監視しておきたいらしい。そこでモントール共和国で最も多くの情報が集まる首都ランツベルクが候補に挙がったのだ。

 ランツベルクの冒険者ギルドのマスターであるフィリップは王都のギルドマスターと懇意にしているらしい。だから彼に聞けば王国のおおよその近況が聞けるのだという。

 そうして全会一致でランツベルクへの移住が決定した。そして魔の森へ戻って僅か1週間で引っ越すことになったのだ。


 セシルは魔の森の隠れ家を離れる前にその姿をしっかりと目に焼きつけた。ここで育ったセシルには、家や庭のそこかしこに忘れられない思い出がある。そして一度だけでもケントにこの家を見せたかったなと思った。





 ランツベルクの町へ到着してすぐに、5~6人で住んでも十分な広さのある家を購入した。お金はクロードが出してくれた。セシルは彼がお金持ちだったことにびっくりした。


 そしてミーナはその新居の一階のフロアを利用して治療院を始めた。なるべく多くの人の怪我や病気を治療できるようにだ。料金が安いのもあって、半年経った今でも訪れる者は後を絶たない。


「今日も患者さんが多いね」

「この仕事は暇なのが一番いいんだけどね」

「そうだね」


 ミーナは治療院が暇になることを望んでいるようだ。セシルもそう思う。





 そしてクロードはというと、ランツベルクへ来てからというもの現役冒険者として精力的に活動している。なんと彼はSランクの冒険者だったのだ。ギルドカードを見せてもらった時には驚いた。そりゃお金も稼げるはずだ。


「半年前おじいちゃんがSランク冒険者だって分かったときは本当に驚いたよ」

「ああ、王国で勇者を指導をする傍ら、ちょこちょこ冒険者ギルドに顔を出していたからな」

「ふふっ。おじいちゃん、今のほうがなんだか生き生きして見えるね」

「俺は冒険者のほうが性に合ってるからな」


 今のクロードを見ているとなんだかケントと重なってしまう。神殿に居た頃のハイノであれば重なることはなかっただろう。だけど今の陽気で活動的なクロードを見ていると、どうしてもケントを思い出してしまうのだ。





 そしてランツベルクへ引っ越して半年たったこの間、セシルは13才の誕生日を迎えた。そのときクロードとミーナ2人に誕生日プレゼントをもらった。初めての3人での誕生会はとても楽しかった。


「セシル、13才の誕生日、おめでとう!」

「セシル、おめでとう。お前の13才の誕生日を一緒に迎えられて嬉しいぞ」

「ありがとう、おじいちゃん、おばあちゃん」


 ミーナとクロードが嬉しそうに涙ぐんでいる。2人の祝福が嬉しくて、セシルも思わず涙が零れてしまった。


 ここにケントも居てくれたらな――そんな考えがふと脳裏によぎる。いくら時が経っても彼に対する思いは褪せずにセシルの胸に深く刻まれている。

 そんな時は無理にその面影を振り切らず、静かに目を瞑って彼の笑顔を思い出す。悲しくなるけど胸が温かくなる。それはセシルにとって、とても大事な時間だった。





 セシルはというと、ランツベルクへ来てからは、この町を拠点に冒険者として活動している。この間ランツベルクの冒険者ギルドで昇級試験を受けてCランクになった。ようやくケントと並ぶことができて嬉しかった。

 ほぼソロで活動するクロードと違い、セシルは仲間と一緒に冒険をするのが好きだ。だから依頼を受けるときはパーティを組ませてもらうことが多い。


 ときどきはヘルスフェルトの町へ行ってギードやミアと冒険をしている。最初はビアンカの穴埋めがきっかけだった。

 というのもこの半年の間にビアンカに赤ちゃんができたのだ。だから彼女の冒険は一時休業だ。早く生まれてこないかな。赤ちゃんの顔を見るのが楽しみだ。


 半年前初めてケントのことを説明した時、ギードたちはとても寂しそうな顔をしていた。二度と会えなくなるとは夢にも思っていなかったのだろう。ミアにいたってはしばらくピーピー号泣していた。





 今日はギードとミアと一緒にドレスデン墳墓へ来ている。ヘルスフェルトの冒険者ギルドでスカルリッチ討伐の依頼を受けたのだ。

 墳墓の中は管理用の通路があり侵入は容易だ。そしてその通路を進んだ奥の広間にスカルリッチが出現するらしい。

 それが夜間に墳墓から出てきて、この周辺の町や村に被害をもたらしているという。既に死傷者も出ている。


 スカルリッチはBランクの魔物で、ぼろぼろのローブを纏ったアンデッドだ。ローブの中身は人の形をした骨だが、その体躯は大きく2メートルを超える。

 そしてどの個体も魔導士タイプで知能が高く、多種多様な魔法を使ってくる。中でもこちらの防御力や攻撃力を下げてくる弱体デバフ系の魔法はかなり厄介だ。


 今の時刻は夕方の4時だ。ドレスデン墳墓の入口の扉を開けて3人で管理用の通路に侵入する。中はじめっとして黴臭く、予想通り完全に暗闇だ。

 入口で魔照明ライトの魔法を唱えて光の球体を出現させる。その明かりを頼りに通路を奥へと進むことにする。


 歩き始めてすぐに、突然ミアが全く緊張感のない声でセシルに尋ねる。


「そういえばケントはその、ニホンっていう所に居るんでしょ? もう回復したかにゃあ?」

「ミア!」


 ギードがケントのことを話し始めたミアを諫める。ギードはセシルに気を遣っているのだろう。何となくそれが申し訳ない。


「ふふっ。大丈夫だよ。ケントのことを思い出すと切ないけど、忘れちゃうよりよっぽどいい」

「セシル、ごめんにゃ……」

「ううん、それに皆がケントのことを忘れてないって分かって嬉しい!」

「そんなに想われてケントの奴も男冥利に尽きるな」


 ギードがニヤリと笑って言う。それを聞いてミアが猫耳をぴょこんと立てる。


「なになに、セシルってそうだったのぉ?」

「えっ、なに……?」

「もぉ、早く言ってよぉ。そっかぁ。セシルも恋するお年頃だもんにゃ」


 ミアが何度も頷きながらにやにやと笑う。そして話を続ける。


「でももうミアはケントのことは諦めて新しい恋を見つけるんだ!」

「え、そうなの?」

「うん、だって毎日ギードとビアンカに当てられてつらいんだもん……」


 ミアが半泣きでぼやく。家主でもある新婚夫婦のいちゃつく様は、年頃のミアにとってはさぞかし目の毒だろう。セシルは少しだけ彼女の気持ちが分かって気の毒に思った。


 そんな他愛もない話をしながら大分奥まで進んだ。段々と邪悪な気配が濃くなってきた。仄かにアンデッド特有のすえた匂いが漂ってくる。

 アンデッドの魔物は概ね神聖魔法や火魔法に弱い。恐らくスカルリッチは単体じゃないだろう。敵が現れたら、ギードたちが打ち漏らしたものを随時処理していくことにしよう。


「セシル、ミアにも少しは活躍の場面を残してほしいにゃ」

「何言ってんだ。お前の弓は骨相手じゃまとが小さすぎて苦手だろうが」

「頭蓋骨に当てれば大丈夫にゃ。百発百中でやってやるぅ!」


 ミアがギードに向かってニヤリと笑う。





 ようやく奥の広間に到着した。これまでに感じていた邪悪な気配が一層強くなる。禍々しく澱んだ空気に吐き気がしそうだ。

 セシルはすぐに全員に身体強化ブースト防御強化プロテクションをかけた。


 セシルたちの到着を察知したかのように、土の中から数体のスカルリッチが湧いてくる。予想通り単体じゃなかったようだ。奴らの目が暗闇で怪しく光る。


『死ネ』『殺セ』……


 奴らが呻くように言葉を発する。セシルはその様子を見て考える。


(この数ならいける。何とか魔法を使われる前に倒せるといいんだけど)


 奴らを視認するやいなやミアの目がまるで鷹のように鋭く光る。弓を構えた彼女はまるで別人のようだ。

 そして敵に向かって弓を力強く引き絞り、即座に狙いを定めて敵に矢を放つ。ここまでの一連の動作が非常に速い。


『ギャアッ!』


 1体のスカルリッチの頭蓋骨が粉砕された。頭蓋骨が粉砕されたら魔法は使えない。そしてコロンと魔石が落ちてきた。魔石は魔物にとって核のようなものだ。もうその個体の復活はない。

 流石自分でいうだけあってミアの弓の正確さと破壊力はぴか一だ。未だに彼女が狙いを外したのを見たことがない。そのまま2体目、3体目と仕留めていく。


 そしてギードはまるで獲物を狙う獣王のごとき威圧感を放つ。

 素早く手前のスカルリッチへと近づき、その頭蓋骨にセスタスを装着した拳を叩きこむ。そしてたやすくそれを粉砕した。

 そのまま両方の拳で次々とスカルリッチを屠っていく。その攻撃力とスピードは近接職なだけあってこの中で随一だ。


 セシルは密かに光の精霊ウィルを呼び出し、複数の聖光球ホーリースフィアを発射する。その神聖な光の球によって数多のスカルリッチが消滅していく。

 だが……。


『死ネ』『殺セ』『滅セヨ』……


 奴らの声が重なり地鳴りのように響く。広間のスカルリッチの数が一向に減らない。むしろ徐々に増えているようにも感じる。


「くそっ! 多いな!」

「ちょっと普通じゃないにゃ!」

「そうだね。このままじゃ埒が明かない」


 迅速に倒してはいるものの、それを上回るほどの速度で次々と湧き続けるスカルリッチ。この数は尋常じゃない。

 異常発生する原因がどこかにあるのかもしれない。それをどうにかしないと奴らは延々と湧き続けるかも。


「もしかしたらどこかにこいつらが異常発生する原因があるのかも!」

「ええっ!? でもここは広いしそんなの探してる余裕がないにゃ!」

「くッ、きりがねぇ! 処理しきらない奴が魔法を使い始めたぞ!」


 何体かのスカルリッチが攻撃魔法を放ってきた。このままではまずい。

 セシルは広間を見渡す。かなり広いようだ。魔照明でも向こう側の壁が見えない。でも精霊の力なら……。


「どこにあるか分からないならこの広間全体を浄化すればいい!」

「えっ!?」

「なんだと!?」


 セシルは即座に2人に指示を出す。


「ギードさん、ミアさん、1か所に固まって!」


 ギードが一度ミアの所まで下がる。それを確認して再び指示を出す。


「そのまま動かないで。『防御結界シールドプロテクト』」


 ギードとミアを結界で覆い、自身に防御強化プロテクションをかけなおした。そして密かに光の精霊ウィルを呼び出す。


(ウィル、お願い)

『任せてよぅ』


 光の精霊ウィルが姿を現す。だがその姿はセシルにしか見えない。


「『聖光浄化パージ』!」


 ウィルがその姿を光の波に変える。セシルの居る中心から神聖な光の波動が勢いよく地面に広がっていく。

 広間の中に無数に湧いていたスカルリッチが光の海に飲み込まれる。そして断末魔の悲鳴を上げながら一瞬で消滅していく。


 結界に守られているギードとミアは巻き込まれない。2人は驚いているのか、結界の中から唖然とその様子を見ている。

 今は辺り一帯見渡す限り神聖な光の海が広がっている。暗い広間の中が真昼のような明るさで照らされ、ありとあらゆる禍々しい気配が一瞬で浄化された。そして地面には消滅したスカルリッチの魔石がごろごろと転がっている。


 そしてその照らされた広間の奥に、色を失って割れた結晶のようなものがあった。慎重にそれに近づき、その欠片を手に取ってみる。

 どうやらそれは長年かかってこの墳墓の中の邪悪な気が凝り固まってできた結晶らしかった。浄化する前は恐らく漆黒だったであろうその欠片をアイテムバッグへ入れる。ギルドに報告するためだ。


 ウィルが姿を消し地面の光が急速に消えていく。セシルは再び魔照明を唱え光の玉を出す。


「ふぅ……。ギードさん、ミアさん、もう動いていいよ」

「ふわぁ、凄い綺麗だったにゃぁ」

「ああ、あんな魔法見たことないな」

(魔法じゃなくて精霊術なんだけどね)


 2人は見たことのない幻想的な光景に未だ感動しているようだ。今はもう広間は来たときと同じ暗闇となっている。だがもはや禍々しい気は感じられない。もうしばらくの間はここにアンデッドが湧くことはないだろう。


 ごろごろと転がる無数の魔石を拾ったあとミーアが感嘆の溜息を吐く。


「相変わらずセシルは規格外だにゃ……。お陰で助かったにゃ」

「まったくだな。よし、これでもうすぐビアンカのところへ戻れる」

「ギードはそればっかりにゃ。いい加減にしてほしいにゃ」

「ふふっ。ギードさん、ヘルスフェルトに戻ったら、まずはギルドへ報告に行かないと」


 ギードはすぐにでもビアンカの元へ帰りたそうだったがそういう訳にもいかない。


「ねぇねぇ、セシル。今度ランツベルクのイケメン冒険者を紹介してほしいにゃ」

「お前そればっかりだな。発情期じゃないのか?」

「あははっ」


 セシルはギードたちの会話を聞くのが大好きだ。軽口を叩きながらもお互いを大切に思っているのが伝わってくる。やっぱり仲間っていいな。


(2人といると本当に楽しい。やっぱり冒険は仲間と一緒が楽しいね、ケント)


 楽しそうに軽口を言い合う2人を眺めながら、セシルは遥か彼方に居る彼を想う。


(ケント、きっと日本で元気になってるよね。わたしは毎日幸せだよ。そしてまたいつかケントに会えたらいいな)


 静かに目を瞑り彼の笑顔を思い浮かべる。


 行きがけに歩いてきた通路を辿りドレスデン墳墓の外へと出る。もう既に夜の帳が降り、上を仰ぎ見れば落ちてきそうなほどの満天の星空が広がっていた。


 すっかり遅くなってしまった。急がなければと、ギードとミアとともに完了報告のためにヘルスフェルトへと向かうべく足を踏み出す。

 ふと足を止め、その吸い込まれそうな星空を仰ぎ見る。そしてセシルは再び大好きな彼を想った。




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