15日目 Great Young Epic

 星もでないような暗い夜だった。昨日とはまるで違う天気だ。

 新しいことを願う人はこんな夜更けに何かをすることはないだろう。

 一番変わったことをしたいと願うような高校生が目を開ける時間だと思う。

 のろのろと僕の友達は僕の前を歩いている。急ぐ気配すらない。

 お、おお、おおっ、と声が聞こえてくるが、道は言うほど険しくはない。

 うるさいとは思わなかった。それがその友達の個性であり、長所だからだ。

 いらいらは、少しだけ、していた。そこは正直に思ってしまう。

 できそこない、というものなのだろう。友達も僕も。

 てんで代わり映えのない毎日に、風穴を開けたい友達と。

 このまま死を待つだけの僕。

 いっぱいの悩みと、ほんの少しだけの勇気。それらが今の僕らを動かす。

 のろのろ、と動いているのはやはり変わらないのだけれど。

 オットーヤングの詩集の中に出てきた言葉を不意に思い出してしまう。

 

 マーマレードだけは大切にした方が良い。

 アンニュイな気持ちになっても捨ててはいけない。

 ジュースにして飲み干すのもいけない。

 ユングの言葉から何かを学びながら舐めるのには丁度いい。

 

 で、だから。と僕はいつも思う。

 すれ違うような言葉を並べても、僕は一々そこに深みを感じるわけではない。

「お、オットーヤングって、ててっ、て。し、知ってるかよ。」

 友達はまるで僕の心を覗き込むように、そう言葉を吐き出してきた。

「僕は知っています。オットーヤングは詩人です。ただ、詩人というよりも宗教家というイメージの方が強いです。」

「お、おっ、俺もっ。そそそそっ、そうっ。」

 そして。

 気が付けば。

 友達が僕を連れてこようとしていた場所についていた。

 そこは森の中で、ひと際大きな穴のある場所だった。

 それ以外には何もない。

 ただの大きな穴だった。

 四トントラック三台を横に並べても、簡単に落ちてしまうほどの大きな穴だった。

 噂にはなっていた。

 森の中に大きな穴があると、しかもそれは昼間は底が見えるほど浅い穴なのに、夜になると、底がなくなってなんでも飲み込むと。

 ただの都市伝説のようなもの。

 それでしかなかった。

 僕は、色々と考えていた。

 可能性はある。

 地下水が抜かれて突然大きく穴があいた。最初から穴はあいていたが誰にも見つかっていなかった。爆弾魔がここで何かを爆発させて穴を作ってしまった。巨大なモグラがこの町のどこかにいる。

 どれも推測の域をでない。

 というか。

 推測というのは本来そういうものだと思う。

「で。どうするんですか。」

「お、お、おっ、俺、オットーヤングの詩集捨てに来たんだ。だっ。」

「そうですか。」

「オットーヤングの詩集を読んで、詩人になろうって、おっ、おお思ったけど。無理だった。無理だって、わ、分かった。」

「諦めるのは早くないですか。」

「はっ、はは、早くはない。よ。だって、だって、いっ、一生懸命やったから。」

「自分の思う一生懸命と、他人の思う一生懸命は違う場合があります。もう少しやってみてもいいのではありませんか。」

「でも、でも、詩人に、にっ、なれないっ、かもっ、し、しれない。」

「なれるかどうかは、詩人になるまでやってみないと分からないでしょう。」

「なっ、なんか、そのっ、のっ、意味が。」

「意味が何ですか。」

「いっ、いやっ、そのっ、なんっでもない。」

 この友達は定期的にこうやって自分には才能がないとスランプに陥るのだ。本当は、多くのファンを抱えているし、出版社から仕事はもらっている。最近もアイドルに詩を提供したり、アニソン歌手に詩を二つ提供して、ネット上でペンネームではあるが、感謝されていた。

 もちろん、とても有名な詩人というわけではない。

 そもそも詩人としての社会的な立ち位置が難しく、最早、詩人という職業が成り立っていないことは明白だ。

 けれど、彼は少なくとも。

 友達はそこに詩人としての生き方を求めている。

 間違いなく。

 間違っている。

 応援はするが、食べていくことはできないだろう。

 だから、僕は思う。

「詩だけでいいんですか。」

「なっ、何がっ。そっ、その。」

「詩人になれるだけで満足ですか。」

「いっ、いやっ、どど、ど、どっ。いうこと。」

「小説家にもなればいいし、俳優にもなればいいし、編集者にもなればいいし、プロ野球選手にもなればいいし、画家にもなればいいし、経営者にもなればいいと思いませんか。」

「あっ、その、まぁ、そのっ。」

「夢を一つ叶えるだけで満足できるなら、辞めた方が良いですよ。夢を追うのとか。」

 友達は僕の方を見て頷くと、静かにオットーヤングの詩集を取り出して、穴の奥底と見比べていた。

 どちらがどれだけ深いのか、ということを僕に見せているかのようだった。

 オットーヤングの詩集は、穴に落ちていく。

 音はなかった。

「いいんですか。」

「あっ、頭には、はっ、入ってるし。」

「そうですか。」 

「そっ、そ。それに、必要になったら、また頭に降って来るのが詩だから。」

 それを聞いて少しだけ嬉しかった。

 そして。

 僕は十五日後に絶対死ぬ。

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