第32話 幸せの形
イリーネは祠の前に立つと、ヤンと向かいあって突然言葉を発する。
『ヤ、ン……。』
涼やかな透き通った声が、何かを伝えたそうに、辺りに響いた。
「「!」」
「っ! イリーネ! 話せるのか……?」
イリーネの突然の語りかけに一同驚く。ヤンは目を瞠ったままイリーネに問いかける。
『う、ん。……まだ、たくさん、は、しゃべ、れないけど。』
「無理しなくていい、ゆっくりでいいから。」
ヤンがイリーネを気遣い、優しく話しかける。
『この、祠。ヤン、の、気持ちが、籠って、るから。しゃべ、れるよう、になった。』
「そうか、嬉しいよ、イリーネ……。」
感無量といった感じでイリーネを見つめるヤンに、セシルは話しかける。
「きっと精霊になったら、イリーネさんはもっと話せるようになりますよ。」
「……そうなったらどんなに嬉しいことか!」
ヤンはそう言うと、セシルとケントにまっすぐ向き直り、深々と頭を下げる。
「お二人とも、本当にありがとうございました。お二人のお陰で、レイスに、この手で一矢報いることができました。わたしはあの時、……レイスに巻きつかれてもう駄目だと思った時、このままイリーネのもとへ行きたいと、そう思ってしまったのです。このまま死ねば、彼女と再び一緒になれると。でも生きていてよかった。こうしてまたイリーネの顔を見れて、彼女の声を聞くことができたのですから。」
ヤンが再びイリーネの顔を見て優しそうな笑みを浮かべて話す。ケントはそんなヤンに頷いて答える。
「そうじゃないかと思っていました。あの時貴方は生への執着を完全に捨てていたようでしたから。だけど、もし貴方がそんなことをしていたら、イリーネさんはひどく悲しんだでしょう。これからはイリーネさんのためにも、もっと自分を大事にしてください。」
「はい、本当にすみませんでした……。お二人の気持ちをも
ヤンは悲しそうに笑ってそう言うと、静かに表情を消して、村の方を見ながら言葉を続ける。
「私は、こうやってイリーネが戻ってきてくれた今でも、父と兄を許すことができません。できることならこの村を捨てて、イリーネと二人どこか遠いところで暮らしたい。だけど、イリーネがここにいる以上、わたしはこの村を離れない。この祠は、わたしが生涯をかけて守ります。」
「貴方を縛り付けるのはイリーネさんの望むところではないと思いますが、貴方がそれで幸せなら、イリーネさんもきっと貴方の願いを受け入れてくれるのでしょうね。俺もいつかはそんな風に思える相手を見つけたいですよ。」
ケントは頭をわしわしと掻いて笑った。そんなケントの言葉を聞いて、ヤンも照れくさそうに笑う。
「私はしばらくはイリーネと一緒にここにいます。……ケントさん、セシルさん、ギルドの依頼の紙を出してもらえますか? 認めのサインをしますので。」
ケントは依頼の紙をヤンに渡し、サインをしたものを返してもらう。
それからセシルは心配そうにヤンに話しかける。
「ヤンさん、気持ちは分かりますけど、ちゃんとお仕事もしないとだめですよ? ご飯もちゃんと食べて、お風呂も入って。なんだかヤンさんがここに張りついて動かない姿が目に見えるようで怖い……。」
セシルの心配を聞いて、ヤンが笑って答える。
「はは。そんなことをしたらイリーネに怒られてしまいそうですから、ちゃんとしますよ。これ以上悲しませたくないですからね。」
セシルは、そんなヤンと、ヤンに寄り添うように立つイリーネに、これからの二人の幸せを願いながら別れを告げ、ケントと一緒にビンゲン村を後にした。
レーフェンへの道の途中、セシルは思い出したようにケントに話す。
「ケントはかっこいいんだから、きっと可愛い彼女が見つかるよ。」
「はあ? なんだ、突然。セシル、俺を慰めてるのか? ……やめてくれ、悲しくなる。」
「そんなつもりじゃないんだけど……。もし僕が大人になってもケントに彼女がいなかったら、僕がお嫁さんになってあげるよ。」
「うん、ありがとーなー。その時お前に彼氏がいなかったらなー。」
なんとなく棒読みなケントの答えに、ちぇーっと頬を膨らませながら、セシルはレーフェンへの歩を進めた。
荷馬車で30分程走ったところで、レーフェンに到着した。
セシル達は、依頼完了の報告をしに冒険者ギルドへ向かう。カウンターで依頼書にある認めのサインを確認してもらい、完了報酬を受け取る。今回の依頼の報酬は大銀貨14枚だった。ケントと報酬を半分こする。
セシルとケントはギルドを出て、ビンゲン村へ行く前にこの町で泊まっていた宿屋に再び足を運んだ。チェックインして馬を預け、二人部屋を取って部屋に入り、ケントがセシルに向かって問いかける。
「セシル、明日の朝には次の町に行きたいんだが、いいか?」
「うん、いいよ。でも次の町ってどこだろう?」
「地図によると、次の町はレーフェンからさらに馬で南西に丸1日進んだところにある、ロシュトックって町だ。俺がザイルに来る前に一度立ち寄った街だな。俺、国境を越えてからザイルまで、2か月近くかかってるんだよなー。」
「ふーん。やっぱり
明日はいよいよ、レーフェンからロシュトックの町に出発だ。セシルはまだ見ぬ町を思い浮かべながら、明日に備えて早めにベッドに入った。
◆◆◆<フィーア視点>
ちょうどその頃。
フィーアはモントール共和国の中央に位置する首都ランツベルクに滞在しているヌルの部屋にいた。
「それでどうだったの? 結果は。」
街の中でも高級なホテルのその一室で、ヌルの目の前でフィーアが腕を組んで立っていた。ヌルが尋ねると、フィーアは飄々と答える。
「結論から言うと、失敗した。」
「へー、それで何人死んだの?」
ヌルはルームサービスで持ってきてもらった葡萄を一つずつ
「部下が2人。」
「それで何が得られたの?」
ヌルがまた葡萄を口に運ぶ。――ぱくり。
「まず、ケントは加護持ちに間違いない。巨人の大剣を俊敏に振り回し、移動スピードも縮地並みだ。」
「それは予想通りだね。」
フィーアはヌルに頷き話を続ける。――ぱくり。
「ああ。次に、ケントは一人じゃなかった。奴は魔力を持たないと聞いていたが、もう一人が計算外だった。」
「仲間がいたの?」
「ああ、年は10ちょいくらいの男のガキだ。そいつがキレて、大規模な無数の刃の竜巻を起こした。俺達はそれでやられた。」
「へえー、何それ、面白いね。」
ヌルは興味を持ったのだろう。フィーアの方に大きく身を乗り出して話の続きを促す。――ぱくり。
「……ブドウ、俺にもくれ。」
「……食べたきゃ自分で頼みなよ。」
フィーアは「チッ。」と舌打ちをし、話を続ける。
「あの
「ふーん……。会ってみたいね、その子。」
「もうひとつ気になったことがある。俺たちが竜巻に襲われたとき、ケントも一緒に巻き込まれたんだが、奴だけが全くの無傷で竜巻の中から出てきた。」
「へえ……、何かで覆われてたとか? それとも……。まあ原因はいろいろ考えられるけど、とにかくケントに魔法は効かないってことだ。」
「そうなるか。」
「うん。やったね、フィーア。部下2人でその情報を得られたならまあ黒字だね。赤字だったら、どんなお仕置きしようか考えないといけないところだったよ。」
「………。」
フィーアは、ヌルの緋色の瞳の中に凍り付くような冷たい光を見つけて、一瞬背筋が震える。
「とりあえずしばらくゆっくり休んで。多分今はノインが動いてるから。」
そう言ってヌルは蠱惑的な笑みを浮かべると、食べかけの葡萄の皿を「食べていいよ。」と言って、フィーアに手渡した。
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