第10話
僕が怜子を愛しているのは、もう事実である。
しかし、怜子は僕の事を愛してくれているのだろうか。
それは普段の怜子をみていると解る。
愛してくれているに違いない。
となると、僕の愛と、怜子の愛は、どちらが重いのであろうか。
画家の岡本太郎さんは、たとえ相思相愛の2人でも、そこには必ず温度差があるから、突き詰めれば、恋愛とはすべてが片想いであると言った。
それを読んだときに、名言だと思った。
今の、僕と怜子の間を考えると、どうだ。
怜子は、僕のために夢を諦めたのだから、僕への愛は、周りの友人たちの夫婦と比べてみても大きいに違いない。
それに比べて、僕の愛はどうだ。
始めは、愛してはいなかった。
でも、愛する努力をした挙句に、僕は怜子を愛し始めた。
そして、怜子に復讐のコーヒーを淹れたり、怜子に夢を諦めさせたり、そんなことをしているうちに、僕の愛は深まっていったのである。
怜子に復讐をする、そのエネルギーが愛に変わっていった。
そんなこともあるのだ。
嫌がらせをしている間、僕は怜子が可哀想でならなかった。
その可哀想を何度も繰り返すうちに、その可哀想の分だけ、愛しているに変わっていったのだ。
そして、今僕の心の中を覗いてみると、その愛はとてつもなく大きなものとなっている。
或いは、怜子の僕にたいする愛よりも、僕の怜子に対する愛の方が、はるかに大きいのではないかと思うのである。
可哀想が大きくなることで、比例して増していった愛。
ひょっとしたら、僕の怜子に対する復讐や嫌がらせを止めたら、怜子への愛も少なくなっていくのだろうか。
ただ、今の僕には、そんな相対的な愛には思えないのである。
何か大きな運命とでもいうような大きな力で怜子を愛し始めている。
ただ、怜子への愛が、僕の心の中なのか、頭なのかなのかに、ただ存在しているという感覚だ。
或いは、絶対的な愛と云うものだろうか。
たとえ、怜子への可哀想がなくなっても、怜子への愛は変わらない。
怜子の僕に対する愛が、たとえ大きくなっても、小さくなっても、ただ僕の愛は、そこに存在する。
ただ、怜子を守っていきたい。
ただ、怜子を悲しませたくない。
不動の愛というようなものではない。
そんな頑丈な愛じゃない。
でも、他の何物にも左右されない、怜子への思いがそこにある。
ただ、怜子だけを見ている。
それは弱い存在なのかもしれない。
もともと、怜子を見た時に、ひと目惚れだとか、そんな動物的な衝動で愛し始めた訳じゃない。
僕の計画を実行に移すために、無理に僕の気持ちを押さえつけて、愛する努力をして愛したのが始まりだ。
だから、猛烈な愛と云うものであるはずがない。
なのだけれど、今、確かに僕の心の中に愛が存在する。
たとえ、怜子が僕を、嫌いになっても、それは変わらない自信がある。
たとえ、怜子が僕を、恨んでも、僕の愛は変わらない。
僕の愛は、怜子の愛に対しても、他の女性に比べても、相対的ではなくなってしまっているのである。
言うなれば、怜子しかいない。
不二の愛である。
不二の愛ならば、それを壊すことは、僕と言う存在を壊すことと同じだ。
というよりも、僕を壊しても、愛は残されるだろう。
僕のいない、この場所に、ポツリと愛だけが残っている。
家の近くの小さな公園のベンチに、ただ僕の愛が置かれている。
近所の子供らが、ブランコ乗ったり、滑り台で笑ったり、そんな光景の片隅で、ただ、何も感じないで、ただ僕の愛が、ポツリと置かれている。
そんな感じだ。
夜になって、星空を見上げる僕の愛がいても、誰も気が付くものはいない。
霊感の強い野良猫だったら、僕の愛を見つけて、じっと様子を窺うかもしれないな。
明るい月の下に野良猫と僕の愛が、相対して静かに固まっている。
そんな感じだ。
僕が壊れてしまっても、決してなくなりはしないし、そのままで存在する。
とはいうものの、僕はその愛を、置き去りにしたまま、怜子への最後の復讐をしようとしているのである。
復讐を終えた時に、残る僕の愛は、果たして泣いているのだろうか、ただ固まっているのだろうか。
僕に復讐をされた怜子の愛は、果たして、消えてなくなってしまうのだろうか。
僕の仕打ちに怜子が気が付いたときに、怜子の愛は、恨みの感情に変化してしまうのだろうか。
もし、そうなら、怜子の愛は、極めて平凡な相対的な愛ということになる。
でも、普通は、そうなるだろう。
自分が、恨まれていたとか、復讐をされたというのに、まだ愛しているなんて人間は、いないのが道理だ。
そんな鈍感な人はいない。
でも、怜子は、それでも、僕の事を愛し続けてくれるという、何だろう、希望なのか、根拠のない、そして曖昧な思いが、僕にはある。
本当なら、そんな都合の良い話はないのだけれど。
しかしだ、そんなことを考えるのは、僕が怜子に、そうであってほしいと望んでいるからだろう。
理屈に合わない思考回路である。
僕が、怜子に復讐をして、怜子のこころを打ちのめした時に、それでも、少しでも僕への愛があったなら、それは僕の愛と同じ不二の愛だと確認できるのかもしれない。
ありえない。
でも、もしそうなったら、公園のベンチの僕の愛の横に、怜子の愛は座ってくれるのだろうか。
ありえない。
ありえないだろう。
そんな言葉を何度もつぶやいた。
そして、言った。
仕方がないのであると。
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