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 このお屋敷に入ってから、他の人の気配を感じなかった理由がようやく分かる。


 これだけ大きなお屋敷にもかかわらず、ここにはミーナさんしかいないらしい。


わらわたちが来るまでの間、ミーナ殿ができたのは悠久の魔女殿の亡骸なきがら埋葬まいそうすることだけであり、現在、悠久の魔女殿が亡くなったことを知る者は妾たちしかおらぬ。さらに言えば、悠久の魔女殿はとてもうたぐり深い性格の持ち主でな? その素顔すがおを知る者も数えるほどしかおらぬ」


 タルサは説明しながら、我慢しきれずに笑みをこぼしている。


 タルサが何を言いたいのか、分かって来たぞ。


「つまり、タルサは――悠久の魔女が生きているように見せかけようってんだな?」


「で、でも、そんなことが出来るハズがありませんっ!」


 声を荒げたのはミーナさんだ。


「この国の全ては悠久の魔女様が、ただお一人で管理されておりました! 国民がこの国の存続を望んでいることも、近隣諸国がこの国を容認しているのも、悠久の魔女様が活躍し、様々な問題を未来視みらいしにより解決してきたからです!」


 ミーナさんの言う事はもっともだ。


「ですから、悠久の魔女様の真似まねができるお方など――」


「ここに、おるじゃろ?」


 普通なら、未来視を使える人間の代わりなどいないだろう。


 でも、俺はそれが出来そうな人物を、たった一人だけ知っている。


「妾は転生者であり、妾の生きていた世界はこの世界よりもはるかに文明が進んでおった。つまり、政策に関して言えば悠久の魔女よりも妾の方が得意じゃろうなぁ?」


 タルサが足を組み、自信満々に口にする。


「そもそも、悠久の魔女殿は、自らの腕を過信かしんしすぎておった」


「そ、そんなことはありません! 悠久の魔女様は完璧で――」


「そこが問題なのじゃ」


 立ち上がって反論するミーナをぴしりと指差し、タルサは続ける。


「悠久の魔女殿の政策はまるで穴だらけじゃ。誰よりもみずからが優れておるからこそ、全てを自らの手で行ってしまっておった。それは臨時の処置や小規模な活動ならば効果的じゃが、それが大規模であり、恒常的になってしまえば話は異なる」


「……どういう、意味ですか?」


「悠久の魔女殿は誰よりも優れておるからこそ、誰も信用できず、君主として君臨くんりんしながらも、臣下すら雇っておらなんだ」


 押し黙るミーナさんは、それに覚えがあるのだろう。


「組織として作り上げたのも、国境に設けた最低限の兵士達のみで、自ら以外が他国との戦争に加わることすらさせぬ徹底ぶりじゃ。その行為によって国民を増やし、魔力を集めるというシステムは素晴らしいが、それは悠久の魔女殿がいて初めて成立する」

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