21.

 ナビ画面を切り替えて時計を表示させてみた。

 午後二時をまわっていた。

 この『迷いの森』とでも名付けたくなるような場所で、土砂降どしゃぶりの雨とない雷鳴の中、ひたすらジムニーを走らせ続けて、もう二時間以上が経過している。

(正しい地図を表示しない狂ったナビの時計を信じるなら……だけど)

 ハンドルを握りながら左手首を返して、腕に巻いたGショックを見た。

 こちらの表示も、午後二時過ぎだった。

(ジムニーのナビと、僕の腕時計の時刻表示は、ほぼ一致している……念のためサトミにも聞いておくか)

「なあ、サトミ……」

「何?」

「時計持ってる? いま何時?」

「えっと……」サトミが自分の左手首を見た。「二時ちょっと過ぎ」

(サトミの時計とも一致している……間違いなく、今は午後二時過ぎってことか……)

 僕は高速で往復運動をするワイパー越しに、フロントガラスの向こうの景色を見つめた。

 豪雨にけぶる視界は相変わらず悪く、せいぜい見通しは三十メートル程度。

 道の両側には鬱蒼うっそうとした森。

 いつまでっても森が途切れる気配は無く、どこまで行っても一本道が分岐することも無かった。

 人も、自動車くるまも、補給なしに走り続けることは出来ない。

(腹が減ったな……)

 高原の真ん中に建つ温泉施設の巨大温室内で営業している喫茶店で、サンドウィッチを食べたのは……あれは何時頃だったっけ? ……ずいぶん昔のように思える。

 サトミも、喫茶店でトロピカル・ジュースを飲んで以降、何も口にしていない。

 とりあえず、自動車くるまに積んであるカロリーメイトを一本ずつ分け合って飢えをしのぐか……などと考えていたら、サトミが前方を指差して「あっ、フェンス……」と言った。

 近づいてみると、確かに左側の道沿いに緑色の古びたメッシュ・フェンスが立てられていた。

 高さは二メートルくらいだろうか。

 ご丁寧ていねいなことに、フェンスの上部には鉄条網が巻かれていた。

 ナビを見た。

 液晶画面には、相変わらず森を表す緑色の真ん中に道が一本走っているだけだ。

 何らかの施設を表すものは(少なくともナビの液晶画面上には)存在しなかった。

(……つまり、このフェンスの向こう側にある『何か』は、ジムニーのナビ・データに記録されていない、という事か)

 僕は、フェンスに沿ってジムニーをゆっくりと進めた。

「廃棄物処理業者……クズ鉄屋さん……みたいね」サトミが言った。

 僕は、助手席に座るサトミの体ごしに、フェンスの向こう側をのぞき見ながらうなづいた。

 森を切り開いてならしたぴろい土地……面積はサッカー・グラウンドくらいだろうか……に、古い自動車を三台、四台、五台と、塔みたいに積み上げたものが、無造作にいくつも立っていた。

 奥の方までは見えなかったけど、廃車の総数は確実に百台以上あるように思えた。

 どの自動車も、ガラスが割れて、塗装がげ落ち、赤茶色に錆びて、潰れて、ていた。

「自動車の墓場、って感じだな……」つぶやいて、僕は錆びたボディーの形から車種を判別してみようと目をらした。「トヨタ・カローラに、コロナ、マーク2、ニッサン・ブルーバード、ホンダ・シビックに、マツダ・ルーチェ……と……あれは、初代ゴルフ、か……」

「へええ、すごい……あんなびの潰れた自動車くるまを見て、よく判別できるね」とサトミ。

「まあね。僕、自動車には、ちょっと詳しいんだ……ざっと見たところ、この廃車置場にあるのは、1970年代に作られた車ばかりのようだな」

 錆びて、歪んで、積み上げられた自動車たちのボディに大粒の雨が落ち、腐食した鉄の表面を雨水が下へ下へと流れていた。

「事務所とか、管理棟とか、そういうたぐいの建物が有るはずだ。この廃棄物処理施設の従業員が居るとすれば、そこだろう」僕は助手席のサトミに言った。「ゆっくりフェンスに沿ってジムニーを進めるから、フェンスごしに中を良く見て、それらしき建物があったら知らせてくれ」

「うん。分かった」

 百メートル以上続くフェンスの中程に来たとき、前方にの影が見えた。

(なんだ? 停車している……自動車くるま……みたいだけど)

 激しく降る雨の向こう側に目をらしながら、僕は、ジムニーを徐行の速度で前進させ、路上に停車している自動車らしき物体に近づいて行った。

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