第24話 灰鉄の機竜
「うっ、なにが……」
突然の崩落に巻き込まれ、数秒意識を失っていたらしい。奇跡的に手放さなかった蒸気剣を握り直し、何が起きたのかと周囲を見渡す。
頭上から、8つの鬼火が見下ろしていた。
いくつもの水路を力づくで掘り進んでここまで来たのか、水路の天井に車が通れそうなほどの大きな穴が空いていた。そこから生えてきた機械の節足が、指のような滑らかな動きで壁や天井に突き刺して身体を支え、蜘蛛のような機械生物の本体が姿を現す。
胴体に輝く8つのガス灯が、まるで瞳のように動き、地下水道に集まるドールたちを餌でも見定めているようにねめつける。
「あれは……メタルクラブ?」
その特徴的な外見に覚えがあるアグノラがぽつりと呟く。
次世代型陸戦機の試作品として、クライドと共に輸送しようとした蒸機兵器だ。レナの裏切りによって失われてしまったが、その特徴的な外見は記憶に新しい。兵装やカラーリングが変更されているものの、見間違えようがない。
ちらりと他を見れば、ラスティたちも臨戦態勢でメタルクラブを見上げている。さすがに歴戦のドールらしく、最初の崩落による脱落者も、予想外の乱入者に対する動揺も見られない。ただ、乱入者の所属がわからず、アグノラとメタルクラブのどちらを優先すべきか、判断に迷っている様子で見比べている。
「っ、マルヴィン!?」
そこでアグノラは、一人見当たらない人物がいることに気付き、同行者の男を探す。一般人の彼が瓦礫に巻き込まれたり、水路に投げ出されたりしていたら大変だ。
「うっ、アグ、ノラ……」
声は意外と近くから聞こえたが、その姿は見えない。声の出所を探せば、そこは積み上がった瓦礫の向こう側からのものだった。
「生き埋めになったんですか!? 今助けるから、待っていてください!」
「い、いや、いい。そんなことやってる時間はないだろう? 俺のことは放っておいて、クライドを助けに行くんだ! もともと俺は足手纏いだしな」
焦ったように言うマルヴィンに、瓦礫にかけた手が止まる。確かに、これだけの瓦礫を撤去するのに自分一人では手が足りない。ドールの膂力を活かしたとしても、半日はかかる作業だろう。だが、アグノラに彼を見捨てる気は毛頭なかった。
「大丈夫だ。こっちは別の水路に続いているから、俺は一足先に地上に戻ってる。合流は難しいだろうから、クライドを助けたら、俺のことは無視してロンドンを脱出するんだ」
アグノラの心情を見越してから、マルヴィンは瓦礫の向こう側から安心させるような声で言う。その言葉になにか嫌な予感がしたが、アグノラは彼の言葉を信じ、苦悩しつつも頷いた。
「……わかりました。どうか、ご無事で。またいつか、どこかで会いましょう。ですが、別れの前に一つ訂正をさせてください。あなたは決して、足手纏いではありません」
「……はは、そう言ってくれると嬉しいな。初対面の時、あんたを撃っちまったこと、これでチャラにできたかな」
「そんなものとっくに払い終えていましたよ」
「そうか、そりゃよかった。……もう行けよ。色男が待ってるぜ」
「はい、次に会う時はロンドンの外で、クライドさまも含めて話をしましょう」
不安と心配を胸に、アグノラは後ろ髪引かれつつも瓦礫の山から離れる。
瓦礫の向こう側は、マルヴィンの言う通り、水路になっていた。そこに嘘はなかったが、マルヴィンは彼女に隠していることがあった。
――瓦礫に紛れて落ちてきた鉄パイプが、腹部に突き刺さっていることを。
「……はっ、ついてない。いや、ついてたかな」
アグノラとの出会いや冒険は、思った以上に楽しいものだった。
人間より遥かに強いはずなのに、優しすぎるせいで自分の気持ちを出すことができなかった少女。不器用な妹を持ったようで、つい応援したくなる不思議な子だった。
「負けるなよ、アグノラ。どんな結果になろうとも、自分を貫いた奴の勝ちだ」
最後にそう呟いたマルヴィンの言葉は、アグノラには届いていなかった。しかし、彼女は以前のように自分を殺すことなく、自らの想いで水路の奥へと駆けていく。
「Hey、リーダー。追わなくていいのか?」
水上駆動機の調子を見ながら、フラビカが問う。水路は多少瓦礫で埋められてしまったが、動き回る分には十分そうだ。
「追う必要はない。帰る際にもう一度ここを通るはずだ。その時に仕留める。あっちはあっちで、片手間に倒せるほど甘くはなさそうだからな」
メタルクラブを見上げながら言う。アグノラを一旦見逃すのは情ではなく、純粋に戦術的視点によるものだ。能力がおおよそわかっているアグノラより、未知数のメタルクラブのほうを警戒したに過ぎない。
そこに慢心も油断もない。天井に張り付く機械蜘蛛を見つめながら静かに告げる。
「各員、頭上の未確認蒸機兵器に注力。アグノラが戻ってくるまでに仕留めるぞ」
ドールとメタルクラブの戦闘が開始される。金属同士がぶつかり合い、蒸気が排出される争いの音を背に、アグノラは水路脇にあった梯子を走るような速度で登る。出口はマンホールで蓋がされていたが、アグノラはドールの膂力を持って力づくで押し開けた。
金属製のマンホールが勢いで飛び、壁にぶつかって甲高い音を立てる。梯子を登って入った部屋は暗く、蒸気の噴出する音がそこかしこから聞こえてくる。
「?」
人の気配はない。だが、アグノラは誰かに見られている感覚がして、周囲を見回す。室内に明かりはないが、ドールの視力を持ってすれば見えないことはない。
血管のように張り巡らされた金属管。胎動するように動く歯車。鼓動のように響く蒸気機関。有機物などまったく見当たらないのに、まるで生き物の体内にいるようで不気味な印象を得る。
剣を構え、少し進むと、開けた場所に出た。
部屋の中央には複雑に組み合わさった用途不明の機械が鎮座しており、その周囲には赤い液体が入ったカプセルが何百と並んでいる。カプセルからは幾重もの管が伸びており、それらは中央の機械へと接続されていた。
見慣れない機械に興味を惹かれ、アグノラはカプセルの中を覗きこむ。見たことのない赤い液体の中、灰色の脳がぷかりと浮かんでした。
「なっ、なんですか、これは!?」
戦士であるアグノラは人の死体など見慣れているが、それとは異なるおぞましさを感じて一歩下がる。背後にあった別のカプセルにぶつかり、振り返ったアグノラはその中にも人間の脳が浮いているのを見た。
ぞっとして、周囲に立ち並ぶ無数のカプセルを見回す。
「ま、まさか、ここにあるのは全部? この部屋は一体……」
『ロンドンシティの中枢部……いや、ロンドンそのもの。私こそがロンドンだ』
どこからか響き渡る声に、アグノラはハッとなって剣を構えなおし、音の出所を探る。しかし、声の主の姿を発見することは叶わない。
否。それは初めから目の前にいた。ただ、あまりに巨大で複雑怪奇な機構のそれを生物と認識できなかったのだ。大部屋の半分以上を占める灰色の階差機関は言葉と共に明滅し、歯車が唸りを上げて回転する。驚く少女の前で機械はその形状を大きく変えていった。
『はじめまして、アグノラ。私は不死鳥騎士団ロンドン支部を統括するアレックス・バベッジ。いや、不死鳥の一翼を為す
新たな形をとった階差機関『アレックス』は、大木より太い四肢でその身を起こし、人工の光で構成された瞳でアグノラを見下ろした。
その姿は物語で語られる洗練された『竜』の姿とは程遠い。巨大で威圧的ではあるが、剥き出しの歯車や配管は野卑であり……それでも、どこか美しいと感じた。
巨竜を前に、アグノラは唾を飲み込む。
「あなたが、ロンドン支部の統括? 人間ではなかったなんて初耳です」
『かつて不死鳥騎士団がまだ設立されていない時代。各シティは孤立し、それぞれが所有する独自の科学技術を持って、それぞれの街を維持した。ロンドンもその一つだ』
少女の疑問に対して、アレックスは淡々と己の生い立ちを語る。機械である彼の声に感情は乗っていなかったが、神託を告げられているような厳かさがあった。
『天才碩学者チャールズ・バベッジを抱えるロンドンは、全シティの中でもっとも機械工学に優れ、蒸気文明も抜きん出て発達していた。蒸気兵器を発明し、都市防衛力も生活水準もイギリス一だったと自負している。……だが、それゆえに荒廃も早かった』
ロンドン支部が機械工学を得意とすることはアグノラも知っている。しかし、それがどうしてアレックスの存在に繋がるのかがわからない。アグノラはじっと聞き入る。
『蒸気文明発達による環境汚染。太陽は灰煙に隠れ、河川は排水に汚染され、大地は毒に染まって植物が育たなくなった。人は鉄と蒸気だけでは生きていけない。そんな単純な摂理を思い出した頃には、ロンドンは引き返せない場所まで来ていた』
その先は、アグノラも知っていた。
蒸気文明という甘い蜜を知ってしまった人類は、それが人類を破滅に導く悪魔の罠だと知っていても、手放すことができなかった。最終的にはすべての都市が辿った道だが、突出して蒸気文明が発達していたロンドンはその影響が現れるのも早かった。
秩序が一度崩れれば、後は混沌へと転がり落ちるしかない。少ない食料を巡って人々が争い、自滅した都市は数え切れない。
『ゆえに、崩壊しないように誰かが管理しなければいけなかった。蒸気機関の最適な運用を、人々に最適な仕事を、資源の最適な配分を。しかし、人が人である限り、真に平等な采配はできない。利権を巡る欲望はもちろん、愛情のような正の感情ですら、最適計算の邪魔になる。ロンドンを存続させるためには、ただ一度の計算ミスも許されなかった』
それほどまでにロンドンは追いこまれていたと、街の守護竜は語る。
『だから、我々は、この街を守るために人の身体を捨てた。チャールズが設計した階差機関に我々の脳を接続し、ロンドン存続に必要な最適計算を続け、今日までこの街を維持し続けてきた。――それが私という存在だ』
アグノラは息を飲む。街を守るため、人間の身体を捨て、地下深くに身を隠して、街を維持するための計算をし続ける。なんという執念と覚悟か。彼女とアレックスは敵同士だが、その英雄的行為に対しては敬意を抱かざるを得ない。
「あなたの偉業は理解できました。ですが、あなたがいるなら、この街にクライドさまは必要ないでしょう。あの人を返してください」
『蒸機技術はますます発展し、それに伴ってシティの構造も複雑化していった。今後もシティを維持し続けるために、計算処理能力も上げ続けなくてはならない。つまり、優秀な科学者の脳を私の一部に取り込む必要があるということだ』
そう語るアレックスの胸が、蒸気の噴出する音ともに開かれた。そこから、無数の管が身体に刺さった少年が、ずるりと落ちて床に転がる。
「クライドさま!?」
「アグ、ノラ?」
すぐに駆け寄り、少年に刺さった管を引き抜いて解放しながら機竜から距離を取る。
「ばか、もの。なんで、こんな、ところに来た。無茶が、過ぎる、ぞ」
「しゃべらないでください! 貴方をここから救い出します!」
少年を胸に抱き、威嚇の為に竜へと剣を向けるアグノラ。しかし、アレックスは意に介した様子もなく、変わらぬ抑揚のない言葉を放つ。
『おまえは、ロドニー・フィッシュバーンという男を誤解しているようだ。彼はレコードにおまえの記憶を残していなかったのか?』
「私の、記憶?」
『ドールには二つの記憶がある。一つは
問いかけと共に、階差機関が瞬く光を発する。
「アグノラ! 光を見るな!」
クライドが叫んだが手遅れだった。少女は点滅する光を見つめ、棒立ちになっている。
「あ、あぁ……」
光が瞬くごと、少女の脳内に記憶がフラッシュバックした。自身の生前の記憶は、失われた期間など関係なく、綿が水を吸うがごとくよく馴染む。
――例えそれが、悪夢のような記憶だったとしても。
「あああああああああああああああああああああああああ!?」
少女の絶叫が室内に響き渡った。
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