第15話 国境を越えろ <ケント 過去編>


 宿屋のベッドの上でふと夜中に目を覚ます。いったい今は何時だろうか。深夜なのは間違いない。

 誰かが闇の中から俺を見ているのが分かる。周りは暗闇だが視線を感じる。頭が冷えていく。まだ目が慣れない。神経を研ぎ澄ませろ。

 突然目の前の闇が動く。ヤバい!

 咄嗟に右側に置いてあった大剣を手に取り構える。すると即座にカキーンと火花が散った。


 初めての敵からの攻撃に動揺し緊張する。加護のお陰で動き方は分かるが戦闘経験は全くない。当たり前だ。俺はサラリーマンだからな。

 暗殺者は不意打ちに失敗したことを悟り、後ろに飛び退いて一度俺から距離を置く。どうやら奴は俺よりも夜目が効くらしい。俺の大剣の長さを認識したようだ。


「……お前、誰だ?」

「………」


 俺の問いかけに暗殺者は何も答えない。ようやく闇に慣れてきた目で相手を確認すると全身黒装束を纏っている。いかにも暗殺者ですといったその風体から考えると恐らく城からの追手だろう。その覆面の間からこちらを睨みつける目だけが異様にぎらぎらとしていた。


 大剣を構えるとすぐに奴は俺の間合いに入って、構えた短めの剣を俺の心臓を目がけて突き出す。それを横に躱すと奴はそのまま剣を俺の胴を横一文字に薙ぎ払う。それに反応し咄嗟に後ろに飛び退き紙一重で躱す。


 敵の攻撃はかなり素早い。それなのに敵の剣筋の予測がついてしまう。恐らくそれも『闘神の加護』の力なのだろう。

 加護のお陰で力はもとよりスピード、視覚、聴覚、そして嗅覚さえも常人の域を超えてしまっているようだ。チート過ぎる。


 再び奴は俺の間合いにかなり低い姿勢を維持したまま飛び込む。構えから剣をそのまま助動作なしで上に振り上げる。


「させるかよっ!」

「……!!」


 大剣を握る右腕の手首を力任せに回転させる。目の前で大剣が上向きに半円を描く。奴は剣でそれを受けるが体ごと弾き飛ばされる。


「かはッ……!」


 暗殺者は背後の壁に背中を激しく打ちつけ苦しそうに息を吐く。

 そして再び起き上がり俺の大剣の右側に大きく迂回しながら、構えた剣で俺の喉を刺し貫こうと狙いをつける。

 その刃がまさに到達しようとする瞬間、それを大剣で上に弾き飛ばす。そしてそのまま右に剣を振り抜き奴の胴を薙ぎ払った。奴の胴を深く斬る。生々しい感触が手先から伝わってくる。


「がはぁッ……!」

「!!」


 暗殺者はそのまま膝から崩れ折れ、うつ伏せに床に倒れ動かなくなった。ゆっくり剣を下ろし、血溜りの中で物言わぬ屍となった奴の躰を見つめる。目を背けたくなる凄惨さだ。


(まじかよ……)


 頭から冷えていくのがわかる。日本では平凡なサラリーマンだった。当然人間はおろか動物さえ殺したことはない。

 胃からこみあげてくるものを抑えることができずその場に蹲って嘔吐する。手には命を奪った感触が生々しく残る。

 だが殺らなければ殺られていた。この先もこんなことが続くのか。生きていくために。


 こみあげる嘔吐感を抑えながら宿屋の主人に報せる。しばらくすると町の警備兵が来て強盗ということで処理をしてくれた。

 皆が出ていって部屋を換えてもらってからも、目に焼きついた死の光景を拭うことができず朝まで一睡もできなかった。




 翌朝、朝食を取らずに国境へ向かう準備をしながら昨夜のことを考える。

 恐らくあれは城からの追手だろう。どうやら俺を放っておいてくれそうにはない。

 一刻も早く国を出たほうがいいと認識を改め出発の準備を終え馬房に向かう。

 馬房に繋がれている将軍のものだった馬、ハヤテ号の無事を確認してほっとする。よかった、ハヤテ号は無事だ。


「ちときついかもしれんが頼むな」

「ブルルル」


 ハヤテ号に跨って首を撫でながら話しかける。ハヤテ号は俺に答えるかのように鼻を鳴らす。

 俺は体調は万全から程遠かったが急いで宿屋を出た。




 グーベンの町を出たあと国境へ向かってひたすら走り続ける。

 王都からグーベンまでがあの時間で到着したわけだから、国境へは今夜半までには到着するだろう。

 途中でときどきハヤテ号を休憩させながら国境へ向かう。




 夜9時くらいにようやく国境門に到着する。俺より先に城から連絡が来ているんじゃないだろうかと不安になる。

 ハヤテ号はどうしようか。今は金を持っているが餌などですぐに底を尽きるだろう。

 だが国境を越えて距離を稼ぐまでは馬がほしい。まあ冒険者やらなんやらやって金を稼げば養えないこともない……と思いたい。


「おい、ハヤテ号。お前どうしたい? 城に戻りたいか? 俺と来るか?」

「ブルルルル」

「そうか、俺と一緒にいたいか。じゃあ、頑張って国境を越えような!」


 ハヤテ号の意志を尊重し、一緒に国境を越えることにする。

 武器を隠しフードを深くかぶって馬を引きながら門兵に近づく。


「お疲れさまです」

「身分を証明するものはあるか」

「私は肺を患って王都を追い出されてしまいまして、身分を証明する物を何も持っていません。感染するからお前は国を出ろと王都の騎士様に言われてここに来たのです……。ゴホゴホ……」


 わざと兵士に向けて咳をすると彼はあからさまに嫌そうな顔をする。まあうつされるのは嫌だものなぁ。


「お、おい、大丈夫か。……だがそんな連絡は受けていないぞ」

「え、そうなんですか……。でもこのまま引き返す体力ももう残っていません。その辺で死んでしまうかも……。ゴホゴホ……」

「ああー、もう分かった分かった。早く行け! そしてなるべくここから離れるんだ」

「はい、ありがとうございます……。ゴホ……」


 咳き込みながらハヤテ号を連れて国境を越える。モントール共和国へ入ったあと国境門が見えなくなるまで歩きそこからハヤテ号に乗る。

 持ってる地図じゃ次の町くらいまでしか書いてないな。えーと、近くにあるのは……。ヘルスフェルトの町か。


 取りあえずの危機を脱したことで若干肩の力が抜ける。走り通しだったからハヤテ号も疲れているだろう。そう思って緩めのスピードでヘルスフェルトへ向かうことにする。




 しばらく走ってヘルスフェルトの町に到着した。街はヴァルブルクの王都ほどではないがそこそこ大きな町だった。真夜中なのもあり人はあまり歩いていない。

 疲れはピークに達していた。なんとか力を振り絞ってハヤテ号を引きながら馬房つきの宿屋を探してチェックインする。

 ずっと眠れなかったのと移動の疲れで精神的にも体力的にも限界だった。そしてハヤテ号を預け真夜中過ぎにようやく眠ることができた。




 翌朝目が覚めたときはもう10時を回っていた。前日あまり眠れなかったからだろう。随分長い時間寝てしまったらしい。

 金を稼ぐために宿屋を出る。戻れないならこの世界で働くしかないだろう。




 宿屋を出て町の広場へ向かう。なんとかこの町の情報が欲しいな。働く場所を探すにはどうしたらいいんだ? ハローワークとかないよな。

 朝飯がてらその広場の屋台の恰幅のいいおじさんに尋ねてみることにする。


「おっさん、串焼き3本くれ」

「あいよ!」

「あのさ、この辺に旅人でも仕事できるとことかない?」

「あー、旅人が職に就くのは難しいなぁ。冒険者ギルドなら登録して単発の依頼をこなせば金は手に入るぜ。腕が立たないと辛いがな。ほい、串焼きおまちどう! 銅貨6枚だ」


 親切なおじさんは丁寧に教えてくれた。この世界も捨てたもんじゃないな。

 旨そうな串焼きを受け取って懐から金を取り出しつつさらに質問を続ける。


「その冒険者ギルドってどこにあんのかな?」

「ほら、あそこだよ。広場の北側のでかい建物だ」

「ありがと、釣りはいらないよ」

「毎度!」


 冒険者かぁ。俺にできるかな。いや、案外合ってるかもな。

 おじさんに銀貨を1枚渡して屋台を後にしそのままギルドへ向かうことにする。




 冒険者ギルドにはいわゆる冒険者っぽい奴らがいっぱいいた。いや、俺も暗殺者に備えてフル装備だからあんまり変わらないか。俺も今日から冒険者かぁ。

 受付で説明を聞いて冒険者登録とかいうのを済ます。大剣が珍しいからか他の冒険者にやたらじろじろ見られる。かっこいいだろ、俺のツヴァイハンダー。

 とりあえず自分が食うのとハヤテ号を養うための金を稼がないといけない。


 受付で教えてもらった掲示板を見てみるとDランクにオークの討伐というのを見つける。これを受けようと受付で聞いてみるとパーティっていうのを組まないと受けられないらしい。俺はまだFランクだしな。

 仕方がないのでその辺の冒険者に声をかける。


「オークの討伐でパーティを組んでくれる人を探してるんだが誰かいないか?」

「お兄さん新顔だね。よかったらあたしたちと組もうよ」


 そう答えてくれたのは背中までの金髪が印象的な妙齢の美女だ。そしてその傍には弓を背負った小柄な猫耳がついた少女と、40才くらいのがっちりした男がいる。


「ケントです。よろしくお願いします!」


 願ってもない美女の言葉に即座に応じる。なんかとんとん拍子で怖いくらいだな。


「あはは、よろしくね。あたしはビアンカ。うちらはDランクのチームだよ」

「ミアだよ、よろしくにゃん」

「ギードだ」


 ビアンカのチームのそれぞれと握手を交わす。

 ん、少女には尻尾もあったか。動いてるから本物だな。獣人ってやつか。触ったらセクハラになるかな? うん、やめておこう。

 挨拶のあと受付で正式に依頼を受けて馬で目的地へ向かうことにした。


 町から10キロほど離れたところにオークが砦を作っているらしい。で、そいつらにたびたび人が襲われる被害が出ているんだと。

 魔物ってのを見たことがないからかなりビビっている。

 ビアンカたちの話によるとオークっていうのは人間の女性を攫ってきて繁殖するらしい。反吐が出そうだ。




 目的地の砦から少し離れた場所に到着した。砦は遠目に見ると普通に木材が使われているような人工的なものだった。

 だがすごくやっつけ仕事な雑な造りだ。魔物だと所詮こんな物しか造れないのだろう。


 近くの木に馬を繋ぎ皆で作戦を立てる。

 まずはミアが弓で見張りを殺す。そのあと全員で砦に近づいてビアンカの魔法で遠隔攻撃しつつ、打ち漏らして接近してきた残りの敵をギードと俺で潰していくといった感じだ。

 作戦というにはかなりおおざっぱだ。


 いよいよ作戦開始だ。かなり緊張する。魔物を目にしたことすらなかったからな。

 遠くから見てみると砦の入口にある見張りのやぐらに2体のオークがいる。見た感じ奴らは弓を装備しているようだ。近づいてくる者を遠隔攻撃し仲間に危機を報せる役目だろう。


 砦に近づきミアが見張りに向かってぐっと弓を引き絞る。彼女が右手を放すと見張りは頭を撃ち抜かれ音もなく倒れる。

 すぐに次の矢をつがえ再び発射して2体目の頭を撃ち抜く。


「すごいな! 正確でそして早い」

「まあねん」


 ミアは得意そうに口の端を上げてあまりない胸を張る。ちなみに俺は特に巨乳好きというわけではない。

 最初は正直弓で敵を一撃で仕留められるもんなのかと半信半疑だった。

 だがミアの放つ矢は小さな体からは想像できないほどの破壊力を秘めていた。それと寸分違わぬ正確な急所への一撃。的確に2匹の頭を撃ち抜き息の根を止めることのできるその実力は本物だ。

 正確さと破壊力の両方を併せ持つとかまるで弓の申し子みたいだな。異世界には凄い奴がいるもんだ。


 作戦通りミアが弓で2体の見張りを仕留めたあとすぐさま全員で砦へ接近する。

 ギードを先頭に砦に足を踏み入れる。次々と出てくる敵の集団に対しビアンカの火魔法とミアの弓による射撃でその数を減らす。すると打ち漏らした残りのオークがこちらへ走ってくる。


 敵は様々な武器を手に持ちそれを振りかざしてくる。ギードはそれを左右に躱しながら拳を敵に叩き込み、ふらついた敵の首を捻って止めを刺していく。

 そして後ろから襲ってくる敵には回し蹴りを当てている。

 一方俺は複数で来た敵を大剣で纏めて横一文字に薙ぎ払う。


『グアアッ!』


 躰が両断されたオークの上を更に別のオークが踏みつけて迫ってくる。敵が振り下ろした武器を敵の右側に躱しながら、体を半回転させてそのまま右に振り抜き敵の体を切り裂く。


『ギャアーーッ!!』


 オークの断末魔の叫びが辺りに響く。


「やるじゃねえか!」

「おうよ!」


 無口なギードに珍しく褒められてちょっと嬉しかった。だが内心は敵を斬ったときの感触が気持ち悪くて吐きそうだった。

 いくら戦闘能力が高くても、相手が人間でも魔物でも命を奪う感触にはこの先も慣れそうにない。


 結局全部で50体以上いたオークをあっという間に殲滅し討伐依頼を完了する。流石Dランク冒険者のチームだ。

 オークの体内にある魔石を取り出し(これがまたオエーなんだが)死体の処理を行ったあとオーク砦を後にした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る