第22話 マーリン
ガラス瓶に詰めた水薬という重い荷を積んだ荷車を引いて走るというのはそう簡単なことでは無かった。
力や体力が要るのは勿論のこと、あまり手荒に扱ってしまってはガラス瓶が割れてしまう為、慎重かつ丁寧に引く必要があるのだ。
そうかといって寝坊をしてしまった現状を思うと、あまりグズグズもしていられない。
お世話になったパン屋の皆の為に……騎士達の為に少しでも早く水薬を届ける必要があり、手遅れになってしまわないようにと祈りながら、必死の形相で駆けながら荷車を引いていくシン。
ドルロはそんなシンの為にと、巨躯を揺らしながら駆けて、駆けながら懸命に荷車を押して……そうやって二人は北門へと向かっていく。
いつもならば簡単にたどり着ける北門がとても遠く感じられて、体力が尽きてしまっての何度かの休憩を挟んだりしながら……そうしてシンとドルロは昼を過ぎた頃にようやく、バルトの北門へと到着したのだった。
北門の付近にはいかにも此処が戦場なのだと言わんばかりの雰囲気が漂っていて……様々な物資が積み重ねられた物資の集積所や、騎士達の治療をする為の魔法使い達の待機所となる大きなテントや、市民達が手伝いを申し出る為の受付所などが設営されていた。
そこには多くの騎士達と魔法使いたちと市民達の姿があり……肩を上下に揺らし、荒く息を吐くシンが、一体何処へ行ったら良いものかと悩んでいると……長く美しい金の髪と灰色のゆったりとしたローブを揺らす、金色に輝く不思議な瞳をした優男という言葉がよく似合う風体の魔法使いが、シンとドルロに気付いて声をかけてくる。
「やぁ……君は何処の所属の魔法使いだい?
見ない顔だけど……さては、旅行者かな?
もし旅行者ならば来た道を引き返すと良い、生憎なことに戦いはまだまだ終わりそうにないからね」
男性とも女性とも取れる、不思議な響きをした声色でそう言ってくる魔法使いに、どうにか息を整えたシンが言葉を返す。
「あ、あの。
ボクの名前はシンと言います。
パン屋で騎士の皆さんと一緒に働いていて……それでこれを皆さんに使って欲しくて持って来たんですが、どうしたら良いでしょうか?」
荷車の方を指差しながらそう言うシンに、
「ミミィィィ!」
今までとは段違いの……大柄な男でさえ怯んでしまうようなまん丸い大きな体となったドルロが続く。
そんなシンとドルロのことを交互に見つめた魔法使いは、ふぅむと唸ってから荷車の側へと歩いていって、水薬の入った瓶を一本手に取り、それを太陽の光にかざし、品定めを始める。
「へぇ……これは驚いた。
水薬自体は珍しくは無いけど、これは随分古臭いというか……丁寧な作り方をしているんだね。
香りに味まで付けているのに魔力は澄み渡っていて……へぇぇ、こんな水薬があるとは知らなかったよ。
……そして君があのパン屋の少年という訳だね。アーサーから話は聞いているよ。
アーサーが褒めるだけはあるというか、なんというか……うん、ここは素直に褒めておくべきなんだろうね。
この大魔法使いであるマーリン様を驚かせるだなんて、凄いよ、君。
十年に一人居るか居ないかくらいの逸材だ」
「は、はい。
……あ、ありがとうございます」
素直に喜んで良いのか悪いのか分からない、マーリンと名乗った魔法使いのそんな言葉に、シンが礼を返していると、マーリンは瓶の蓋を引き抜いて水薬をごくごくと喉を鳴らして飲み始める。
「うん、味も香りも、魔力もとても良いね。
少し寝かせが足りない気もするけど……まぁ、今の状況じゃぁそうも言っていられないか。
よしよし、それじゃぁこれはこのマーリン様がアーサー達に届けておいてあげるよ。
だから君は早くここから避難すると良い。
いつ何が起こるか分からないのが戦場だ……ここは子供がいるべき場所では無いよ」
そう言ってマーリンは、シンの背中に手をそっと置いて、シンを送り出そうとする……が、シンはその場に立ち止まり、マーリンに向かって力を込めた声を上げる。
「あ、あの、マーリンさん!
ボク達にも手伝わせてください!! 決して……決して足手まといにはなりません!
魔物達と戦う為に、皆を手伝う為にボク達、ちゃんと準備をして来たんです!!」
「ミィィィー!」
そんなことを言うシンと、シンに負けないようにと声を上げるドルロを見て、無言ながら面倒くさいと言わんばかりの表情を浮かべたマーリンは、少しの間悩んでから……ドルロの胸というか腹というか、丸く膨らんだ体にそっと触れて瞑目する。
そうやってドルロの中の魔力を読み取り、シン達の考えを、準備とやらを見抜いて、看破した上で追い返そうとしていたマーリンだったが……それからしばしの間があって……クワリと目を見開いたマーリンは、大きく口を開けて、
「あっはっはっはっは!!」
と、大きな笑い声を上げる。
余程に愉快だったのだろう、しばらくの間笑い続けたマーリンは、シン達の側へと駆けて来て大声を上げる。
「なるほど! ゴーレム核を使ってこんなことをするとは思ってもいなかったよ!
しかも中にあるのは一個や二個じゃぁ無いと来た!
仕込みも面白いし……いやいや、ここまでのことをされちゃったら結果を見たくなるのが人情というものだね!
……うん、良いよ、君。すごく良い。
そうだね、このマーリン様が守ってあげればアーサーも文句は言わないだろうし……良いよ、防壁の上までなら連れていってあげるよ」
そんなことを言って、シンの背中をバンバンと叩いたマーリンはふわりと上げた右手でもって北門の近くにある防壁に張り付く階段を指し示す。
どうやらマーリンはそこから大防壁の上にある歩廊へと上がれと、そう伝えて来ているようで……シンは「ありがとうございます!」と一言を、ドルロは「ミミィィ!」と一声を上げてから階段の方へと向かって駆けていく。
そんなシンとドルロの背中をじっと見つめたマーリンは、何処からとも無く生命力に溢れた緑の蔦の絡みつく杖を取り出しそれをぐっと握り、シン達の後を追って……ふわりと宙に浮かび、何も無い空中をトンッと蹴って飛び上がるのだった。
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