第19話 再びザイルへ
セシルはケントに全てを打ち明けることを心に決めて、大きく深呼吸をしたあとに話を続けた。
「おばあちゃんは元聖女だったの。だからきっとその仲間の子の怪我も治せる。きっと噂になってる魔の森の魔女っていうのはおばあちゃんのことだと思う」
「まじか……」
ケントはセシルの言葉を聞き大きく目を見開いている。かなり驚いているようだ。
おばあちゃんと二人で魔の森に住んでいたとき、おばあちゃんは時々森の外にある町にいろんなものを仕入れに行っていた。なぜなら森の中ではどうしても手に入らないものがあるから。
もしおばあちゃんが魔女だと噂されていたのだとしたら、きっとそのときに見かけた誰かから
そりゃそうだよね。探していた魔女の孫が目の前に居るんだもんね。
「うん。それでね、わたしの治癒魔法も少し人とは違うの。『血筋』なんだと思うけど多分おばあちゃんと同じような結果が出せると思う」
「なんだって……!」
またまたケントが驚いて右手で口を覆いながら話し始める。
「これからずっと探さないといけないと思っていたのにこんなに近くに
ケントは嬉しさとも驚きとも取れるような複雑な表情をして大きく頷き話し始めた。
「セシル、頼みがある」
「……うん、分かってる。行こう、ケントの仲間の所に」
にっこり笑ってケントに答える。きっとそれが今セシルが彼にできる一番役に立てることだ。
(わたしにも、わたしだけにできることがあった。ケントの役に立てるんだ……!)
「ありがとう、セシル……。お前はどう思ってるか知らないけど少なくとも俺はお前のことも仲間だと思ってるからな!」
ケントはわしわしと頭を掻きながら照れくさそうにセシルに言った。
仲間。セシルがケントの仲間。すごく嬉しい!
「うん!わたしもケントのことを仲間だと思ってる!」
ケントの言葉に大きく頷いた。
翌日ケントと一緒に宿を出た。ザイルの町に戻ることにする。
宿屋を出たあと街を歩きながら突然ケントに尋ねられた。
「セシル、お前馬は持ってるか?」
「ううん、持ってないよ」
「俺はザイルの宿屋に馬を預けてるんだ。護衛んときそいつに乗って来ればよかったんだが……」
そう言ってケントは髪を掻きながら少し困ったような顔で話を続ける。
「……早い話が帰りの足がない。ここに戻ってくる前提で馬車か馬を借りるかそれとも馬を買って乗って帰るか。どうする?」
「馬……!? わたし馬欲しい! 乗りたい!」
馬! 小さい頃から一度乗って見たかったんだよね。物語に出てくるんだもん。すごく可愛いよね。
「お、セシルは馬に乗れるのか?」
「乗ったことはないけど、ケントが教えてくれれば乗れるよ」
「ふーむ、じゃあ、1頭だけ買ってザイルまでは俺が乗せていくよ。んで、それをセシルの馬にすればいい」
2人乗りかぁ。楽しそうだけど馬は大丈夫かな?
「2人も乗せて重くないかなあ、馬?」
「まあ大丈夫なんじゃないか? 俺の世界の馬より、ここのは一回りでかいみたいだからな」
今まで馬に乗ったことがなくて前から一度は乗ってみたいと思っていた。
町の広場で馬を売っている所がないかを人に聞いてケントと一緒に馬を見にいくことにした。
そこは町の近くの牧場の直営店だった。数頭の馬が繋がれている。その中の一頭の白い馬がふと目につく。
「可愛い……。」
その馬はくりくりとした目でセシルの動きを追っている。つぶらな瞳が本当に可愛い。
その白い馬に手を伸ばすとその馬は甘えるように鼻を摺り寄せてきた。いやー、絶対この子にする!
「お客さん。その馬は結構気性が荒くて滅多に人に気を許さないんですが、珍しくお客さんには懐いてるようですね」
傍で馬の世話をしていた店員がセシルと白馬の様子を見てそう話す。
この馬と自分は相性がいいのかな? そうだといいな!
「これ、いくらだい? 馬具も合わせて欲しいんだが」
ケントがセシルと白い馬の様子を見て店員に尋ねる。すると店員が少し考えて答えた。
「そうですねぇ。そいつは馬具込みだと大銀貨50枚になります」
「よし、買うよ」
ケントがそう言って懐から財布を取り出そうとする。セシルはそれを制止する。セシルの馬なのにケントにお金を払わせるなんてとんでもない。
「ケント、僕が買う。僕の馬だもん」
「は? 結構な値段だぞ。お前、金はあるのか?」
「うん、あるよ。森を出てくるときたくさん魔物を狩ってそれを売ったから」
そしてアイテムバッグからお金を取り出して支払いを済ませる。
店員は「毎度!」と言って馬に馬具を装着してくれた。
ああ、マイ馬だ。嬉しいなぁ!
「もう今から出発する?」
「ああ、まだ時間は早いし、用事を済ませたらさっさと出発するか」
こいつ俺のことは嫌わないだろうな、と呟きながら不安げな表情でケントが購入した馬に触る。すると馬はセシルにするのと同じくらい彼にも甘えているようだ。彼はその様子を見て明らかにほっとしている。
本当はこの子人懐っこいんじゃないの?とセシルは思った。
ケントは馬に鞍をつけたあとセシルを抱えて鞍の上に乗せて「どうだ、高いだろ?」と言って馬を引いて歩く。
セシルは馬から見える景色に胸がわくわくした。すごく高い! なんだかちょっと子ども扱いされてる気がするけど。
そういえば用事って何だろう?
「どこ行くの?」
そう尋ねるとケントは馬を引きながらセシルに振り向いて答える。
「昨日、兵士に連行を依頼した盗賊の懸賞金を貰いにギルドへ行くぞ。」
馬を連れて冒険者ギルドに到着した。レーフェンの冒険者ギルドはザイルのギルドより大きい。
中に入るとたくさんの冒険者らしき人達でごった返している。はぐれないようにケントの外套の袖に掴まってついていく。
「昨日ケントさんが依頼された盗賊たちの人相の確認が取れたとの連絡が入っております。全員で8人ですね。生死に関わらず賞金が出ますので……」
「生死に関わらず」……それを聞いてセシルは思わず俯いてしまう。死んだ男の顔が脳裏に浮かび胸が苦しくなる。
受付嬢は賞金についてさらに話を続ける。
「首領が金貨5枚。それ以外が一人2枚。合計で金貨19枚になります」
それではこちらをどうぞ、と受付嬢がお金を渡してくれる。ケントはそれを受け取るとギルドを出てから半分渡してくれた。
自分があまり役に立っていなかったことが気になって彼に尋ねてみる。
「……いいの? 僕あんまり役に立たなかったのに」
「そんなことないさ。当然の権利だ。セシル、いいか? 今後どっちがどんくらいってのは無しだ。二人で稼いだお金はちょうど半分こだ。分かったか?」
「うん、分かった。ありがとう、ケント」
「礼を言われるようなことじゃねえよ」
ケントはそう言うとセシルの頭をぽんぽんと大きな手で優しく叩いた。本当にお兄ちゃんみたいだ。彼といると胸があったかくなる。
そして少し恥ずかしそうに尋ねてきた。
「セシル、俺は金貨って初めてなんだけどどうも金の計算が分からない。この世界の金ってどういう仕組みだ?」
「金貨ってあんまり一般的じゃないのかもね。ええとまず、
銅貨10枚で銀貨1枚(1000円相当)、
銀貨10枚で大銀貨1枚(1万円相当)、
大銀貨10枚で金貨1枚(10万円相当)、
金貨10枚で白金貨1枚(100万円相当)
に両替できる感じかな。僕も金貨以上の貨幣は見たことないから、おばあちゃんから教えてもらっただけだけど」
「なるほど、そうなってるのか。銅貨(100円相当)と銀貨と大銀貨は分かるんだが、金貨と白金貨は見たことなくてな」
そう言って「所持金が潤ったなー」と呟きながらケントは笑った。
それから準備を終わらせて彼が馬の背中の前と後ろに鞍を乗せてまず後ろにセシルを乗せ、それから自分が前に跨った。そしてレーフェンの町を出てザイルの町へ向けて出発した。
ザイルへの道中でケントの世界の話、セシルの森での暮らし、色んなことをケントと話しながら馬を走らせた。
「この子の名前つけようかな」
「こいつは雌みたいだぞ」
「そうなんだ。じゃあ、マリー」
「なんでだ?」
「何となく」
白くて綺麗な彼女を見て何となく浮かんだ名前だ。可愛くてぴったりだと思うんだ。
ときどきマリーを休ませながらケントと一緒にザイルへ向けて走り続ける。
「ケントの馬は名前あるの?」
「ああ、ハヤテ号だ」
「へえ、かっこいいね」
「そうか?」
「うん、この世界ではあんまり聞きなれない響きだけどかっこいい」
しばらく走り続けて日が翳ってきた。あの大きな森も抜けたしこれだけ開けてたら見通しもいいし特に危険はなさそうだ。
馬を繋いだあと周囲に結界を張り、一方でケントは野営の準備を始めた。
アイテムバッグに残しておいたワイルドボアの肉を開いて、ローズマリーと塩を擦り込みしばらく置いておく。
その間にケントが準備した火の上に鍋をかけて、水魔法でそれに水を注いで沸かす。
バッグに入れておいた野菜を短剣で刻んで入れ、最後にソフィーがくれたソーセージとローレルの葉っぱと塩で味付けをする。
スープを煮込んでいる間に下味をつけておいた肉を焼く。
しばらくすると皮に焦げ目がついてきていい感じに肉の油が滴り始める。ワイルドボアは皮と肉の間が美味しいんだよね。
スープも柔らかく煮えていい香りが辺りに漂ってくる。
ケントはセシルが持っていたテントを設営していたが、くんくんと匂いを嗅いで「うまそーーー」と言いながら近づいてきた。
「準備できたから、食べようか」
「待ってました!」
セシルの言葉を聞いてケントは嬉しそうに両手を擦り合わせて火の傍に座る。目は肉に釘付けである。お腹が空いてるんだね。
そんな彼にスープをよそって渡す。
「……あちっ! …………うまっ!! なんだこれ! ちゃんと野菜と肉の旨味が効いてるぞ。ローレルの香りもいいな!」
「そう、よかった!」
ケントが自分の料理を褒めてくれた。褒めてもらえて嬉しい!
料理を口にしながら彼が寂しそうに話し始めた。
「俺さ、自分が旨いと思うものなんてこの世界にはないと思ってた……。ここの連中は皆旨そうに塩スープ飲んでるしさ……」
「そうだったの? 塩だけじゃ物足りないよね。ハーブとか使わないと」
「……そう! そうなんだよ! セシルが俺と同じ味覚を持っててくれて嬉しいわー。俺の食の未来に光明が見えたわ」
ケントが嬉し涙でも流すんじゃないかと思うほどに喜んで話す。美味しいものが食べれるのがよほど嬉しいんだね。
「ふふっ。お肉も焼けたよ」
「どれどれ……ぅんめええーーっ!」
ケントはこれまた喜んで焼けた肉にがっついている。それを見ていると凄く嬉しくなる。自分でもケントの役に立てるんだと素直にそう思えるから。
「しかし魔法ってすげーよな。水も出せるし火もつけれるし風呂もドライヤーもいらないじゃん?」
「どらいやー? ……うん、そうだね」
どらいやーってなんだろう? ケントの世界のものだろうか。
小さな頃から人は魔法を使えるのが当たり前だと思っていたから、彼の言葉を聞いて目から鱗が落ちるような気持ちになる。
「で、以前一緒に冒険した仲間が使ってたんだけど時空間収納ってやつ。あれもすごいな。ドラゴンの死体もしまえるんだぜ」
それを聞いてまたもや目から鱗が落ちる。そうか。それもすごいのか……。
「ケントは持ってないの?」
「俺は魔法が使えないから持ってないよ。売ってるのか?」
「売ってる所もあるかもしれないけど、よかったら作ろうか?」
「え、まじで!?」
そんな簡単なことで喜んでもらえるんだったらいくらでも作るよ。ケントの笑顔を見るとほっこりするんだ。
「うん、今ケントが持ってるバッグに魔法かける? 本当はバッグじゃなくてもいいんだけどそのほうが傍目に自然に見えるから」
「でも、魔力とか大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ。バッグ貸して」
ケントは自分のベルトに下げていたバッグの中身を全部取り出して渡す。
それを受け取り時空間収納の魔法をかける。一瞬バッグが明るく光る。
そしてそのバッグをケントに手渡す。
「はい、これでいいよ」
「え、こんな簡単なの!? おー、サンキュー!」
さんきゅー? さんきゅーってなんだろう?
ケントはバッグを受け取ったあと持ち物を次々と入れながらすげー、すげー、と騒いでいる。
「これ、取り出す時はどうするんだ?」
「中に入れてるものが自然と頭に浮かぶから、それを取り出すイメージを頭に浮かべると取り出せるよ」
「そうか。行方不明にならないだろうな……。こんなのあったらこの世界の人たちは楽だろうな」
バッグを上下から見たりひっくり返したりしながらケントが呟く。それを聞き肩を竦めて答える。
「時空間収納の魔法を使える人はそんなに多くないよ。消費魔力も大きいし」
「へえ……じゃあさ、セシルは転移魔法とかも使えたりするのか?」
「いや、僕……わたしは使えない。転移魔法陣はエルフ族の一部だけが使える禁呪なんだ。だからおばあちゃんでも使えない。……見たことがあるの? 転移魔法」
「ああ、見たどころか実際転移したよ。悪酔いして気持ち悪くなったけどな。以前一緒に冒険した仲間が使ってたんだ。あまり人には知られたくないって言ってたがあの子エルフだったのかもな」
へぇ、ケントは転移したことあるんだ。いろんなことを経験してるんだね。
「そうなんだ。僕……わたしはエルフも転移魔法も見たことないや。」
そう言ったセシルを見て、ケントは「ははっ」と笑って言った。
「セシル、『僕』でいいぜ。普段男の振りしてるんだから切り替えるのめんどくさいだろ。そのうち外で間違って『わたし』って言っちゃうぞ」
「そ、そうかな……」
「ああ、それに俺の世界には僕っ娘っていうのがあってだな……」
それからケントはモエがどうのとかツンデレがどうのとかよく分からない話を10分くらい続けた。そして、俺は興味ないがな、と言ってその話は終わったようだ。
話が終わったのを見計らって口を開く。
「実はわたしって言い換えたりするの勝手が悪かったんだ。今度から僕って言わせてもらうね」
「ああ、でも変態には気をつけろよ」
そんな会話を交わしながらセシルたちは楽しく夜を過ごした。
翌朝早く起きて餌と水をあげたあと、白いつやつやした毛並みをブラッシングしながらマリーに話しかける。
「昨日はお疲れさま。たくさん走ってくれてありがとうね。今日もいっぱい走らせちゃうけど、よろしくね」
「ブルルルル」
そう言ってマリーの鼻を撫でた。
そしてセシルはケントと一緒に朝ご飯を食べて再びザイルへと出発した。
◆◆◆ <エメリヒ視点>
―――時を少し遡った王国のとある場所。
「冒険者から聖女様に会わせてくれと面会依頼が出ております」
部屋に入ってきた文官風の男が淡々と報告をする。
冒険者だと? 約束もなく聖女に会いたいなどと迷惑な奴らだ。
「冒険者?」
「はい、ギードとビアンカと名乗る2人です」
「聖女様はお忙しい。ユウキ様の勇者お披露目の儀式の準備でな」
「はっ、かしこまりました。すぐに追い返します」
全くこの忙しいのに一般人の相手などしていられるか。
「それよりも、カブラギケントの行方はまだ分からないのか?」
「はい。グーベンの町でこちらの追手を返り討ちにしたあと、国境を越えてモントール共和国に入国したものと思われます」
返り討ちにしたなどと。あの男……スキルがないと言っていたがどうも怪しいな。
しかし国を越えたか。厄介だな。
「ふむ……。恐らくまずは国境近くの町に向かっただろう。足取りを追え」
「かしこまりました、エメリヒ様。しかし、あの男スキルがないのでしょう? 追っ手をかける程の価値があるのでしょうか? 我々の脅威になるとは思えませんが……」
スキルなど所詮自己申告だ。本人が黙っていれば我々には分からない。
それに結果だけから判断すれば加護なしとは考えにくい。異世界人でもスキルのない者が本職の暗殺者を返り討ちにできる可能性は限りなく低いからな。
「何のスキルもなければ、この城からは運悪く逃げられたとしてもグーベンで無事始末できているだろう。送り込んだのは暗部の精鋭だ。それを返り討ちにしたとなると加護持ちであることを隠していた可能性がある。魔力なしとはいえ加護持ちの異世界人の戦力は計り知れない。その戦力が他国に流れる脅威だけは絶対に防がねばならん」
「なるほど、差し出口大変失礼いたしました。今すぐ追っ手を差し向けます」
「……抜かるなよ」
一礼をして文官風の男が退室する。
「この先あの男の味方につく者が現れるような事があると厄介だな……」
驚異の芽は早めに摘み取っておくのが正解だな。
神官エメリヒはその双眸にギラギラと野心の光を湛えながら窓の外を眺めて独りごちた。
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