第38話「魔王の就職斡旋活動②」

 ラリーと同じようにアリーは宝石店に、マーチを薬屋に紹介した魔王は、リルにも仕事を斡旋するべくギルドへと向かった。

 アリスにはもっとメイ達と仲良くなるように、より詳しく話を聞くように城へと置いてきた。魔王が一番五人の中で気に入っていたのはメイだった。彼の目を引いたのはやはり彼女の過去でありあの時、言葉に詰まっていたアリスがいつ自身が勇者の娘であることを暴露してそれを聞いた彼女がどういった反応を示すのか興味があったのである。

 できれば彼としては彼女がアリスに罵声を浴びせるのが理想だが、それに関しては分からない。アリスのこれまでの行いを見ると彼女すらも取り込んでしまう可能性もある。だから彼は自分の口からアリスが勇者の娘だとばらす気持ちは毛頭なく、アリス自身に話をさせるという点に楽しみの重きを置いたのであった。


 魔王は扉をくぐりギルドへと入る。


「ようこそギルドへ、オウマさん」


 夕暮れ時の依頼を受けた冒険者が出払い閑散とするギルド内に受付嬢の大人しいながらも透き通る声が響き渡る。魔王は扉を開けると迷わず受付嬢の元へと歩いて行った。


「花屋から出された依頼はないだろうか」


 カウンターに片手を置き受付嬢へと尋ねる。


「お花屋さん……ですか、少々お待ちください! 」


 本来依頼元から依頼を決めるというのは珍しいのだろう。受付嬢は魔王の申し出の意図が分からず困惑の表情も浮かべるも流石受付嬢というものか即座に顔を綻ばせ振り返り後ろで一つに縛った髪を揺らせると文字が並んでいる紙を取り出し調べ始めた。


「お花屋さんからのご依頼は……ございませんね」


 数十分調べた後受付嬢はそう答えた。それを聞いた魔王は踵を返し出口へと向かう。


「そうか、手間をかけたな」


 そう言うと魔王は扉を開けてギルドの外へと出て行った。ギルドから出ると魔王は花を購入するべく花屋へと向かった。そもそも何故魔王がこんなことをしているのかというとそれはリルのためであった。アリー、ラリー、マーチの三人は以前クエストで顔馴染みだったからという関係があったため話がスムーズに進んだものの花屋に関しては関わったことすらなくそれ故何か関係を持とうとしたのだ。


 全く、我としたことが王に負けぬというプライドだけで面倒なことを引き受けてしまったな、この礼はたっぷりさせてもらうとしよう。そう考えた彼は振り返り城を見上げ冷笑を浮かべた。


 セントブルクの隅に存在する花屋へと趣いた魔王は外装をみて唖然とする。花で華やかに彩られているのはこれまで回った店も様々な外装を施していたのでよくあることなのだが驚くことに花と、商品と思われるものが外に出したままになっているのだ!

 これでは取ってくれと言っているようなものだ、魔王は扉越しに目を凝らしているであろう店員を思い浮かべ我ならば、いや人間であっても店員が出てくるまでにこの花を盗むことが可能であろう、と考えた。

 しかし、今回の目的はそこではない。目的は花を手に入れることではなく店長との人脈づくりなのだ。そもそも盗めるとしても我はこんな貧弱なものなど盗もうとも思わぬがな、というように魔王は花を一瞥して鼻を鳴らすと扉を開け店内へと入った。


「いらっしゃいませ」


 店内に入るとショートカットの女性店員が魔王を迎える。


「花が欲しい」


 魔王がそう言うと店員は戸惑っているように手をアタフタとする。


「どのようなお花でしょうか」


 言われて魔王は店内を見渡すと大きさも形もそれぞれが異なる花というものが店内に飾ってあった。それをみて魔王は自身の失敗に気付いた。花というものは種類が多く武器と同じように興味のあるものがついてこないと意味がないものなのだ、と。頭を抱えた彼はしばらく沈黙していると


「宜しければ、こちらでお客様のイメージに合ったお花をお選びしましょうか」


 と店員が助け舟を出す。魔王はそれに乗っかるように


「すまない、人にプレゼントを渡したいのだが何が良いのか分からなくてな」


 と取り繕い店員が花を選ぶのをこの目立ち方ではこの店でリルが働くのは厳しいのかもしれん、という諦めを表情に出しながら眺めていた。


「お待たせしました」


 そう言って彼女が選んだ花々を見て魔王は目を見張る、全体的に寒色系の花々で囲まれていたが中央は暖色系で固まっていたのだ。これが我のイメージだと? 思いのほか勇者の娘に影響されているというのか、そう考えた彼は動揺しながらも代金の二千ノードを支払おうとしたその時だった。


「あ」


 店員が突然声を張り上げる。ワンテンポ遅れて振り返ると一つの人影がサッと店外の花をサッと持ちながら走っている姿が見えた。


「ど、泥棒! 」


 店員が叫び駆け出すのを魔王はここぞとばかりに制すと勢いよく扉を開け外へと出る。そして即座に人影の逃げた方向をみると花を持ちながら走っている男の背中が見えた。魔王は自身の幸運に恐れながらも力強く地面を蹴り人にぶつからないように躱しながら男を追いかける。彼のスピードはすさまじく徐々に男との距離を縮め遂には男の手を掴んだ。


「何すんだてめえ! 」


「来い! 」


「は、はい」


 咄嗟に手を掴まれ怒りをあらわにする男をギロリと睨みつけると震える男の手を引きながら花屋へと足を進める。


「何故こんなことをした」


 魔王が男に尋ねると震えながら彼は答える。


「別に花に興味があった訳じゃないさ。捕まるか捕まらないかのゲームだよ、ただの! 」


 それを聞いた魔王は落胆した。この話をリルの花屋で働かせるのに有利に働けばいいと一方、この男の動機をアリスへの土産話にしようと考えていたのである。


「ゲームか、巻き込まれたものはたまったものではないな」


 魔王はつまらなそうに男に言うとそのまま花屋への道を男を引きずりながら歩いて行った。



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