20日目 Big Boob Emo

 このまま、僕はたぶん、死ぬのだと思う。

 そんなことをおもいながら、静かに冷蔵庫を開けた。

 母親の死体が詰まっていた。

 正直、何も食べる気などしなかった。飲む気もしない。高校生だが、隠れてお酒をたしなんでいたし、煙草も吸っていた。その意欲さえ、綺麗に消え去ってしまう。

 不思議な気持ちだった。

 冷蔵庫の二段目にいる、母親の切断された、顔の一部分と眼球が、こちらに向いている。久しぶりに顔をまじまじと見つめた気がした。

 寂しい気分になる。

 冷蔵庫から垂れた母親の血液には、何か黒いものが混じっている。

 お醤油だった。

 押し込んだ時に、冷蔵庫の中に入れていたものを倒したのだろう。そもそも、お醤油は常温保存で大丈夫なものだから、冷蔵庫にあるべきものではない。もちろん、中にはいっていてもいい。

 この家のルールは冷蔵庫の中にあるお醤油が全てだった。

 あとは、特に何もなかった。

 自由にさせてもらっていたと思う。

 僕は泣いていた。

 二つの意味で泣いていた。

 椅子に座り、机の向こう側に座る彼女を見た。

 当然だが。

 両腕と両足は切断され、うなだれていた。

 僕は。

 そうやって彼女を殺した。

 彼女は動かないし、もう、動いてほしいとさえ思わなかった。

 彼女が母親を殺し、僕が彼女を殺した。

 とうとう、この家には僕しかいなくなり、静かになる。いつものようにご飯は出てこないし、雨戸は誰かが開けないといけないので、光は入って来ない。空気の循環が良くないのが悩みの僕の住む家は、築三十年で、正直、至る所に損傷がある。

 これが、味だという人もいる。

 僕はそう思わない。

 これは、味がある、とか、そういう事ではない。

 これが、この家、そのものなのだ。

 僕は、少なくとも、家に住んでいたのではない。

 僕や母親、家族が付けた傷の中に囲まれていたのだ。

「何故、僕の母親を殺したんですか。」

 彼女は、血を流し続けながら沈黙する。言葉が出ないようにしたのだから、そうなのだが、それでも返事が欲しかった。

 分かっている。

 分かっはいるのだ。

 僕の。

 僕の母親が悪いのだろう。

 僕は、僕の母親の仕事を知っているし、僕の彼女が僕のために母親を殺したことも分かっていた。なのに、殺さざるを得なかった。復讐をせざるを得なかった。

 誰かが。

 馬鹿げている。

 と、言った気がした。

 誰かが。

 君にも思う所があったんだよね。

 と、優しく語り掛けてきたような気がした。

 無責任なくせに。

 知らないよ。

 もう。

 何も知らないよ。

 僕は机の下で椅子を伸ばすと、彼女の乗っている椅子を蹴り飛ばした。

 彼女は自分の体から流れた血液が粘着性のあるにこごりのような状態で、床に広がっている部分に、落ちた。鈍い音をたてたが、不思議と、それまでの時間が永遠に感じられる。

 どこか。

 ではない。

 すべてだ。

 すべてが永遠だった。

 蹴り飛ばしてから音が鳴るまで。

 音が鳴っている間。

 音が発生している状態も終わり、反響している間。

 永遠があった。

 そして。

 永遠は消えたのだ。

 僕は人を殺すことに慣れ、自分の好きな自分ではなくなっていくことにも慣れた。

 僕は大人になりたかったが、気が付くと、大人にならざるを得なくなっていた。

 消防車の音が聞こえる。直ぐに消えてしまう。

「最初から、帰る場所なんてなかったのにね。」

 僕の隣には前にやってきて、遊んだことのある、叔母の子供がいた。

 僕を見つめている。

 前歯が一本だけない。

 それだけのことなのに。

 目の前の少年が無邪気に見えてしまう、そんな自分の簡単な思考に恐怖した。

「ほら、お母さんもう迎えにこないよ。」

 少年は冷蔵庫を指さした。

「そうだね。」

 僕は思う。

 もう、迎えにこれないね。

 そして。

 僕は十日後に絶対死ぬ。

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