第13話
気がづけば布団に入り天井を見上げていた。
畳の香りがする。広くてキレイな和室。俺の身の丈に合わない立派な部屋だ。
上体を起こす。部屋の照明は薄暗かったが。すぐに銀色の髪の少女の姿を発見した。
「さっきも言おうと思ったんだけど、その浴衣かわいいな。似合うぞ」
「健太郎! 大丈夫なの⁉」
枕元に駆け寄ってくる。
「ああ。心配すんな。言っただろう。いつものことだって」
「でも……」
「箱根に来てからは、毎日温泉入っているからか、割と調子良かったんだけどな。今日は暴れすぎたか」
エミリがポットからお茶を入れてくれる。そして俺の真横にペタンと座った。
「庵田さんが部屋取ってくれたよ。あの人いい人だよね」
「ああ。俺もさほどキライじゃない」
お茶を口に運ぶ。
「いつから……? その咳」
エミリが目を逸らしながら言った。
「戦争が始まってからだ。もともと体は強くなかったけどな。一回だけ医者に見せたら『粉塵』のせいじゃねえかって言われた」
「その……それで健太郎は、『なにかを残したい』って思っているの?」
「命が短いかもしれねえからってことか? それは関係ねえよ。こんな時代だ。いつ死ぬかなんて皆わからねえ。いやこんな時代じゃなくたって。千年生きる人間はいねえ」
障子には俺とエミリの影――
「だからさ。なにかを残すってのが生きるってことなんじゃないかと思うんだよな」
エミリは真剣な顔で俺の目をまっすぐに見つめている。すごい顔が近い。
「でもな。そんなことは他人を巻き込むことじゃねえよな。エミリ、お前にまで命を張れとは言えねえ。なんだったら一千万はおまえが持っていってもいい」
「……そんな言い方はずるいよ」
エミリは俺の肩にパンチを振り下ろした。
――肩に手を置いたまま。しばしの沈黙。
「健太郎。色々しゃべってくれてありがとう。あなたが考えてることよくわかったよ」
微笑みを浮かべている。少し目が潤んでいる。
「でもさ。それはさ。生きることよりも、幸せに生きることよりも大事なことなの?」
エミリの顔を見ながら。少し考えた。今の自分のことを――
「前まではそう思っていたよ。毎日ヤケクソみてえに暴れまわってさ。死んだっていい。いや、奴らと刺し違えて死んじまいてえ。早く弟に会いてえ。なんて思っていた。タバコなんか吸ってんのもその現れかもな」
「やっぱりそうなんだ。前までの私とおんなじだね」
「だが今は少しだけ違う。両方取ってやろうと思ってる。自分の信念と――」
エミリの目を見つめる。俺はその小さな頭に手を乗せた。
「幸せに生きること。おまえと出会って。俺は少し変わった」
……非常に照れくさい。エミリは呆然とした顔。なんか反応しろよ!
「と、とりあえずタバコはやめようかな! あとさ! そのホラ、ヤツラを倒さずして、おまえの言う安住の地みたいな場所が本当にあるのか! た、大変疑問だゾ! だから結局安心して生きようと思ったら奴らを――」
一滴の暖かいしずく。畳に置いた俺の掌に落ちる。
「なんだ、泣く奴があるか」
「私、今すごく嬉しいの。すごく幸せ。でも。だから。すごく怖い。負けるのが。失うことが」
「ばーか。負けるのを怖がる奴は博打じゃあ絶対に勝てねえぞ」
「ねえもう一度約束して。今度は裏切らないって」
「……おまえもしつこい奴だな! まだトイレブランチャ―を根に持ってるのか!」
「違うよ。今度の裏切らないっていうのは。必ず勝つっていうこと」
「ああそういうことか。わかったよ。約束する」
「……ちゃんと行動で示してくれないと」
そっぽを向きながら言った。
「ん? よくわからないが、なにをそんなに顔を赤くしているんだ?」
「だから! その……前に約束してくれたときと同じことをしてくれないと!」
――前に約束した。あの満月の日。さつきとの麻雀勝負のあと。湯本駅の近くの足湯で約束したときのことだろうか。
あのときと同じこと……。ああそうか。なるほど思い出した。
「ちゃんと最初からそう言え」
エミリの肩に手を置き、顔を近づける。俺の顔がエミリに触れた。
「後悔しねえか」
「するモンか!」
エミリはニカっと笑いながら言った。
もう一度顔を近づける。そして。
「あっ……。もう……。体調は大丈夫なの……?」
「ああ。元気だ」
電気を消した。
「ね、ねえ、無言にならないでよ。恥ずかしいからなんかしゃべりながら……」
「そんな器用なことできるか」
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